綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「四季山水図屏風」 式部輝忠 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「四季耕作図襖」 伝 狩野山楽 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「雲龍図」 曽我蕭白 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「群鶴図屏風」 尾形光琳 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「龍虎図屏風」 長谷川等伯 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「雲龍図屏風」 俵屋宗達 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「江戸風俗図屏風」 菱川師宣 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「竜虎図屏風」 雪村周継 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「源氏物語図屏風」 土佐光吉 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「老梅図襖」 狩野山雪 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「八橋図屏風」 尾形光琳 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「白象黒牛図屏風」 長澤芦雪 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「松島図屏風」 俵屋宗達 筆

Vol.14

綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆

  • 綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
  • 綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆

華やかに描かれた異国の情緒。

韃靼人とは、一般にモンゴル系の部族、タタールのこと。左隻は、狩猟。虎、鹿、猪などを縦横に追い回す様子。右隻は、打毬。先の曲がったスティックで球を打つポロのような競技が展開している。この「韃靼人狩猟・打毬図屏風」は、金地に濃厚な彩色で、馬に乗った勇壮な韃靼人を描きながら、画面の一隅に幕舎があり、異国らしい風俗も取り込まれている。

原本は、サンフランシスコ・アジア美術館に所蔵され、高精細複製品が、京都国立博物館に里帰りしました。狩野派は、中国の画題を描くことが多く、その中でも、騎馬弓術を本領とする武家に好まれた「韃靼人狩猟・打毬図」。当時の人たちは、この屏風絵から異国情緒を感じたのでしょう。遥か遠く、目にしたことのないモンゴルの広大な地で、自由闊達に生きる韃靼人の姿に、異国文化への憧れを抱き、海の向こうの世界へ、様々な思いを馳せたのかもしれません。

寄贈先:京都国立博物館 原本所蔵:サンフランシスコ・アジア美術館 Tatars playing polo and hunting, attributed to Kano Soshu (Japanese, 1551‒1601). Ink, colors and gold on paper. Asian Art Museum of San Francisco, Museum purchase, B69D18.a-.b. Photograph © Asian Art Museum of San Francisco

作品の特徴

綴プロジェクト作品「韃靼人狩猟・打毬図屏風」(高精細複製品)で見ることのできる絵の特徴をご覧ください。

綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆
綴プロジェクト作品(高精細複製品)「韃靼人狩猟・打毬図屏風」伝 狩野宗秀 筆

作品の情報

京都国立博物館

綴プロジェクト作品寄贈先情報 京都国立博物館

明治22年(1889)図書寮附属博物館を廃し、帝国博物館、帝国京都博物館、帝国奈良博物館設置の官制が定められたことに始まる。明治30年(1897)本館(明治古都館)開館。設計は片山東熊。明治33年(1900)「京都帝室博物館」に改称。大正13年(1924)京都市に下賜され「恩賜京都博物館」、昭和27年(1952)国に移管され「京都国立博物館」に改称。平成26年(2014)平成知新館開館。主に平安時代から江戸時代にかけての京都の文化を中心とした文化財を、収集・保管・展示するとともに、文化財に関する研究、普及活動を行っている。

〒605-0931京都市東山区茶屋町527

サンフランシスコ・アジア美術館

原本所蔵元情報 サンフランシスコ・アジア美術館

1959年、シカゴの企業家アヴェリー・ブランデージが彼の大量のコレクションをサンフランシスコ市に寄贈する旨に同意したことに始まる。西洋世界で最高のアジア美術・文化の研究機関となることをめざした。美術館は当初1966年にゴールデン・ゲート・パークにあるM.H.デ・ヤング記念美術館の一角から発し、その後規模の拡大のため2003年に同市シビックセンターに移転した。ブランデージが集めた約7,000点以上に及ぶコレクションを含むアジア美術約18,000点を所蔵する。

綴プロジェクトについて