びょうぶをまなぶ

びょうぶのうつりかわり

屏風のかたちは昔から同じだと思っていませんか。ここでは古代から近世まで、屏風のかたちのうつりかわりを紹介します。

日本に現在のこっている1番古い屏風は、正倉院(しょうそういん)にある奈良時代のものです。この時代の屏風の特徴は、屏風のそれぞれのパネル(扇(せん))に布の縁取りがあること。これは古代中国以来のつくりかたで、画面が縁でわかれているので、そこに描かれる絵も扇ごとにわかれていました。

  • 一扇ごとに縁取りがある奈良~平安時代の屏風形式

やがて鎌倉時代になると、屏風は二扇ごとに縁取りされるようになります。しかし、画面が縁によって分断されていることにはかわりません。広々とした山水図などを表す場合には、画面の縁がじゃまをして、屏風全体でひとつの絵となるようなひろがりはありませんでした。

  • 二扇ごとに縁取りがある鎌倉時代の屏風形式

そんな屏風が大きく変化したのが南北朝時代・14世紀頃のことです。この時代、屏風の画面全体をぐるりと囲む縁取りが採用されるようになります。これによってそれぞれの扇は一体となり、屏風全体でつながるひとつの風景を表すことができるようになりました。

  • 屏風全体に縁取りがある南北朝時代以降の屏風形式

そしてもうひとつ、この時代に発明されたのが紙の蝶番(ちょうつがい)です。奈良から鎌倉時代まで、蝶番には布が使用され、一方向にしか折りたためない構造でした。それに対して、紙の蝶番は和紙をそれぞれの扇の前後にまたがるように貼るため、前にも後ろにも自由に屏風を折りたたむことができます。上から見ると、ちょうどS字形とZ字形のように、1枚の紙を貼る場合にも向きを変えています。ちょっと想像しにくい方は「びょうぶとあそぶ」のハンズオンコーナーをのぞいてみてください。「なるほど、そういうことか!」と思いますよ。

この発明によって、屏風は自由な形で立てることが可能になりました。また、紙による蝶番が工夫されたことで、それまで主に絹に描かれていた屏風絵が、紙に描かれるようになります。今回展示している「松林図屏風」は紙に墨で描いたもの、「群鶴図屏風」も紙に金箔を押したものです。こうした紙の質感をいかした水墨や箔押しの技法は日本的な感覚に合うものとして、さまざまな屏風で使われました。つまり、紙の屏風の登場によって、日本の屏風絵の世界が確立したと言えるでしょう。屏風は古代から近世まで、ゆっくりと時間をかけてその構造や表現を変化させてきたのです。

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