FRONT RUNNER Environmental Documentary

Vol.1 掲載日:2019年7月30日

5ゲン主義のもと全社一丸で挑む省エネ活動

この活動は、従来の現地・現物・現実の三現主義に、原理・原則を加えた5ゲン主義の考え方をベースとして改善に取り組んでいます。2014年~2018年の5年間で約6,700件以上の省エネ施策を実施し、CO2に換算すると約25万t-CO2、一般家庭でいうと約10万世帯の年間使用分に相当するエネルギーを削減しました。

01

省エネ活動に終わりはない

限界を超えて…もっと何かできることはないのか?

「環境負荷低減と利益創出の両方を追求した活動を目指す。」
本活動を牽引した、ファシリティ部門の本間道博と野原忠義が、活動の立ち上げから体制構築、そして今後の展望に至るまでを語りました。

経営陣の後押しが活動スタートへの第一歩

ファシリティ部門では、この活動の立ち上げ前から、設備投資の見直しなど省エネ活動に積極的に取り組み、実績を上げていたんですよ。しかし、改善をやり尽くし、そろそろ省エネも限界というムードが出始めた頃、震災影響による電力料金の大幅な値上げという避けられない現実が待っていました。一瞬、このようなことは不可抗力のため仕方がない、と現実逃避をしかけましたが、当時の副社長だった松本から「乾いた雑巾なんて言っているが、まだまだ知恵は絞りだせる!みんなでがんばろう!!」という激励を受け、気を取り直しました。そして「省エネ活動に終わりはない!」と、みんなの気持ちを奮い立たせ、経営陣、事業本部(生産/開発)を巻き込んだ「エネルギーコストワーキンググループ(以下、WG)」を立ち上げました。(本間)

厳しい当時を振り返る本間

厳しい当時を振り返る本間

我々がこれまで以上に踏み込んだ省エネ活動を進めるためには、今まで継続的に取り組んできた設備機器(空調やコンプレッサーなど)の省エネのみならず、生産装置の省エネや、従業員の意識改革に取り組むなど、あらゆるレベルの省エネ活動の全社展開に踏み込む必要がありました。今思い返すと最初はスムーズにいかなかったですね。(野原)

WGの事務局を務める野原

WGの事務局を務める野原

事業部門は、品質の維持、生産効率向上が優先。生産条件を変えることは品質リスクが高まるため、できる限り避けたいのが本音です。そのため、省エネへの取り組みは、二の次、三の次となりかねないのですが、WGの旗振り役を務めた松本が半導体デバイスを開発する部門の出身だったこともあり、これまで聖域とされていたクリーンルームの省エネ活動にも早い段階で着手することができました。
当初は、現場の人たちも半信半疑で取り組みを始めましたが、品質や生産効率を犠牲にすることなく省エネ実績を挙げたことで自信を持ち、活動を活性化させるきっかけとなったのは本当にうれしいことでした。(本間)

デバイス部門での成功をきっかけに、8事業本部を中心とした全社横断的な活動が始まりました。各事業本部の傘下にある国内外の拠点をすべて巻き込み、各拠点に組織を持つ我々ファシリティ部門が横串をさすことで、省エネ活動を活性化させるための体制を構築することができました。
経営トップの理解によりよいスタートを切ることができたこの活動は、各拠点のメンバーが愚直に取り組み続けたことにより、今では国内外72拠点まで範囲を拡大しています。(野原)

発足時の省エネ活動体制図

発足時の省エネ活動体制図

5ゲン主義とは?

キヤノンでは、社長もよく口にする「必ず現場へ行き(現地)、現物を見て(現物)、現実を直視する(現実)」という三現主義の考え方が浸透しています。各拠点でもこの考え方を実践していましたが、省エネに関しては、この三現主義だけではどうしても乗り越えられない壁もありました。ある一定の知識の基盤がないと、事実を認識した後の判断に迷ってしまうのです。そこで、我々は、三現主義に加え、設備のメカニズムや法則をさす“原理”、物事の決まりや規則などを意味する“原則”の2原を合わせた、「5ゲン主義」を徹底的に推進することにしました。(野原)

5ゲン主義の考え方

5ゲン主義の考え方

2015年に現場メンバーとファシリティ部門の専門部隊とが一緒になり省エネ診断チームを立ち上げました。診断チームといっても、ただ現場で設備を診断するだけでなく、現場メンバーの知識向上も同時に狙ったものです。装置のパラメータを変更するとどうなるか、生産条件とどのように関わっているかといった、原理・原則に関する情報が共有され、変えてよい部分、変えてはいけない部分が明確になることで、改善の幅がぐっと広がりました。
ここは、野原をはじめ、診断チームの牽引者、現場メンバーが頑張ってくれましたね。その結果、現場力が向上し、現場に魂が吹き込まれました。(本間)

省エネ診断を行うファシリティ部門の専門部隊

省エネ診断を行う
ファシリティ部門の専門部隊

経営と環境の両立を目指して

企業を取り巻く環境が厳しくなる中で、5ゲン主義に基づく省エネはますます重要になっていくでしょう。人は困った時に知恵が出ますからね。改善活動における成果は、停滞することなく増え続け、この5年間に実施した省エネ改善施策は、6,700件以上にもなりますが、これからも「改善に終わりはない!」と心に刻み、愚直に改善活動に取り組み続けていきます。
あとは、このような取り組みに圧倒的な熱量を持って挑み続けることができる人財づくりについても引き続き行っていきます。(野原)

キヤノン
ファシリティ推進センター
副所長 野原 忠義

キヤノン
ファシリティ推進センター
副所長 野原 忠義

今後は、このような地道な活動に加え、キヤノンの技術を省エネに活用するイノベーションも必須だと考えています。WGの現在の委員長からも、常日頃そのような課題提起をいただいており、今、新たな施策構想を練っているところです。
例えば、スマートシティ的な、我々の活動でいう「スマートファシリティ」構想を実現させるためには、工場のみならず、上流の開発フェーズや、下流の物流、販売といった部門まで総合的に考えていく必要があります。また、そもそも省エネで世の中に貢献できる企業とはどのような企業か、今までとは異なった視点で考えていくことも必要かもしれません。
そのような課題に対し、我々はどんな技術で解決していくことができるのか、プレッシャーを感じると同時に、新たなチャレンジへの気持ちが高まります。(本間)

キヤノン
ファシリティ管理本部
副本部長 本間 道博

キヤノン
ファシリティ管理本部
副本部長 本間 道博

最後に2人は、「私たちができることは熱量を周囲に伝染させていくこと。そこからは、改善活動に取り組んでくれている社員が、頑張ってくれる」と、晴れやかな笑顔で口にした。

02

省エネの伝道師として

愚直に改善に取り組むメンバーを助けるために。

WGを発足させた翌年の2015年、本社のファシリティ部門による「省エネ診断チーム」を立ち上げました。国内拠点の診断を皮切りに、現在では海外、さらにはサプライヤーへと対象範囲を拡大。また、診断のみならず人材育成にも力を入れています。この活動の牽引役であるファシリティ部門の俵積田(たわらつみだ)和行と佐藤善栄が取り組みについて語りました。

拠点を行脚する省エネ診断チーム

キヤノンの各拠点では、施設部門を中心に、愚直に省エネ改善活動に取り組んできましたが、WGの開始当初、メンバーの間には、ネタ切れ、さらなる改善は難しいといった雰囲気が漂っていました。
我々に何ができるか、と改めて自らに問いかけてみたところ、本社ファシリティ部門には複数の拠点での現場経験を持つメンバーがいる、もしかすると自分たちのこれまでの経験や知見を活かした改善提案ができるのではないかと考えました。そこで、省エネ改善ネタを創出するための専門部隊を組織し、5ゲン主義の考え方のもと現場を行脚しようと決意し、チームを立ち上げました。(俵積田)
私は、入社数年後から師匠(俵積田)と一緒に月に2回拠点を訪れ、今ではキヤノングループの国内拠点全てを網羅しました。診断した設備やシステムが、どのくらいあったか自分でも分からなくなるほどです。(佐藤)

当時を振り返る師匠の俵積田 当時を振り返る弟子の佐藤

当時を振り返る師匠と弟子

5ゲン主義による現場実践塾 人材育成による現場力向上への挑戦

拠点の施設部門のもともとのミッションは、生産および開発活動に必要な電気やエアーなどのユーティリティを安定的に供給することです。そのため、我々本社のファシリティ部門が拠点へ行き、エネルギーの使用量を減らす改善提案を行っても、その改善を施すことで生産条件が変わり、製品の品質や歩留まりなどが維持できなくなるのではないかという懸念から、拠点側ではなかなか実行に移すことができません。製品に影響がないことを現場の人に理解してもらう必要があるのですが、これが思った以上に大変なことでした。
ここで、5ゲン主義の「原理」、「原則」が効いてくるんです。例えば、装置のパラメータを変更すると、どこにどう影響するか、影響を受けそうな時はチューニングを行うことで回避できるなど、原理・原則をきちんと説明し、生産に影響が及ばないことを理解してもらう。それでやっと現場は一歩前に進み始めます。省エネ改善には2原の考え方が不可欠だと思い知らされました。(俵積田)

省エネ診断を含むキヤノンの低炭素社会に向けた取り組みはこちら(動画)

省エネ診断チームによる現場確認

省エネ診断チームによる現場確認

5ゲン主義による現場実践塾

当初、私は右も左も分からず師匠にくっついて拠点を回っていましたが、現場での経験を重ねるうちに、徐々にさまざまな設備のことが分かり、自ら活動を進められるようになってきました。思い返すと、最初は原理・原則が理解できていなかったが故に判断に迷うことが多く、ムダが非常に多かったと感じています。だからこそ、今後さらに効率的に動けるよう、継続して勉強させてもらいたいと思っています。(佐藤)
省エネ活動は、現場に行かないと何もできないんですよ。国内外に関わらず、現場を知らないとムダに気が付くことができないし、提案をすることもできない。それに、現場を巡回し、実際の計器を見てエネルギー消費量を減らす、という成功体験を得ることは、省エネへの興味や意欲向上にもつながります。
佐藤くんと同様、現場の担当者にも、実際に設備機器に触れ、機器の調整してもらうようにしています。それによって自ら改善点に気づき、本人の自信につながることも多々あり、現場力も向上していると実感しています。(俵積田)
省エネは、知識、技術、手法が分からないと活動を進めることはできません。これらを現場メンバーに身につけてもらい、師匠と共に継続的な人づくりに貢献したいと考えています。(佐藤)

タイでの現場実践塾

タイでの現場実践塾

これからの省エネ診断の在り方

我々の活動は、主に生産装置に付帯する設備機器の診断が中心でしたが、半導体デバイスを製造する拠点での診断を皮切りに、生産装置そのものの省エネ診断にも力を入れ始めました。ファシリティ部門が管理する設備機器と、事業本部が管理する生産装置、それらを総合的にみて行う省エネの取り組みはハードルが高いかもしれませんが、事業本部と協力して挑んでいきたいと思います。(俵積田)
今後は、本社専門部隊が毎回拠点の診断を行うのではなく、各拠点のメンバーが自ら省エネ活動を行えるよう、現場の省エネ診断士の育成を継続的に行っていきたいですね。特に、拠点間での相互診断をしたり、優秀な事例をグループ全体で共有したりと、拠点間のネットワークをつくり、さらにレベルアップできる仕組みが大切です。省エネやCO2削減は、キヤノンだけでなく、社会全体の問題です。人材育成の仕組みが定着し、実際に優秀な省エネ診断士が増えてきたら、この省エネ活動がサプライヤーにも広がっていくでしょう。楽しみですね。(俵積田/佐藤)

キヤノン 施設エネルギー管理課
主幹 俵積田 和行(右)
佐藤 善栄(左)

キヤノン 施設エネルギー管理課
主幹 俵積田 和行(右)
佐藤 善栄(左)

「設備は奥が深い、だから師匠のもとで勉強するんです」と口にする佐藤の横で、「一人前になった佐藤くんが拠点の仲間と改善を進め、一人でも多くの診断士を育ててくれる日を楽しみにしているよ」と俵積田は笑った。

03

クリーンルームでの省エネ実現への熱い想い

あと一歩踏み出すチャンスを探していた。

キヤノンでは、カメラに使われるCMOSセンサーをはじめ、さまざまな半導体チップを生産しています。国内4カ所にあるその製造現場において、強い結束のもと大幅な省エネを実現した、半導体装置技術担当の織(おり)浩介と中川良美に話を聞きました。

クリーンルームとは?

キヤノンは、綾瀬、平塚、川崎、大分の国内4拠点で半導体チップを生産していますが、私は、その中の綾瀬事業所で、デジタルカメラに使用するCMOSセンサーの生産を担当しながら省エネ活動を行い、同時にその他3拠点における省エネ活動の推進も行っています。(織)
私は、川崎事業所で、フルサイズCMOSセンサーを生産しています。半導体チップの製造では、超微細な加工を行うため、ほんの少しでもちりがあったり、温度変化で装置がわずかに膨張したりするだけでも、正確な回路を作ることができません。そのため、クリーンルームという、ちりやほこりのない、温度や湿度が一定に管理された特殊な部屋の中でつくられています。そのような環境を維持するため、部屋に入れる空気を特殊なフィルターできれいにしたり、ほかの部屋よりも厳密に気流を制御したり、陽圧ダンパーを設けてクリーンルーム内の気圧を常に外よりも高く維持したりしています。(中川)

クリーンルームで製造されている半導体チップ

クリーンルームで製造されている
半導体チップ

身の回りのあらゆる製品に搭載されている半導体チップ

身の回りのあらゆる製品に
搭載されている半導体チップ

多くの電力を使うことに対する強い問題意識

クリーンルームは、その環境を維持するために大量のエネルギーが必要なんです。さらに、生産の需給変動に問わず、クリーンルームは24時間、365日稼働しているため、なおのこと電力使用量はかさんでしまいます。(織)
川崎事業所でいうと、半導体デバイス部門で、事業所全体の約7割近くもの電力を使用しているんです。(中川)
クリーンルームでの生産に従事しているスタッフは、誰もがこの事実を知ってはいましたが、品質や歩留まりを保つ責任があるため、それまでは装置を問題が生じることのない、安全な閾値(しきいち)を設けて動かしていました。このままではいけないと、強く感じていたところに、当時の半導体デバイス部門のトップから省エネの号令がかかりました。そのことが、これまでの常識を見直し、省エネ活動に踏み込むきっかけとなりました。(織)

静かな口調で当時の想いを語る織

静かな口調で当時の想いを語る織

組織の壁を越えて

我々は、生産装置の技術屋です。生産装置そのものには詳しいものの、クリーンルーム内の付帯設備についてはそれほど知識がありませんでした。しかし、生産装置はその付帯設備と密接につながっているため、クリーンルーム全体をパッケージとして理解しておかないと改善ができません。そこで、設備を熟知する本社のファシリティ部門にも来てもらい、現場実践塾を開くことにしました。(織)
実際に現場に足を運んで装置に触れながら、原理・原則の知識をベースに考えると、安全サイドに設定されていたクリーンルーム制御の閾値に対して、変更可能な余地が見えてきます。そして、トライアンドエラーを繰り返しながら膨大なデータ検証を行い、確証を得ていく。そんな地道な取り組みが、生産条件を変えてまで省エネに取り組むことを怖がっていた生産部門の理解を得ることにつながりました。(中川)
現場実践塾では、4拠点すべてのメンバーが参加し、各拠点を順に回っていくようにしました。これによって、メンバーの理解が深まるだけでなく、ノウハウの共有にもつながります。1つのいいアイデアがでたら、それをみんなで共有することが大事。4拠点あるとアイデアが4倍生まれ、効果も4倍になります。(織)

組織の壁について語る中川

組織の壁について語る中川

それでも一筋縄ではいかない省エネ活動

とはいえ、そのアイデアを形にするのも大変でした。
例えば、綾瀬事業所の例です。半導体製造装置は稼働時に熱をもってしまうので冷却水で冷やしています。冷却水をつくるには主に二つの方法があり、一つは冷凍機、もう一つは外気で冷やすフリークーリングというシステムです。
我々は、外気温の低い季節のみ使用していた省エネ型のフリークーリングをもう少し長い期間使用したいと考えました。そのため、冷却水の設定温度をどこまで上げられるか、チャレンジしました。冷却水の設定温度を上げすぎると、製造する半導体チップの品質を維持できなかったり、最悪の場合、装置自体が故障しまうこともあります。これを防ぐため、各装置には、安全サイドに寄せた基準値を設けていました。
今回、その基準値をゼロベースで見直し、各装置でどこまで冷却水の設定温度を上げることができるか、個別に確認していきました。製造装置は数百台もあるため、これはかなり骨の折れる作業でした。実際に冷却水の温度を上げたら不具合が発生するものもありましたが、それらについて個別に冷却の仕組みを設けるなどして、最終的には、全体の冷却水の温度を約5℃上げることができました。これが大きな省エネにつながり、その後、他の3拠点にも展開しました。(織)

我々は、クリーンルームの空調システムに目を向けました。
部屋の中に送る空気の量を減らし、室圧を下げることが省エネに有効なことは他拠点の事例からわかっていましたが、建物の構造や装置などが異なるため、他拠点の成功事例をそのまま展開することはできません。個別の対応が必要でした。
川崎事業所のクリーンルームは、複数のエリアに区切られています。はじめは、全体の室圧を一律に下げてみましたが、どうしてもエリア毎の空気のバランスや清浄度が保てないエリアがありました。そこで、エリアごとに室圧を変えることを考えたのですが、一つのエリアの室圧を下げると空気の流れ方が変わってしまい、ほかのエリアにも影響が及んでしまいます。再度、エリア間の室圧のバランスを考え直す必要がありました。あるエリアの室圧を少しずつ下げては、測定器を持ってクリーンルーム中を歩き回り、得られたデータをもとに全体バランスを調整する。トライアンドエラーを繰り返すことで、我々はとうとう最適なバランスを見つけ出し、クリーンルームの室圧を全体として約30%下げることができました。(中川)

クリーンルームの様子

クリーンルームの様子

生産現場の省エネは永遠のテーマ

省エネ活動がスタートしたのが震災の後だったということもあり、「少しでも電力を減らし続けたい」という気持ちは今でも心の奥底に残っています。(織)
私も織さんと同じ気持ちです。活動前は、品質維持を第一に掲げ、生産装置は、安全な基準値で稼働させておけばリスクがなかった。しかし、我々装置屋の視点も変わりましたね。今や積極的に省エネに挑んでいます。(中川)
我々の省エネへの取り組みはまだまだアナログ。1秒間に何千というデータが生まれていますが、人間の頭で処理するには限界があります。だからこそ、AIを活用したデータ制御ができるシステムなどの構築を考えていきたいですね。今後も知恵をしぼり、さらなる省エネの目標に向けて仲間と一緒に努力していきます。(織)
私の永遠のテーマは、半導体デバイスの生産について、ベストミックスな環境を追い求めること。天候にすら影響を受ける精密な生産装置を常に安定して、かつ効率よく稼働するという装置屋としての責任を果たすために、我々は常にベストを尽くさなければいけないと考えていますので、今後も装置屋の誇りをもってさらなる省エネに挑みます。(中川)

キヤノン
半導体装置技術第一課 主幹 織 浩介(左)
半導体装置技術第二課 主任 中川 良美(右)

キヤノン
半導体装置技術第一課 主幹 織 浩介(左)
半導体装置技術第二課 主任 中川 良美(右)

終始、ひとなつっこい笑顔を見せていた中川の顔が引き締まり、「新たな気づきは、我々単独では生めません。さまざまな部門との連携から生まれます。」と話すと、物腰のやわらかな織の一言が聞こえてきた、「“人と人” “現場と現場”をつなぐこと。」。ふたりの息の合った会話を耳にし、愚直にクリーンルームの省エネに取り組んでいるさまざまな部門の連携、信頼関係が活動を加速させる大きな成果となったことを感じた。

04

生産のリードタイムの短縮が省エネにもつながった

ものづくりの現場だからこそできることがある。

半導体チップを製造する半導体露光装置には、高性能な巨大レンズが使用されています。このレンズ製造工程における省エネ改善で大きな成果をあげたプロジェクトで製造を担当した井上左知夫と技術を担当した籠味(かごみ)慎也が改善までの道のりについて語りました。

きっかけは、増産という至上命題だった

半導体露光装置は、ウエハーと呼ばれる半導体基板に、レンズを通して複雑で微細な電子回路のパターンを縮小転写するものです。高性能なレンズが必要なので、透過率を上げたり、反射を防止するため、レンズに薄い膜を成型(成膜)します。我々は、このレンズ成膜部分を担っています。(籠味)
今回この工程の改善に取り組んだきっかけは、実は、露光装置の生産台数を2倍に、という増産指示でした。増産というのはうれしいニュースでしたが、当時はリーマンショックのあおりを受け、すぐに設備投資ができなかったり、納品までに時間がかかったりして、設備の増強が間に合わない状態でした。そこで、設備の台数はこのまま、製造台数を2倍に、という無茶な目標が立てられました。(井上)
増産開始までの期間はたったの1年。みんな頭を抱えましたね。(籠味)

半導体チップを製造する露光装置

半導体チップを製造する露光装置

レンズ成膜の温度を下げられれば一石三鳥

我々が使用できる装置は、必要な装置の数の半分しかないわけですから、もう大改革をするしかない。不安はもちろんありましたが、ここは、知恵のだしどころじゃないですか。挑むしかないという気持ちになりましたね。(籠味)
我々の工場では、2001年から生産活動におけるさまざまなプロセス改革(生産革新)をはじめ、現状否定から知恵を絞りだす活動に取り組んできました。我々には、日々、さまざまな事柄に疑問を持ち、課題を克服してきた実績があります。このノウハウを活用し、その後、刻々と迫る期限に追いかけられながら、増産に向けたリードタイムの短縮方法を検討しはじめました。ハードの改良から現場の作業レベルの改善まで、三現主義に従ってさまざまなテーマを洗い出しました。その中で一つの大きなテーマとして挙がったのが「レンズ成膜時の設定温度を下げる」というものです。レンズ成膜時の温度が下げられれば、昇温や冷却にかかる時間も短縮できるので、大幅なリードタイム短縮に繋がるだろう、と。(井上)

当時の気持ちを語る井上

当時の気持ちを語る井上

また、同時に、レンズ成膜工程は、もともと電力を大量に使う工程だということも共通認識としてありました。工場では使用した電力量の管理を行っており、各工程がどのくらい使っているかを実額で認識しています。そのため、我々スタッフレベルでさえも、レンズ成膜工程の使用電力の多さには強い問題意識を持っていました。もしこの改善が成功したら、リードタイムも削減できるし、電気料金も減る、さらに環境負荷の削減にも繋がります。一石三鳥ですね。(井上)

ウエハーに回路パターンを描く

ウエハーに回路パターンを描く

ギリギリの温度設定への挑戦

初期設定されている200℃という温度は、本当に必要条件なのだろうか。もう少し下げたとしても守るべき品質基準はクリアできるのではないか。我々は、品質を維持するのに最低限必要な設定温度を、徹底的に検証することにしました。そこからは、データと向き合う苦悩の日々の始まりです。一筋縄では進まない生産条件や稼働条件を見直し、耐久性や品質評価など、さまざまな検証を関連部門と繰り返していました。ここでもやはり常に意識していたことは、そもそもの設備の原理・原則です。意見が分かれるときなどは、その都度、原理・原則に立ち返って考えました。与えられた時間で課題を克服できるか、ほんとに怖かったですね。しかしある時、「おっ!先が見えた!」という瞬間がありました。あの瞬間は今でも忘れません。その後は、辛かったデータ確認も楽しくなりましたね。(籠味)

辛かったデータ確認が趣味に変わったと笑う籠味

辛かったデータ確認が趣味に変わったと笑う籠味

最適な温度を探し出すために試行錯誤を繰り返していったんです。
例えば、少しでも温度を下げすぎると膜がはがれたり、膜の耐久性が不十分だったりと、何度も失敗がありました。
しかも、これを通常の生産の合間で行わなくてはいけません。我々が製造している半導体露光装置は、カメラなどの量産品と違い試作機がないので、実際の生産ラインを使っての検討になります。籠味の部門をはじめ、さまざまな部門と毎朝スケジュール調整を行いながら、通常の生産に影響が出ないように進めていきました。(井上)

レンズにほこりがないか検査するレンズ成膜前工程

レンズにほこりがないか検査するレンズ成膜前工程

成功体験が今後の省エネへのモチベーション向上に

1年という期限がくる直前、我々はレンズ成膜時の加熱温度を、これまで通りの耐久性、品質を維持しながらも「200℃」から「120℃」に下げることに成功しました。大きな新規投資をすることなく、知恵を使ってこの難題を克服し、増産に対応することができたんです。これにより、消費電力が下がるだけでなく、加熱工程のリードタイムを劇的に短縮することができました。(籠味)
納期までにお客さまのもとへ我々の製品を納められたときは、本当にうれしかったですね。関連部門メンバー、全国のグループ会社から応援にきてくれたメンバーと一緒に喜びを分かちあいました。ものづくりの現場だからこその達成感だと熱い気持ちになりました。また、電気料金=固定費の削減も同時に実現することができました。こういった実績を目の当たりにしたお陰で、省エネへの意識も高まったと感じています。新しい装置を入れる際にも、装置のエネルギー効率をこれまで以上に意識するようになりました。生産効率向上と省エネは両立することが分かったので、今後も積極的に取り組んでいきます。(井上)

キヤノン
製造第三課 課長 井上 左知夫(左)
生産技術第二課 課長 籠味 慎也(右)

キヤノン
製造第三課 課長 井上 左知夫(左)
生産技術第二課 課長 籠味 慎也(右)

「そういえば、籠味がこの間提案してくれた件、データ確認したら問題ないことが分かったから採用できそうだよ」と井上がいうと、「井上さんが言ってくれたように、あの部分の設定温度を下げることができると、装置選定に自由度が出てきてコストダウンできそうです!」と籠味が応える。取材が終わってもまだなお続くふたりの改善への想いに笑みがこぼれると共に、私たちの会社は、やはりものづくりの会社なのだとあらためて感じた。