フォトグラファー特別インタビュー

選手を深く知るほど、
オリンピックは面白くなる。

岸本 健

interviewee

岸本 健

スポーツ写真家/株式会社フォート・キシモト代表取締役社長
1957年からスポーツ写真の撮影を開始。1966年には日本初のスポーツ専門フォトエージェンシー(株)フォート・キシモトを設立し、収蔵点数で世界最大級のスポーツ写真ライブラリーに育て上げた。主な受賞歴は、モスクワオリンピック国際ポスターコンクールでの金賞受賞。日本選手団が不参加となったこの大会で、当時「日本唯一の金メダリスト」として注目を集めた。

東京1964オリンピックを撮影したレジェンドが語る、オリンピックの思い出と東京2020オリンピック・パラリンピックへの期待とは。

50年以上、
オリンピックを見てきた。

はじめての撮影は1964年。前回の東京オリンピックだ。フォトグラファー25人に選ばれ、開会式から選手村の生活風景まで、いろんなシーンを撮った。何もかもが手探りだったが、目の前で繰り広げられる一つひとつのシーンを逃さないよう、夢中でシャッターを切った。選手にも積極的に話しかけた。英語はカタコトだが、写真がコミュニケーションツールだった。プライベートな距離まで臆せず近づいてくる東洋人フォトグラファーが珍しかったのか、いろんな選手と交流を深めることができた。特にチェコスロバキア(当時)のベラ・チャスラフスカ選手とは、大会後も交流が続き、プラハの実家に行って撮影をしたほどだ。

イメージが歴史を超えた共有を可能にする。

それからいろんなオリンピックを経験した。約30大会を撮影した経験から改めて思うのは、写真の力が持つ大きさだ。今、僕たちが過去の大会を振り返ることができるのは、写真というイメージがあるから。いくら文字の記録をたどったところで、選手の息づかいや歓喜の表情は想像できない。イメージがあるから、僕たちは当時の感動を、選手の生き様を鮮やかに共有することができる。

選手に深く入り込む。
それが僕の撮り方。

僕が写真を撮る時は、できるだけ選手と深く関わるようにしている。勝負の一瞬だけではなく、日常の苦労やトレーニングの過酷さ、勝つために行う独自の工夫などを知っておくことで、もう一歩深い表情やシーンを撮ることができる。そうやって撮った写真は、報道という役割を超えて、人の心に訴えかけるようなテーマ性を持つ。ちなみに僕が好きなオリンピック撮影ポジションは、競技場の第二コーナーの付近のスタンド上部。レースが動き出す様子を、競技場の雰囲気を入れながら俯瞰でとらえられるからだ。

アスリートの人間臭さを切りとる。

トップアスリートも一人の人間。超人的な能力に感嘆する一方で、ふと人間臭い仕草が垣間見える一瞬がある。たとえばある選手はスタートラインに手をついた時、手にお守りを握っていた。その時僕は手をアップで狙った。ある体操選手は皮が裂けた手のひらを糸で縫いながら練習をしていた。僕はその血だらけの手を撮った。目の前の出来事から、その選手の個性が浮かびあがる一瞬を切りとる。その時写真は普遍的な魅力を持ち、人々の心に刻まれる記録となって、次の世代に受け継がれていく。私たちスポーツフォトグラファーの使命はそういった写真を撮ることだ。

考えて撮る。
機械に頼りすぎない。

スポーツに限らず、どんな被写体を狙うにしても、僕はまず「考えて撮る」ことがいちばん大切だと思う。被写体のことをよく知り、調べ、次の動きを予測し、その一瞬に目を凝らしながら、被写体の持つ魅力が最大限に輝く瞬間を狙う。連写性能は日々進化していて、決定的な瞬間を捉えられる確率は随分高まった。でも、僕は本当に撮りたいと思う瞬間をワンショットで決める。被写体に興味を持ち、考えてシャッターを切れば、必ずいい写真が撮れる。会社の若手フォトグラファーにもそう伝えている。

段違い平行棒する体操選手

勝者と敗者、すべての選手にドラマがある。
そして2020年、2度目の東京へ。

オリンピックには勝者と敗者がいる。勝負だからそれは当然だ。でも僕が見てほしいのは、そのどちらにも背負っているものがあり、ドラマがあるということ。それは負けたからといって輝きを失うものではない。メダルはひとつの結果。努力する人、それを応援する人々すべてを含めたムーブメントがオリンピックであり、だからこそ人は感動するし、スポーツが人々の心の支えになるのだと思う。2020年、東京に再びオリンピック・パラリンピックがやってくる。4年後に向けて、今どんな選手が、どんな思いで取り組んでいるのか。誰でもいい。ある選手に興味をもって、その背景を調べ、追いかけてみてほしい。4年後、光と影に彩られた最高のドラマが見られるはずだ。