東京2020オリンピック・
パラリンピック&55競技

見どころ紹介

フォトグラファーインタビュー
中西祐介

オリンピック・パラリンピックを始めとする様々なスポーツシーンにおいて、アスリート達の極限と向き合ってきたフォトグラファーの中西祐介氏。ライフワークとして取り組むドキュメンタリー製作活動では、馬術競技にスポットライトを当てている。馬と人が「一人の選手」となる時、ファインダーの向こうでは何が起きているのか?東京2020に向けた提言と共に写真への思いを語ってもらった。

きっかけはボクサーのドキュメンタリー撮影

―スポーツ写真を撮影するようになった背景を教えてください。

写真学科にいた大学4年次の卒業制作でプロボクサーをテーマにしたドキュメンタリーを撮影したことがきっかけでした。当時、あまりスポーツ志向はなかったのですが、このモノの豊かな時代に殴りあう世界に身を置くボクサーの真意みたいなもの、命の危険を冒してまでリングに上がる理由を知りたくて、あるボクサーのプロテストからデビュー戦までを約1年間かけてボクシングジムに通い密着しました。彼は僕と同年代だったのですが、働きながら生活費を稼ぎ、ジムの月謝まで捻出している姿に、学生だった自分がどこか幼く感じたことも発奮材料となり、取材を通して色々な事を学ばせてもらうことができました。

―大学卒業後は大手出版社での契約フォトグラファーを経て、フォトエージェンシーでご活躍されました。どのようなことを経験されたのでしょうか。

入社して最初に先輩社員に言われた事は「現場では常に謙虚でいなさい」でした。当時、会社としても大きくなっていたので、取材でオリンピックやサッカーの国際大会など、個人の力以上の環境がいきなり手に入るわけです。それで「有頂天になるなよ。勘違いするなよ」と厳しく指導されました。それは今でも心がけている姿勢です。
当時はまだスポーツ撮影はそれほど経験がなかったので、とにかく先輩達に追いつくだけで必死でした。先輩の撮ったものを見て真似をして、それが出来るようになればまた一つと、階段を登って行くような感じです。現場はスポーツだけでなく、ハリウッドスターの来日、時事ニュースの現場やスタジオ撮影も経験しました。入社から退社までの約12年半、プロフォトグラファーとしての技術をここで吸収することができました。

人と馬の絆にスポットを当てたい

―ライフワークとして撮影されている馬術競技撮影に積極的に取り組まれています。馬術の魅力について教えてください。

最初の馬術との出会いは、北京2008でした。それまで競技自体を見たことがなく、全くの手探り状態でしたが、日本馬術連盟のオフィシャルフォトグラファーも兼ねていたこともあり、連盟の広報の方にどんな採点方法で、どの瞬間が写真映えするかを一から教えてもらううちに、こんなに面白い競技があるのかと思うようになりました。
特に馬との距離が競馬とは比較にならないほど近い。馬の筋肉の動きや息遣いが分かるぐらいの距離感です。馬術はオリンピック競技の中で、唯一動物と一緒に出場する競技で、男女や体重分けもなく、小柄な女性ライダーでもダイナミックな跳躍を見せることができます。彼らからすれば人と馬がいて、初めて一人の選手となるわけです。ですから、撮影をする時は必ず馬と一緒である事を求められます。選手名も馬号との併記もしかり。
数年かけてずっと同じ厩舎で過ごして、互いの信頼関係を築き上げてきているわけですから、それも納得できます。試合はそういった積み重ねの日々の最後の僅かな部分でしかない。選手と馬との絆に視点に置いて見ていくと、試合の見方も変わってきます。しかし、そういう舞台の裏側はお客さんが入って行けない場所ですし、残念ながら欧米と比較しても日本の馬術競技には中々スポットライトが当たらない。元々ドキュメンタリーを撮っている時から光が当たらないものに光を当てることが写真の醍醐味と思っていたので、これは自分がやるべき仕事だなと思い、今に至っています。

―馬術競技を撮影された中で最高の1枚を教えてください。

2018年にプライベートで行ったアメリカ・ノースカロライナ州トライオンでのFEI世界馬術選手権で撮影した写真でしょうか。その中での1枚を挙げるとすれば、この写真です。

これだけの観客で溢れる会場の熱気とその土地の空気感をインパクトのある星条旗を写し込むことで表現しました。レンズは確か単焦点のEF400mm F2.8L IS II USMだったと思います。池や森などのコースを駆け抜けて行く総合馬術のクロスカントリーで、日本では見られないこのオリンピック並みの会場の熱気を伝えたいと思い、タイムテーブルの合間を見て撮影ポイントまで30分ほど歩き、国旗が綺麗にたなびく瞬間を待っていました。こういった大きな大会では、いったん会場内に入ってしまうと意外と周囲の雰囲気は分からなくなってしまうんですね。リオ2016を取材した時も競技場内だけになってしまい、南米初のオリンピック・パラリンピックに熱狂する街の表情を収められなかったのが心残りでしたので、外側から俯瞰する事で見えてくるものがあるのだと改めて実感しました。

―他3枚のカットもご紹介していただけますか?

2枚目は北京2008、ロンドン2012、リオ2016の過去3大会に出場し、海外の大きな大会でも優勝。東京2020でも日本人メダル候補として注目をされている総合馬術の大岩義明選手です。この総合馬術クロスカントリーでは、障害物が固定されているので、もし飛越に失敗すると人馬ごと転倒しかねない命がけの競技です。またコースは周回ではないので、シャッターチャンスは一度きりです。
選手からすると、障害を跳ぶ時には馬の肢が綺麗にたたまれていて、降りる時は伸びきっていると良いそうです。逆にその中間は馬がブレーキをかけているようで美しくない。 だからこの写真も水しぶきをあげながら走り出す瞬間にしています。また、馬が正面から跳んでくる構図は、馬の鼻先とライダーの間に距離が出来てしまうので、ピントの配置には特に気を配りながら、馬の息遣いや筋肉の動き、蹄の音などが伝わる写真を意識しました。

3枚目は障害馬術の福島大輔選手です。かなり近い距離で、EF16-35mm F4L IS USMのレンズで撮ったと思います。晴天に恵まれたこともあり、160センチの障害を楽々越える馬の跳躍力を、空を飛んでいるようなイメージで見せたかったので、青空を入れるように意識しました。

4枚目は馬を操る技術を争う馬場馬術の林伸伍選手です。人が騎乗していても、まるで馬自身がその演技をしているかのように見せるのが大切だそうです。手はほとんど動かず、足の僅かな動きだけで馬に指示をしていた様子が印象に残っています。
馬術では自分が良い写真だと独りよがりでは撮影せず、必ず選手に馬の足や首の動きなど、これで良いか?美しいか?と確認しながら臨んでいます。約10年撮っていますが、未だに分からない部分もあり、実に奥が深い競技です。

―普段お使いの機材について教えてください。

普段のカメラはEOS-1D X Mark Ⅱと、EOS 5D Mark Ⅳを使い分けています。
写真の解像度や質感を高める為に、高画素機の5Dも使用しますが、馬術のように一瞬を逃せない場合にはやはり1D Xを持ち出すことが多いですね。
レンズは単焦点EF400mm F2.8L IS II USMと、ズームのEF16-35mm F4L IS USM、EF24-70mm F2.8L II USM、EF70-200mm F2.8L IS II USMをセットにして持ち歩いています。キヤノンのカメラは高校生から使っています。色んな雑誌で見ていて、白レンズへの憧れがありました。操作性も良く手に馴染んだので、フィルムカメラから使い続けています。
プロフォトグラファーにとっては、ボタンの配置やAFの速さなど、スペックに現れない部分がとても大事です。どんなに性能が良くてもちょっとした違和感が“その瞬間”に影響してしまいます。野球選手のバットと同じですね。その違和感が一番少なかったのがキヤノンでした。近年はカメラ性能が上がってきているので、写真でしか捉えられない瞬間にこだわりたいと思っています。

フォトグラファーはアスリートと同じ

―北京2008、ソチ2014、リオ2016、平昌2018冬季パラリンピックと4大会を取材してきた中西さんにとって、オリンピック・パラリンピックを取材することとは?

フォトグラファーがオリンピックに行くというのは、アスリートと似ていると思います。国ごとに取材パスの発行枚数が決まっていて、行きたくても行けない人がたくさんいるわけです。
そういう事実を出国の時に頭に入れておいて、日本を代表する気持ちで取材に臨んでいました。オリンピックに行けたフォトグラファーとそうでないフォトグラファーのその後の4年間は違ってくると感じています。僕もソチ2014後にある現場でオリンピックを経験したフォトグラファーとして紹介をされた時に、周囲の反応は全然違いました。サッカーの国際大会でもそこまでの反応は出ないと思います。やはりオリンピックに行くことは特別なんだなと。
そういう状況下で、自分は4大会も行かせてもらい、幸運に恵まれました。だからこそ、オリンピックの会場に立てたフォトグラファーは持てる技術の全てと、アスリートに劣らない熱意でシャッターを切る覚悟が必要だと思います。

できる事の中で楽しんで撮影して

―2020年に向けてスポーツが注目されることで、一般の方もカメラを構える機会が増えてくると思われます。スポーツ撮影のコツはありますか?

まずはその競技を間近で見て、体感することだと思います。同じテーマでも、100人いれば100通りの表現が生まれるので、まずは自分が何を感じたかを大切にしてもらいたいですね。
また、スポーツ写真は大きなカメラとレンズが必要という先入観に捉われがちですが、そんなことは全然ありません。コンパクトカメラで撮ってもいいわけです。写真の教科書の作例が正解と決め付けて、そこから外れたらダメではなくて、正解は自分の中に見つけていくものだと思っています。できる事の中で楽しめることはきっとあるはずです。楽しめれば自然と良い写真になると思います。自分が持っているスタイルを大事にしてください。

スポーツが文化として根付く転機に

―東京2020に期待していることは何ですか?

スポーツが文化として、私達のより身近なところまで広がっていくことを期待しています。
メディアの変化もあり、一度に多くの人達の目に触れることが多くなった写真は、スポーツの感動や共感を私達に伝えてくれる橋渡しとなってくれるはずです。
一方で、2020年がゴールではなく、ここをスタートラインとして次回、パリ2024を目指すアスリートがいるのも事実です。馬術を初めとする普段注目を浴びない競技に光を当てる意味でも一過性のメガイベントで終わるのではなく、2020年を契機にスポーツやアスリートの環境が向上し、スポーツが私達の生活の一部になって行くことを祈っています。

中西祐介(なかにし・ゆうすけ)

1979年東京都生まれ。
東京工芸大学芸術学部写真学科卒業
講談社写真部、フォトエージェンシーであるアフロスポーツを経て2018年よりフリーランスフォトグラファー。
高校時代から写真撮影を始め、大学時代にボクシングジムで出会ったプロボクサーを題材とした「拳の行方」の制作を始めたことをきっかけにドキュメンタリーフォトの撮影を始めた。
これまでにオリンピック、様々な競技の世界選手権をはじめとするスポーツシーンを撮影、報道媒体に写真を発表。さらにアスリートをモデルにしたスタジオでのコマーシャル撮影、写真雑誌やスポーツ媒体への原稿執筆、写真セミナーの講師も行う。
近年は馬術競技を題材にした「人と馬」をテーマにドキュメンタリー制作活動を行っている。

日本スポーツプレス協会 (AJPS)会員
国際スポーツプレス協会 (AIPS) 会員

写真展
2006年 Fight 富士フォトサロン東京
2012年 拳の行方 キヤノンギャラリー

著書
2016年 いい写真はどうすれば撮れるのか~プロが機材やテクニック以前に考えること~(技術評論社)

インタビュアー:小笠原大介