東京2020オリンピック・
パラリンピック&55競技

見どころ紹介

フォトグラファーインタビュー
田口有史

プロフォトグラファーの第一線を歩んできた田口有史氏。今、その熱視線はハンドボールへと向けられている。高校時代に選手経験を持つ田口氏だからこそ、写し出せる最高の一枚とは?東京2020に向けた思いと共に語ってもらった。

スポーツをする側から撮る側へ

―スポーツ写真を撮影するようになった背景を教えてください。

両親がハンドボールの元日本代表選手で、自分も高校時代はハンドボールをしていました。大学でもプレーをしてみたいとも思ったのですが、簡単にいえば、自分はそこまでの選手ではありませんでした。でも、スポーツはするのも見るのも好きで、何かスポーツに携わる仕事を考えた時に、メディアという職種を思いつきました。
祖父がカメラ店を営んでいたこともあって、カメラというものに興味はありました。それに父や母が現役時代はモノクロ、僕がハンドボールをしていた頃はAFも実用的では無く、当然フィルムカメラでした。今のように誰でもスポーツ写真を撮ることができず、プレー写真が残っていませんので、もっと残しておきたかったという思いがあったかもしれませんね。
それに自分がアスリートとして大成しなかったので、トップに昇り詰めることの苦労や、それを成し遂げるアスリート達への尊敬の念も人一倍ありました。そこから誰よりも最高の瞬間、撮られて嬉しいと思ってもらえる瞬間を残したいという思いも強くなったと思います。

アメリカ留学で身につけた表現方法

―大学から本格的に写真を学ばれたそうですが、アメリカにも留学されていますね。

東京工芸短大写真科で2年間基礎を学んだあと、卒業後はサンフランシスコ芸術大学写真学科に編入しました。
中学生くらいの頃からアメリカのプロスポーツに興味を持ち始め、その後BS放送も始まって、NBAやNFL、メジャーリーグを見る機会も増えました。単純にアメリカというものへの憧れもありましたし、本場のスポーツを生で観てみたい、留学すればいつでも観にいけるのではないかという思いもありました。
サンフランシスコ芸術大学はファインアートの学校だったので、いわゆる通常の報道写真では誰も共感してくれません。撮ってきた写真を生徒間で議論をしながら作品検討していくスタイルなので、自分がどういった意図を持って撮影をしたかを説明しなくてはならない。単に迫力ある瞬間だったとか、バットとボールが当たる瞬間が撮れたとかでは作品としてみてもらえない。様々な芸術表現の中から写真という方法を使う生徒たち、しかも全くスポーツに興味が無いという生徒が多い中で、スポーツと写真に固執していたので、何を考えながら撮影したら彼らに理解してもらえるか。そういった意味では独自のセンスを磨かれた気がします。

―その後はアメリカを拠点とされたのでしょうか?

1995年に野茂さんがロサンゼルス・ドジャースに入団したこともあり、日本のメディアの注目度が上がりました。僕も日本の出版社に営業をかけるなどして少しずつ仕事は得ていましたが、当時はそれほどの頻度ではなく、就労ビザの延長もできなかったので、1997年に帰国を決めました。しばらくフリーで仕事をしていると、1998年にメジャーリーグの専門誌が発刊されたので、そこでこれまで自分が撮りためていたものを使ってもらいました。
月刊誌ができたことで、毎月写真を使ってもらえるあてができた。それならば撮りにいきましょうとメジャーリーグのシーズン中はアメリカと日本を行ったり来たりするスタイルになりました。
自分がずっとフリーランスでいるのは、初めにフリーランスとして仕事を始めてしまって、少し仕事があったというのと、出版社や新聞社、フォトエージェンシーなどに所属してしまうと必ずしも自分が興味を持った現場にいけるとは限らないと思ったので、自分の撮りたいと思う現場に行き続けられるように選びました。
メジャーリーグの現場では2002年からワールドシリーズを撮影し続けていて、2012年からは日本人唯一のメジャーリーグのオフィシャルフォトグラファーとしてWBCや日米野球、日本開幕戦などを撮影しました。今年3月の東京ドームでイチロー選手の引退試合の瞬間をオフィシャルフォトグラファーとして、カメラ席から飛び出してフィールド上で写真に収められたことは、感慨深いものがあります。

きちんとした写真を残してあげたい

―ハンドボールを撮影するようになった経緯を教えてください。

僕が日本で学生をしていた頃は、父が実業団チームの監督をしていて、姉も大学でプレーをしていたので、その頃から撮影をしていたのですが、当時は日本協会や日本リーグもちゃんとしたオフィシャルフォトグラファーを頼んでいなかったような時期で、またその必要性を感じていないところもありました。その後、自分もカメラマンとして仕事が安定してきた頃に日本代表の宮﨑大輔選手のメディアでの露出が増えてきて、面白い選手が出てきたなと興味を持って撮りにいくようになりました。勿論、自分が勝手に撮りたいと思って押しかけて行っているので仕事になるわけではありません。父親が実業団チームで監督をやっており、母も姉もプレーをしていたハンドボール一家の息子で、ハンドボールに育ててもらったようなものなので、きちんとした写真をハンドボール界に残すことで還元したいという思いがありました。国内での日本代表戦や日本リーグのプレーオフ、海外ではメジャーリーグやフィギュアスケートの合間を見つけては世界選手権やヨーロッパでプレーしている選手の試合に自腹で渡航して撮影しながら、オフィシャルフォトグラファーの必要性を伝えていきました。北京2008オリンピック予選の頃からそういう活動を続けて、ようやく一昨年ぐらいからオフィシャルになることができました。

―スポーツ専門誌では、写真だけでなく記事も書かれていますね。

文章がないとページをもらえず、写真を発表することができないからです。ハンドボールは露出も少なく、海外まで取材に行くライターさんもあまりいません。競技に精通した記事を書く人が少なかった事もあり、きちんとした原稿が無い。ならば自分で書いてみるしか無かったのです。2009年に宮崎選手がスペインに挑戦した時に現地まで乗り込んで行ったら、彼も驚いていましたね。
2017年の女子世界選手権では日本女子代表が、“死のグループ”と呼ばれた予選リーグで、強豪モンテネグロに逆転勝利を収めるなどして、初の決勝トーナメント進出を果たしました。その歴史的瞬間に立ち会えたこと、日本代表チームが目に見えて成長していく過程に立ち会えて、その文章も書かせて頂く事ができたのは、貴重な経験になりました。

コンタクトスポーツならではの迫力を

―ハンドボールを撮影する上で心がけていることはありますか?

ハンドボールは特に難しいですよね。スピードもあるのに、選手が密集する。追っている選手にディフェンスが被ってフォーカスを持っていかれることもあります。
でもコンタクトの激しい競技ですので、ライン際でディフェンスにユニフォームを引っ張られながらもシュートを放つようなシーンから選手の迫力と力強さを感じられる写真を、高さのあるジャンプシュートからはシュートフォームの一番キレイなところを捉えたいと思います。そしてシンプルな競技で、選手のリアクションが出ることも多いと思うので、そんなシーンも逃したくないですね。様々なシーンがあるので、試合中はゴール付近だけではなく、選手のガッツポーズなどの表情も切り取れるベンチ付近へも移動しながらポジション取りを行っています。

―そこは選手と同じ気持ちになってシャッターを切っていますか?

いえ、逆に僕は一歩引いて、先々を考えてシャッターを切るようにしています。フォトグラファーは撮影をする為にその場にいるので、その仕事に徹するようにしています。観客としてその場にいるわけではないので、フォトグラファーとしての見え方を写真で表現する責任があると思っています。
オフィシャルという立場で撮影する場合、通常のカメラ席よりもさらに奥へ、また多くのカメラマンを代表して撮る場面も多くなります。だから皆が納得してもらえるほどのクオリティーを出さないといけない。結果的にそれが選手との信頼関係につながると思いますし、プレー以外の部分、バックステージからも選手の魅力を写真で伝えることができると思っています。

―普段お使いの機材について教えてください。

キヤノンのEOS-1D X MarkⅡとEOS 5D Mark Ⅳをメインに、レンズは単焦点EF400mm F2.8L IS II USM、ズームはEF24-70mm F2.8L II USM、EF70-200mm F2.8L IS II USMの使用機会が多いですね。最初に使用したキヤノンのカメラはフィルムのEOS-1Nでした。オートフォーカスでこんなにピントが合うのかと驚きました。その後は他社のカメラも使いましたが、ロンドン2012でEOS-1D Xの完成度の高さとAFの安定性に魅了されて以後、キヤノンを使っています。やはり発色の良さが強みですよね。アメリカの昼の試合などコントラストの強いところで良い色を出してくれます。今後はミラーレスカメラのEOS Rにも注目しています。フィギュアスケートやゴルフ、テニスなどの撮影現場では、ミラーレスの無音撮影は武器になりますし、最終的にはスポーツの現場もミラーレスカメラになっていくと思うので、今後の可能性にも期待しています。

今いる場所からの視点を大事に

―東京2020では一般の方もカメラを構える機会も増えると思います。スポーツ撮影のコツはありますか?

当然、カメラエリアに行けば、迫力ある写真が撮れますが、実際そこに入れる人間は限られています。皆さんにはそのカメラエリアから撮れるありきたりな写真を撮るのではなくて、自分がいる客席からどのように撮影すれば、その競技の面白さを表現できるかを考えてもらいたいですね。客席から撮って被写体が小さくなるとしても、上から撮ることによって見える選手の影を敢えて使ってみたり、ハンドボールだと上から撮ることで普段ないアングルでシュートフォームを表現できたりするので、そういう独自の視点を生かして撮ってみてください。

選手と一緒になって作り上げてほしい

―東京2020に期待していることはありますか?

とてもシンプルな競技ですが、スピードやフィジカルの強さは非常に高い次元を求められますし、試合展開も速いので、とても見応えがあって、一度観るとハマる人が多いです。
少し前までは、ハンドボールを観戦する人は基本競技をやっている選手や、その関係者が多かったですが、今ではSNSの普及に伴って、コアなファンのコミュニティーもできています。マイナーな競技というと怒られるかもしれませんが、その分、選手とファンの距離感が近いですよね。会いにいけるアスリートといいましょうか。東京2020では、球技はあまり多くないので、是非観に行って、選手と一緒にハンドボールを盛り上げてほしいと思います。
僕もまだ東京2020にどのような形で関わるかはわからないのですが、せっかく母国での開催ですので、いつも海外でお世話になっている外国のフォトグラファー仲間との日本での交流や、フォトグラファーとしてではなく、一スポーツファンとしてスタンドからでもお祭りムードを楽しめたらと思います。

田口有史(たぐち・ゆきひと)

1973年静岡県生まれ、福島県育ち。県立福島高校卒業後、スポーツ写真家を志して東京工芸大学短期大学部に入学、その後渡米してサンフランシスコ芸術大学にて美術学士取得。在学中よりフリーランスとして活動を始め、現在は東京に居を構えつつ、年間150日程度渡米してメジャーリーグを中心に撮影しながら、フィギュアスケートやラグビー、ハンドボールなど様々なフィールドにて活動。メジャーリーグ日本開幕戦及びWBC公式フォトグラファー。主な掲載誌にメジャーリーグ専門誌SLUGGER、Sports Graphic NUMBERなど。

インタビュアー:小笠原大介