東京2020オリンピック・
パラリンピック&55競技

見どころ紹介

フォトグラファーインタビュー
藤田孝夫

オリンピックや世界規模の国際大会など、30年にわたり数々のスポーツの大舞台を撮影してきた、フォトグラファーの藤田孝夫氏。カルガリー1988冬季オリンピックから撮影に臨み、数々の名勝負を見届けてきた。そんな藤田氏に、オリンピックの撮影エピソードや撮影への思い、「いい写真」の条件などを語ってもらった。

―スポーツフォトグラファーを志したきっかけを教えてください。

フォトグラファーへの入り口は、僕の場合、他の方々とはちょっと趣が違うのかなと思います。僕は四国の香川県出身で、小学校から高校まで野球ばかりしていました。ただ、根っからのスポーツ好きで、野球以外のスポーツにも憧れのような気持ちを抱いていました。高校2年の時にちょっと野球が嫌になってしまって、練習に行かない日があって。そんな時に神戸でテニスの国際大会があることを知って見に行くことにしたんです。苦労をしながらなんとか最前列のチケットを取って、神戸まで見に行ったんですが、すごく高い最前列のチケットを買ったはずなのに、僕の席の前にはずらーっとフォトグラファーの背中があるんです。「邪魔だなぁ」なんて思ったりもしたんですけど、その時にこういう仕事もあるのかとすごく印象に残ったんです。

それから高校3年生になって進路を考えることになったんですが、以前から東京に出たいという思いはあったものの、何をするかまでは考えていなかった。そこに、テニスの大会で見たスポーツフォトグラファーの姿が浮かんで、「スポーツ写真を撮影することを、仕事に出来るんだろうか」「スポーツカメラマンになれば、好きなスポーツを間近に見られるんじゃないか」という単純な好奇心から、スポーツフォトグラファーを志すようになりました。

オリンピックは“思い”の集約が半端ではない

―藤田さんはこれまで30年以上に渡って、オリンピックのほか、サッカーや陸上競技、水泳など様々な競技の国際大会を撮影されています。その中で感じた、オリンピックならではの魅力や大変さというのは、どんなものでしょうか。

昔からオリンピックは自分にとって特別なものだという思いがありましたし、撮影したいという思いが僕をここまで引き上げてくれたんだなとも思っています。実際に取材をしてみて感じたのは、“思い”の集約の仕方が半端ではないな、ということ。“この一瞬”という感じが強いんです。他の大会と比べて勝敗の選手のリアクションが違うし、観客、メディアの反応も違う。スポーツを撮っていて、最終的にはオリンピックを見届けたいというのが、自分の中の自然な欲求としてありますね。

大変な点で言うと、そのような舞台なので、こちらもそれなりの態勢でのぞまなければならないこと。「失敗できない」ということですよね。一瞬一瞬のクオリティーが高いので、その瞬間を逃さないために、経験や万全の準備で立ち向かわなければはねのけられてしまうという感じがありますね。

―オリンピックでは撮影予定などはある程度予想して組み立てるんでしょうか

ある程度こうなるだろうというイメージをベースに予定を立てていくんですが、やはりスポーツなので自分の考えた通りには行かないことの方が多いんですね。そのため、選手が敗退してしまったときや自分の撮影が上手くいかなかったときなど、最悪のことをベースに考えておくようにしています。そうしておけば、どのような事態にも対処できますし、想定以上に撮影が上手くいったり、選手が良い結果を残した場合には上積みされるだけなので。その点だけは気をつけていますね。

―オリンピックはカルガリー1988冬季オリンピックから撮影されていますが、これまで撮影したオリンピックの中で特に印象に残っている大会というのはありますか。

すごく迷うところなんですが、やはり最初に経験したオリンピックは印象深いですね。初めてのオリンピックはカルガリー1988冬季オリンピックで、当時僕は23か24歳の駆け出しの頃でした。フォート・キシモトの社員として取材のパスをいただいたんです。当時、オリンピックの取材に行けることが貴重だと理解はしてはいても、実感としてはまだ分かっていなかったんですね。その大会ではスキージャンプの撮影に行ったんですが、僕はジャンプを撮るのはその時が初めてでした。当時はマニュアルのフィルムカメラだったので、選手が通過する位置にあらかじめピントを合わせた“置きピン”で、選手がジャンプする度にパシャ、パシャと撮るんです。外気温がマイナスの中、一人きりで撮影をするんですが「もしこの撮影が失敗してしまったら、どうなってしまうんだろう」という言いようのない不安に襲われました。そのときは撮れた写真の出来がどうだったか、ということまで考える余裕もなかったですね。

オリンピックでは各現場に一人で行くことが多くて、そこで何を撮るかはフォトグラファーの自己判断に任されるんです。なので現場ではこういうことが求められるのか、ということを体で感じたのが、この大会でした。

このカルガリー1988冬季オリンピックと、夏季大会として初めて撮影したソウル1988オリンピックは、オリンピックって面白いな、と感じさせてくれた大会でした。アスリートの方もきっとそうだと思うんですが、一度オリンピックを経験してしまうと、引退しても戻って来たくなる。そういう魅力がオリンピックにはありますよね。

―これまでのオリンピックの撮影で、特に印象に残っているアクシデントなどはありますか。

失敗は何度もしましたね。ただ撮影の中で失敗した、成功したって言うのはある意味日常的なものなんです。オリンピックの中で大変だと感じたのは、政治的なことが絡んだ事件が起こった時ですね。アトランタ1996オリンピックでは、深夜2時にオリンピックパークでテロがあって、実はその1時間前までその現場にいたということがありました。翌日プレスセンターに行ってみたら全部閉鎖で、一度全員外に出されてセキュリティーチェックを受けました。9.11後のソルトレークシティー2002冬季オリンピックでもやはりセキュリティーが厳しくなりましたし、そういった部分での大変さを感じることはありました。

写真で重要なのは「どれだけ多くの人に、どれだけ多くのストーリーを与えうるか」

―藤田さんにとって「いい写真」とはどのようなものですか。

撮りたいイメージで撮れたものが「いい写真」なのかもしれませんが、僕自身が感じるのは「どれだけ多くの人に、どれだけ多くのストーリーを与えうるか」ということが重要なんじゃないかなと思います。見る人にイマジネーションを与える幅の大きい写真が、いい写真なのかなと感じています。若いときは我が強いので、フォトグラファー藤田のためにスポーツという被写体がある、というような考えが強かったんです。でも最近では、アスリートを見る人のためにフォトグラファー藤田が介在するのかな、というように感じるようになりました。

―今回、藤田さんには数ある競技の中から、体操の写真をピックアップしていただきました。これらの撮影の裏側について教えてください。

2019年にドイツのシュツットガルトで行われた体操の世界大会の写真ですね。体操の特徴は、選手が決まったことをやってくれるというところ。水泳や陸上競技は何が起こるかわからなかったりするんですが、体操は選手が決まった演技をするので、この体勢の時に撮る、というようにフォルムを狙いやすいんです。なので撮影前には直前練習に必ず行って、着地の位置や顔の向きなんかを確認して、本番の撮影では体の線や表情を意識して撮るようにしています。

カメラマンが分散する、撮影は「3D」…体操の現場ならではの特徴

―体操の撮影で特に難しいと感じる種目や、体操ならではの大変さなどはありますか。

体操で特に難しいと感じるのは、スピードと対峙しなければならない跳馬の撮影ですね。全力疾走してきて跳ぶ選手を撮らなければならないので、瞬発力が問われます。それからゆかや鉄棒といった空中姿勢のある種目も、撮影の難易度は高くなります。陸上競技などは地に足がついている「2D」なんですが、体操は空中にいることが多い「3D」なので、抜けてしまう、外れてしまう可能性が高いんです。そういった時には、オートフォーカスの性能というのがすごく重要になってきますね。

体操の現場で面白いのが、一会場の中でフォトグラファーが撮りたい場所が分散すること。体操の大会では一つの会場で複数の種目が同時進行されるので、フォトグラファーはこの場所でこの選手を撮る、ここから狙えばこの種目も撮れる、など考えながら撮影を組み立てていくんです。僕は日本人なので日本人選手を中心に追いますが、こういうフォローの仕方をしないフォトグラファーもたくさんいますし、組み立て方もそれぞれに違う。優勝間近になった選手のところにフォトグラファーが集まるということは当然あるんですが、フィニッシュ地点が決まってる陸上競技や水泳のように、一地点だけに集中するだけではないのが独特ですね。そういう組み立ての難しさ、面白さはあると思います。あと選手とすごく近いのも体操の魅力ですね。

―撮影する中で、選手のパーソナリティーが見えてくることもありますか。

そうですね。この写真にも写っている萱和磨選手なんかは、ガッツポーズも多いですし、比較的、気持ちを外に出す選手だと感じます。採点競技でのガッツポーズにはパフォーマンス的な意味もあって、ちょっと上手くいっていなかったとしても、審判にちゃんとやったという印象を与えるという効果もあるんですが、彼の場合はルーティーンとしてやっている部分もあるのかなと思います。

―フォトグラファーとしてのキャリアの中で、カメラやレンズといった機材の進化をどのように感じましたか。

機材の進化は大きいですね。今まで撮れなかった写真も撮れるようになりました。例えば今回ピックアップした中の跳馬に手をつく瞬間の写真なんかは、昔だったら撮れなかった、そもそも狙わなかった写真なんです。フィルムだった時代は、フィルム感度の上限があって、それに比例してシャッタースピードが設定されるんですが、当時のシャッタースピードでは跳馬の場合、画が止まらないんです。

デジタル化やオートフォーカスなどによって、狙いの幅はすごく広がりました。さらにピントをマニュアルで合わせなくていいことで、他のことにも労力をさけるようになりましたね。昔はピントを合わせることにほとんどのエネルギーを使っていて、フォトグラファーの評価も「あの人はピントがいい」というように、それ自体を評価するような時代がありました。ある意味、昔は上手いフォトグラファーとそうでないフォトグラファーの差がはっきりしていましたね。今は機材が進化した分、写真が似てきてしまって、違いを出すことが難しくなった部分があるかもしれません。

―普段使用されている機材について教えてください。

EF400mm F2.8L IS II USM、EF70-200mm F2.8L IS III USM、EF24-70mm F2.8L II USM。それにEF16-35mm F4L IS USMは持ったり持たなかったり。基本はこの組み合わせが背負えるワンパックに入っていて、さらに現場に応じて+αで持って行くようにしています。

―一般の方がスポーツ写真を撮影する際のコツはありますか。

スポーツ写真ということで固く考えすぎているところがあるのかな、と思います。もちろんアクションを撮ることもスポーツ写真の醍醐味なんですが、自分の場合は表情を撮ることが好きですし、スポーツ写真といっても人物写真なので、あまりこう撮らなきゃというのに縛られない方がいいのかな、と思ったりもします。

スポーツの撮影で望遠レンズを持っていると、すごい武器を持てたみたいな気持ちにもなれるんですが、もう少し俯瞰でものを見てみるのもいいんじゃないかと思うんです。トップアスリートを狙うだけじゃなく、自分の身近なアスリートをちょっと追いかけて見るとか、人として追いかけてみるとか、そういう幅で考えると見方も変わるし、より楽しいのかなという気がします。

例えば、マラソン大会で周囲の雑感だけを撮りまくるとか、そういう撮り方だって広い意味ではスポーツ写真に入るんじゃないかと思います。例えば、市川崑監督の東京1964オリンピックの記録映画を見てみると、開会式の会場の隅で飽きて泣いてしまってる子どもの姿を撮っていたりするんです。ああいう視点っていうのはすごいなぁと感じますね。

―今後、機材が進化することでどのようなことが起こると思いますか。

写真に関して誰もが「特別なもの」を求めているというニーズは昔から変わらないと思うので、他とは違う、特別なものを提供できるフォトグラファーでいたい、というところは変わりません。ただ、技術の進化でそれが見えにくくなっているなというのは感じています。なので、誰を撮るか、どこで撮るかということがより大切になってくるのかなと思います。

東京2020オリンピックが自国で開催されるというのは、奇跡みたいなこと

―東京2020オリンピックでは様々な競技を撮影する機会があるかと思いますが、体操に関してはどのようなことを期待しますか。

シュツットガルトの世界大会では、故障のためにベテラン選手が出場できない状況で、萱選手ら若手の選手が頑張っていたのが印象的でした。個人的な理想としては、東京2020オリンピックではベテラン選手と若手選手の相乗効果で+αが生まれるようなチームになればいいなと思っています。

これは体操だけでなく全競技に言えることなんですが、選手たちは、自分が現役である程度、脂がのりきっているときに、自国開催のオリンピックを迎えられることの貴重さというものを、ものすごく感じていると思います。僕たちは簡単に自国開催のオリンピックと言いますが、そこに懸ける思いの強さは僕らでは計り知れないものがあると思うんです。そういうところも考えるとやはり改めて、選手には満足のいく結果を出して欲しいなと思いますよね。

自分自身も、フォトグラファーとして食いながらえているところでオリンピックが自国で開催されるというのは、奇跡みたいなことだと感じています。

藤田孝夫(ふじた・たかお)

1964年、香川県生まれ。「フォート・キシモト」の エグゼクティブスーパーバイザーをつとめる。冬季・夏季オリンピックはカルガリー1988冬季オリンピックから平昌2018冬季オリンピックまで17大会を取材。その他 、アジア大会、FIFAワールドカップ、IAAF世界陸上、FINA世界水泳、FIG世界体操、ISUフィギュア、スピードスケート等の国際大会などオリンピックスポーツを中心として取材活動を行う。

インタビュアー:横田泉