東京2020オリンピック・
パラリンピック&55競技

見どころ紹介

スペシャルインタビュー
室伏広治
元陸上競技ハンマー投選手

東京2020オリンピック・パラリンピックまで、いよいよ1000日を切った。シドニー2000オリンピックからロンドン2012オリンピックまで4大会連続でオリンピックに出場し、陸上ハンマー投で金メダルも獲得した室伏広治さんは現在、東京2020組織委員会のスポーツディレクターとして大会準備に奔走する。世界の頂点を極めたトップアスリートが思い描く東京大会とは? オリンピックの花形といわれる陸上競技の魅力とあわせて存分に語ってもらった。

習得に時間がかかるぶん
奥が深いハンマー投

— ハンマー投を始めたのはいつ頃ですか?

私の場合は父・重信がハンマー投のオリンピアンで、幼い頃からずっと父の練習や試合を間近で見ていたので、陸上競技がとても身近にありました。父が日本記録をマークした瞬間も何回か見ていて、1984年の最後の更新の時もロサンゼルスの競技場で見ていました。当時、私は9歳でした。ちなみに父から初めてハンマーの投げ方を教わったのも9歳で、その14年後に父の日本記録を破ったのですが、そんな日が来るなんて、当時は夢にも思いませんでした。競技として本格的にハンマー投を始めたのは高校1年生です。

— ハンマー投の魅力はどんなところでしょう?

ハンマーをどれだけ遠くへ投げられるかという単純なスポーツですけれども、直径2.135メートルのハンマーサークルから角度34.92度の枠の中に、重さ7.26キロ(女子は4キロ)のハンマーを落とすというのは、実はとても難しい。競技によっては10代の若い選手が活躍し、世界大会でメダルを取るケースが増えていますが、ハンマー投は体づくりも技術の習得にも時間がかかるので、絶対と言っていいくらい10代でメダルは取れないと思います。つまり、それだけ奥が深く研鑽のしがいがあるということ。そこが魅力だと思います。

年齢との戦いに打ち勝つ工夫

— シドニー2000オリンピックから4大会連続でオリンピックに出場されましたが、どの大会が一番印象に残っていますか?

どれも印象深いですけれども、アテネ2004オリンピックで取った金メダルとロンドン2012オリンピックで取った銅メダルでは年齢が8歳も違うこともあって、チャレンジの仕方というか、アプローチがずいぶん違いました。その両方を味わえたというのはアスリートとして、とても良かったと思います。アテネ2004大会の時はちょうど30歳になる年で、体力的にすごく充実している一方、メンタルの持っていき方が課題の一つでした。逆にロンドン2012大会は38歳を目前に体力は衰えてきているし、コンディションは調子のいい時ばかりじゃない、むしろ調子のいい時は少なくなっている中でどうしていくか。この頃は一年の中で、「この大会だけは若い選手に負けないようピークを合わせよう」という考え方でコンディションを整えていました。

(写真:ベースボール・マガジン社)

— 独自のトレーニング法もいろいろ編み出しましたね。

年齢がいけば若い時と同じトレーニングはできませんからね。自分で考えて、自分の年齢に合う方法を見つけていくしかありません。既存のトレーニング法には20代のアスリート向けはあっても、40代のアスリート向けってほとんどないんですよ。そこを無理して若い人と同じトレーニングをすると怪我をしやすいので、いろいろな工夫をしました。特に私が重視して取り入れていたのは、やるたびに違う動きになる、いわゆる反復性のない運動です。例えば、新聞紙を片手で丸めるエクササイズ。くしゃくしゃと新聞紙をたぐり寄せていく動作によって、より多くの筋が総動員され鍛えられる他、新聞紙の状態の変化を手のひらで感じ取ることで神経や感覚も磨かれます。

困難を「乗り越え」記録を
「獲得する」陸上競技の魅力

— 42歳で引退するまで長く競技を続けられた秘訣は何だったのでしょう?

「乗り越えて獲得する」ということを常にしてきたからではないでしょうか。若い時から自分の記録を乗り越えたり、難題を乗り越えたり。長く競技をやっていれば、自分にとって必ずしもいいことばかりではないので、どうやってそれらを乗り越えて手に入れたい記録を獲得するか。40歳前後は体力の維持やコンディショニングの難しさを乗り越えなきゃならなかったし。やはり乗り越えずして記録は獲得できないと思うのです。特に陸上競技はそれが顕著で、そこがまた面白さだと私は思います。

— さまざまな困難を「乗り越える」ためのコツはありますか?

偉大な先人たちの工夫が参考になります。例えば、エミール・ザトペックはチェコスロバキア(現在のチェコ)の陸上選手で、ヘルシンキ1952オリンピックでは、なんと5000メートルと10000メートル、マラソンで金メダルを取りました。彼は冬の間は雪が降って外で走れないので、風呂場で洗濯物を足で踏んで脚力を鍛えていたといいます。またもう一人、米国のハンマー投の選手でハロルド・コノリーといって、もうお亡くなりになりましたけれども、彼の左腕は小児麻痺で右腕よりも8センチほど短かったんですね。それにもかかわらず、不屈の努力と工夫でメルボルン1956オリンピックにおいて金メダルを取りました。私は彼の影響をものすごく受けています。

— どうやって、あの重いハンマーを投げたのですか?

不思議でしょう? 彼の右腕は短い上に細いので、8歳になるまでは何十回と骨折していて、ずっとギブスをはめていたらしいんですが、ハンマー投は両手をバランスよく使うからリハビリにいいと言って、ハンマー投を始めたそうです。トレーニングでバーベルを上げる時などは、短い左腕にタオルを巻き、右腕の長さと同じになるよう調節したりして。体に障害があってもそうやって工夫しながら練習を積み、オリンピックで金メダルを取るなんて、普通に考えたら出来ないと思いますよ。何かを乗り越えていく人間の力強さって、すごいと感心します。アスリートには筋骨の強さも必要だけれど、精神力の強さというのを彼から学びました。

オリンピックは大きな節目であり特別な大会

— オリンピックとその他の世界大会とでは何が違うと感じますか?

それはやはり4年に1回の注目度や、そこにピークを持っていく難しさでしょう。4年間コツコツと練習を積んできて、ほんの一瞬で勝負が決まってしまうのですから。それで全てが評価される、とてもシビアな世界です。アスリートにとってオリンピックは大きな大きな節目であり特別なものです。

— 競技以外の面ではいかがでしょう?

オリンピックでは17日間にわたって複数の競技が並行して行われますから、競技の枠を超えた国際交流が盛んになります。選手村などでいろいろな国や地域の選手と触れ合うのは楽しいものです。国際交流はアスリートだけでなく、一般の皆さんの身近でも機会が生まれると思います。例えば、大会前に全国各地で行われる出場国・地域の事前キャンプがそれです。キャンプ地では世界中のトップアスリートが練習する姿を見られるかもしれませんし、地元住民や子どもたちとの触れ合いの機会もあるはずです。これは他の国際大会にはない、オリンピック・パラリンピックならではの魅力と言えるでしょう。

アスリートにフォーカスした最高の舞台を提供する

— 室伏さんご自身、東京2020大会で注目している競技や種目はありますか?

東京2020大会で採用が決まった新しい「競技・種目」に注目しています。中でも若い人たちが日常的に親しんでいるサーフィン、スポーツクライミング、スケートボード、あとは既存のバスケットボールに追加された3人制の「3×3」など、「これがオリンピックで見られるのか!」という競技が入ってくるのは、いろいろな世代の人たちが関わるインクルージョン・ソサエティの観点から、とてもいいと思います。

— 東京2020大会の目指す姿を教えてください。

子どもの頃は父の応援のためにオリンピックへ行き、自分がアスリートになってからはオリンピックに出場して、さらに現役引退後はこうして大会準備をする側になりました。これらの経験を踏まえ私が重視するのは、やはりアスリート・ファーストの視点。アスリートにフォーカスし、彼らが一生に1回になるかもしれないひのき舞台で最高のパフォーマンスを発揮できるよう、しっかりとした競技エリアを確保する責任の大きさを痛感しています。また、選手を応援する皆さんには選手たちの活躍を見て、「自分も頑張ろう」とか「自分にもできる」など奮い立つ人が必ずいるはずなので、それを頭ではなく肌で感じてほしい。そして、その感動が皆さんの人生を切り開く素晴らしい体験になってほしいと思います。

(写真:ベースボール・マガジン社)

(取材・文=高樹ミナ)