東京2020オリンピック・
パラリンピック&55競技

見どころ紹介

スペシャルインタビュー
加納慎太郎

剣道の推薦で高校入学もバイク事故に遭い、青春時代を病院で過ごすことに。暗く長いリハビリ生活だったが、2013年に一筋の光が。パラリンピックの開催が東京で決まり、頭の中は「挑戦したい」の一心だった。逆境を乗り越え、表彰台を目指す加納選手の挑戦が始まる。

―フェンシングと出会ったきっかけは何だったのですか?

教師をしていた父が剣道の先生だったので、小学校2年生から父の友人の道場へ通っていました。家に「タイガー・モリと呼ばれた男」という漫画があり、その主人公が剣道とフェンシングの二刀流だったので、子供の頃から漠然と、剣道だけでなく「フェンシングもカッコいいな」と思っていました。

―実際に車いすフェンシングを始めたのはいつからですか?

高校も剣道の推薦で入学したのですが、もともと好奇心が強く、自分の行く道を模索していた16歳の時にバイクの事故でケガをしました。16歳から18歳までの青春時代を病院で過ごすことになり、友人の高校生活を病室で見るだけ。とてもうらやましかったし、悲しかったのですが、いつか自分もよくなったら目標を見つけて達成したいという気持ちが強くなりました。リハビリも兼ねて剣道を始めたのですが、昔の感覚とは違うし義足をつけても裸足の時と同じようには踏み込めない。自分の左脚について考え、追及するうち、義足についても学びたいと思い、義肢装具学校に通い始めました。そこでつくった義足をつけ、陸上競技の大会に出場した時、今まで味わったことがないスピード感や風がとても心地よかった。懐かしく、新しい風のように感じました。ちょうどその頃、2013年にパラリンピックの開催が東京に決まり、僕も可能性があるなら携わりたい、挑戦してみたいと思いました。すでに20代半ばでしたし、7年後に大会がある。普通に考えれば難しいかもしれないと思いましたが、それ以上に「挑戦したい」という意欲が勝った。剣道と同じように剣を使うフェンシングを見て「これだ、これがやりたい」と思い、日本車いすフェンシング協会に電話をして、実際に競技を見に行きました。

―フェンシングと剣道に共通点はありましたか?

剣道は両手ですが、フェンシングは片手で車いすに乗っているので足を使えません。最初はやりづらさしか感じませんでした。僕がいた九州には車いすフェンサーも、指導者もいませんし、いわゆる野球やサッカーのようにトレーニングや食事も含めた教科書のようなお手本はありません。始めの頃は無駄なこと、間違ったことをしたくなかったので、ベーシックなトレーニングを分割して行い、積み上げていくスタイルをとりました。可動域を広げるためにはこのトレーニングがいいだろう、筋力を高めるにはこのトレーニングをしよう、と別々の作業をして、それをくっつけて競技に活かす、という作業です。最近になってようやく海外のコーチや選手と話す機会も増え、車いすフェンシングにも教科書はあり、練習の中で必要な筋肉をつけることができることも理解しました。ただ、わからないことばかりの頃はストレスもありましたが、これはこうなんじゃないか、と模索する過程も楽しかったですね。

―車いすフェンシングの魅力、楽しさは何ですか?

緊迫した空気感で繰り広げられる相手との駆け引き、読み合いです。前のポイントをどう取ったか、取られたかを考えながら戦う。しかもその読み合いを剣と剣がまじり合う、腕を伸ばせば届く距離感で瞬時に考え、相手の裏をかく。戦略的、心理的な要素を含め相手に揺さぶりをかける、その攻防は魅力だと思いますし、実際に競技をやっていても面白いですね。わかりやすく言うと、野球でピッチャーがストレートを2、3球投げた後にフォークを投げるのと同じで、このラインに来ると思っていたらスッと落とされる。そんなシーンがフェンシングにも存在します。限られた空間の中で無限にある選択肢から何をチョイスして、どう勝って行くか。その駆け引きがとても魅力的ですし、一度体験していただくとわかりやすいと思うので、機会があればぜひ車いすフェンシングを体験してほしいです。

(C)JWFA/清水一二

―加納選手は講演や体験会など普及活動にも積極的に携わられていますが、実際の反応はいかがですか?

子供はガチンコで勝ちに来るので面白いですよ。もちろん僕もガチンコで行きます。周りからは「大人げない」と言われますが、手加減は抜きで(笑)。子供も勝ちたいでしょうが、僕も勝ちたい。近い距離で剣を振り回して来たり、予想もできない動きをするのでとても楽しいですし、全力で来る相手に全力で応える。それが面白いですね。

―車いすフェンシングの種目を教えてください。

フェンシングと同じでフルーレ、エペ、サーブルの3種目です。フルーレとエペは突くとポイントになるので、剣の先がボタンになっていて、そのボタンが反応すると電気コードを介して審判機の緑と青、ポイントを取ったほうが光ります。サーブルは突くのではなく、斬る。フランス発祥のエペ、フルーレとは異なり、サーブルはハンガリーの騎馬民族が発祥で、馬上から斬ったのがルーツなので、当たればポイントになります。フルーレとサーブルには「攻撃権」があり、みなさんその言葉に身を引いてしまうのですが、意外と簡単で、攻撃権は先に攻撃を仕掛ける人に与えられます。ですから相手はその攻撃を防ぐ。そうすれば、防いだ方に攻撃権が移り、また防げば移行する。何もせず退いたり止まったりしない限りそのやり取りが繰り返され、同時に突いたら両者にポイントが入るエペと異なり、フルーレとサーブルは同時に突いた場合は攻撃権を持っている人が勝ち、という競技です。短時間で激しい攻防が繰り返され、時には近くで見ている審判ですらわからない速さなので、ビデオ判定も取り入れられています。

(C)JWFA/清水一二

―加納選手の武器、ストロングポイントは何ですか?

出入りとスピード、戦略性は負けてはいけないところであり、そこでしか勝てないと思っています。僕はリーチや筋量では外国人選手に勝てないので、やることはシンプル。ここしか勝つところがないから、そこを磨くというイメージです。バスケットボールの選手ならばドリブルやパス回し、シュートの精度を上げることと同じで、ポイントを取る精度とスピードが海外で僕が勝つための命綱だと思っています。小さくても勝てるというのを見せたいですし、リーチで劣っていてもそれを埋められるものが自分にはある、と信じています。

―東京2020に向けて、どんなイメージを描いていますか?

一発勝負のフェンシングは誰が優勝してもおかしくない大会だと思いますし、まずは「この中なら誰が勝つかわからない」というレベルまで自分を高めたい。誰が出てもいいけれど日本では加納が強いから、というレベルではなく、加納なら世界で戦える、加納が出ると世界を相手にしても何が起こるかわからない、と期待してもらえるような、その勝負まで持って行けるような選手になりたいですし、そうならないと面白くない。もちろん、自分が金メダルを獲るシーンを想像するのが一番なので、それはいつも想像しています。以前、オリンピック発祥の地であるアテネのオリンピックスタジアムで、コーチから「表彰台の1位のところに立ってみろ」と言われた時は、鳥肌が立ちました。それ以来、自分がその場所に立つイメージを持って、応援してくれた人たちと「よかったね」と感動に包まれるような景色を想像していますし、今はそのために全力で厳しい練習にも取り組む。挑戦の日々です。

―車いすフェンシングのトップ選手として、これから目指す未来や積極的に取り組みたい活動も含め、競技のどんなところを見て、知ってほしいですか?

車いすフェンシングは健常者でも座ってできる競技なので、車いすフェンシングという1つの競技として普及できればと思います。東京2020ではいろいろな競技、選手が注目されるでしょうし、それぞれ見たいものを見ていただければと思いますが、やはり僕としては車いすフェンシングに注目してほしい。それぞれに背景がある中、奇跡を起こす人間がいる。もちろん僕はそれが自分だと思っているので、自分が奇跡を起こしたい。まさかあいつが、というところから這い上がりたいと思っていますし、そうなることを誰より、僕自身が期待しています。

インタビュアー:田中夕子