東京2020オリンピック・
パラリンピック&55競技

見どころ紹介

スペシャルインタビュー
羽根田卓也

パドル1本で激流と対峙する、カナディアンカヌースラローム競技。3大会連続でオリンピック出場を果たし、リオ2016では日本人初の銅メダルを獲得した羽根田卓也選手は「一生記憶に残る経験」と振り返る。世界レベルへと導いたスロバキアでの生活やカヌー競技の見どころ、そして自身が「競技人生の集大成」と表す東京2020へ向けた思いを語ってもらった。

―カヌーとの出会いと、競技の魅力について教えてください。

3兄弟の真ん中で、父親が元カヌースラローム選手ということもあって、何かスポーツをやっていることが当たり前の環境で育ちました。僕は器械体操を7歳から3年間弟と一緒にやっていましたが、体操をやめた後は自然に父親と兄と一緒にカヌーをやるようになりました。
父親には、物心つく頃から川遊びの延長でカヌーに乗せられていたので、いきなり始めたわけではありませんが、競技として取り組むようになったのは10歳からです。
室内競技とは違って、自然の中でやる開放感もあって楽しいスポーツだなという印象がありました。また激流を乗りこなした時の気持ちよさ、タイムを縮められた時の達成感などでしょうか。
でも最初の5年ぐらいは怖さもありました。レベルが上がるごとに流れの激しい大会も増えてきて、練習でも同じような急流に連れていかれました。転覆も多く、何度もやめようと思ったこともあります。

―どのようにして恐怖を克服しました?

とにかくチャレンジですね。怖さや辛さを克服できた時こそ、その競技の面白さに気づくことができるので、一通り激流を乗りこなせるようになったら、もっとカヌーが好きになりました。諦めることなく取り組めたのも、今思えば器械体操で培った身体能力がカヌーに生きたのではないかと思っています。

―上を目指すきっかけとなった大会はありますか?

高校3年生の時のジュニアの世界大会です。その時は思うような結果は残せず悔しい思いをしたのですが、同時に世界を相手に戦える手応えも得ることができました。それを機に卒業後はスロバキアに渡ることを決意しました。高校3年時には日本選手権で優勝はしていましたが、目標はすでに世界に置いていたので、海外に出ることは自然な流れだったのかもしれません。

トップ選手が集まる環境で手にした適応力。そして味わった実力差。

―スロバキアを選んだ理由と現地での生活について教えてください。

当時はこのまま日本にいてはダメだという気持ちが強かったので、とにかくヨーロッパの強豪国のどこかに行こうという思いがありました。その中でもスロバキアは自分の憧れのミハル・マルティカン選手の母国ということもあり、同じ練習環境を手にしたいという思いでスロバキアでの大学進学を決めました。
大会や合宿等でヨーロッパに滞在することはあったのですが、生活拠点としては初めてでした。
現地のカヌークラブチームに所属したのですが、周りに日本人はおらず、言葉も最初は分からなかったので、しばらくは寂しい思いもしました。
でもスロバキアには日本にはなかった人工のスラロームコースが完備されていて、その歴史も長い。練習環境としては申し分なかったですね。世界中の選手が合宿に来ていました。
一方で、生活は快適とは言えませんでした。食文化も全く異なりますし、娯楽も少なく、国民性もどこか閉鎖的なところがあって、大学でも苦労しました。しかし、お陰で自ら問題を解決する力が付きましたし、その分、語学も上達しました。また大学院では自分の競技をテーマにした論文を書いたので、色んなことをフィードバックできました。そういった環境に適応できた経験からも精神的にタフになった気がします。

―オリンピックを意識するようになったのはいつ頃からですか?

高校を卒業してからでしょうか。高校2年の時に、アテネ2004があって、それに絡む選考会にも出場したのですが、正直、出場できる実感が全くありませんでした。でもこの経験があったから「よし!4年後だ」という意識が芽生えて、北京2008に照準を合わせて動き始めました。
それでも北京2008では出場すること自体が大目標だったので、そこで結果を残すほどの実力は備わっていませんでした。自分にとっては初めてのオリンピックで、独特な雰囲気はありましたね。選手村も含めて他の大会とは全く違う空気がありました。カヌーの世界大会だと、カヌー界だけの身内的な感覚がありますが、オリンピックだと他の競技もありますし、マスメディアも含めた全世界からの注目度が全然違いますよね。そこで成績を残せば人生も変わることもあるので、やはりオリンピックは特別な場所だと感じました。

―どのようにして世界のトップとの差を埋めようとしていましたか?

そこは日々のトレーニングの一言に尽きますね。スロバキアで、憧れのマルティカン選手を始めとしたトップ選手と間近で練習をできたことが成績にもつながったと言えます。今の自分と彼らにどれだけの実力差があるかを常日頃から見せつけられていたことが、日々のモチベーションにもなっていましたし、スロバキアに行っていなければ今の自分はなかったと思います。

人生初の「カタルシス」を感じたリオ2016

―リオ2016では、カヌー競技日本人初の銅メダルを獲得されました。その時の気持ちは?

今でも、その一瞬一瞬をはっきり覚えています。僕がゴールした時点で暫定2位。1位の選手ともだいぶ差がありました。後に5人の選手が控えていて、僕と1位の間に3人ぐらいは入るだろうと予期していました。でも実際は一人が上回っただけで、一人を残して僕は暫定3位。最後の選手とのメダル争いになりました。結局その選手は5位のタイム。4位の選手との差が0コンマ何秒の僅差で、3位銅メダルを獲得することができました。自分の名前が電光掲示板に残ったときは一生忘れられません。これまでの努力が報われた瞬間でしたし、改めて夢は叶うんだなと感じました。
ああいう経験をカタルシスと言うのでしょうか。人生の中で一度でも経験できるのは幸せなことです。帰国後、カヌーの認知度が大会前よりも大きくなっているのに驚きました。さすが世界のスポーツの祭典だけあるなと感じました。

Rio 2016
写真:ロイター/アフロ

―カヌースラローム観戦の楽しみ方を教えてください。

カヌースラロームは人工で作り出される激流のコース(250m~400m)に設置されたゲート(18個~25個)を順番に通過し、そのタイムを競うスポーツです。僕の出場するカナディアンシングル(C-1)では、カヌーに正座をした状態で激流をコントロールしながら、船体を安定させてコースを攻めます。
これほどスリリングでダイナミックな競技は他に無いぐらい、素晴らしいスポーツだと言えますね。一見すると力を使って激流に逆らう荒々しいイメージがありますが、あれだけの水の流れを読んで、船体を安定させるのは高い技術力が求められます。ゲートをセンチ、ミリ単位で攻めていく繊細さが必要です。
人工で波を作り出していますが、障害物にぶつかってできる波にも周期があって、必ずしも同じコンディションではありません。約100秒間の競技時間の間に、周期次第では選手に有利、不利が生じます。有利な波ではタイムを縮めることができ、不利な波では極力タイムロスを少なくするようリカバリーに徹する。いわば、スタートからゴールまでの間でベストの選択をしつづけた選手が勝つ競技です。言い方を変えれば、前半でロスをしても、後半で取り返すこともできるし、終盤まで順調でも、最後の最後に転覆する可能性もあるので、息が抜けないスリルがあります。そういった状況に選手は臨機応変に対応していくので、それらを知った上で観てもらえれば、より競技を楽しめると思います。

Rio 2016
写真:AFP/アフロ

―都立葛西臨海公園の隣接地には、本番の会場となるカヌースラロームセンターが完成しました。テストにも参加されたようですね。

オリンピックにふさわしい競技施設が出来上がりましたね。都心からのアクセス、設備など色んな面で世界一の施設だと言えます。初めてのコースなので、練習を重ねないと水のフィーリングが掴めないですが、これから限られた練習期間で水との呼吸を自分の物にできたらと思っています。

4年に一度ではなく、“一生に一度”

―羽根田選手にとって東京2020とは?

自分の集大成となる大会であり、4年に一度ではなくて、一生に一度の大舞台という感覚です。東京2020が決まったのが2013年で、そこからは僕だけでなく皆の夢になりました。
一言で言うと特別なオリンピックですね。リオ2016でこれだけカヌー競技のことを知ってもらえて、注目もしてもらっているので、東京2020で結果を出すという思いがさらに強くなりました。
正直、リオ2016ではメダルは取れても自分で納得のいかない部分が沢山あったので、それを踏まえての3年間でもありました。当然、銅メダル以下の目標を掲げることはできません。
自国開催のプレッシャーはありますが、逆に乗り越えることで自分の力になると思っているので、そういう重圧も楽しんでいければと思います。
自分の場合は色んな方々の支えがあってここまで来られたので、そういった方々に結果という形で恩返しができるようにしたいです。

Rio 2016
写真:ロイター/アフロ

―東京2020を契機にカヌー競技に期待することはありますか?

沢山の方々に競技を観て、知ってもらうのはもちろんですが、大会後も競技施設がスポーツレガシー(遺産)として残って、誰しもが気軽にカヌーに触れる場になってくれたら、より裾野も広がるのではないかと期待しています。カヌー競技と言っても、スラローム以外にも、スプリントやフリースタイルなど様々な種目があり、それぞれの魅力や醍醐味があります。そのきっかけの一つとして、自分のレースが入り口になってくれたら嬉しいです。

―応援している方へメッセージをお願いします。

リオ2016をきっかけに沢山の人にカヌーを知ってもらい、今ではSNSの力もあって、これまでの大会では考えられなかった人数のお客さんが全国から来てくださるようになりました。自分にとっても、カヌー界にとっても大きな力です。応援してもらった皆さんにオリンピックという最高の舞台で、最高の結果で恩返しができるように頑張ります。

インタビュアー:小笠原大介