PHOTOGRAPHER INTERVIEW

画像:フォトグラファーインタビュー

INTERVIEW05 長尾亜紀

非日常の感情の爆発を拾う

長尾亜紀氏のベストショット
1/1000sec F4.0 ISO5000 ©JRFU,2015
撮影機材

EOS-1D X, EF400mm F2.8L IS II USM +1.4x III

2015年イングランド大会の日本代表の最終戦、アメリカ戦の試合終了後の一枚です。みんな複雑な表情でした。日本ラグビーをけん引してきた田中史朗選手は最初、ずっと泣いていました。個人的にこの大会のMVPを挙げるとしたらトンプソン・ルーク選手です。そのトンプソン選手が田中選手を慰めていた。ふたりが肩を組んで、こちらに歩いてきていました。いろいろな感情が渦巻いている瞬間なのだろうなと思いました。

PROFILE

長尾亜紀(ながお・あき)

長尾亜紀

1973年愛媛県生まれ。グラフィックデザイナーとして広告制作会社で勤務していた頃、ラグビーの魅力に取り憑かれスポーツフォトグラファーに転身。以降フリーランスとして、ラグビーを中心にスポーツ全般の撮影を行っている。ラグビーワールドカップは2003年オーストラリア大会より継続して取材中。

写真とラグビーとの出会いに感謝している。脱サラして17年。人の「縁」と時の「運」に恵まれ、長尾亜紀さんはキヤノンのカメラ機材を担いでグラウンドを動き回る。選手の感情の変化が表情に出る瞬間、ついシャッターを切るそうだ。

謙虚で、真面目な女性フォトグラファー。身長161cmの立ち姿は背筋が伸びて、いつもカッコいい。晩夏のインタビューの際、銀色の小さなペンダントが胸元で光っていた。「これですか。仕事のときは付けません。気になるから」と気恥ずかしそうに説明してくれた。

なぜ、脱サラしてフォトグラファーに。

「制作会社でグラフィックデザインの仕事をしていました。6年目の頃、私ってデザイナーに向いているのかなともやもやしていました。その時、ラグビー好きの妹に試合に連れていってもらったんです。たしか場所が秩父宮ラグビー場、日本選手権の1回戦でトヨタ自動車と関東学院大学の試合でした。それまで人が激しくぶつかるところなんて見たことがないし、すごく足の速い人もいて、その臨場感に驚いたのです」

その後、ひとりでラグビー場にいくようになったのですね。そして退社を決意。なぜフォトグラファーになったのですか。

「サントリーがウェールズに勝った試合(2001年6月)に感動して、サントリーを撮りたいなと思いました。6月に会社を辞めて、退職金でカメラ機材を買おうとは決めていました。当時勤めていた会社の同僚のつてでサントリーの人に紹介してもらい、その年の秋、サントリーのグラウンドに通い始めました」

最初、どのようなカメラを購入したのですか。

「いくつもお店を回って決めました。持ち替えた時、一番手にしっくりくるのがキヤノンだった。スポーツ写真は素人でしたが、とりあえず長い400mmレンズとボディだろうと思いました。レンズは、今使っているもの(EF400mm F2.8L IS II USM)の2世代古いモデルでした。ピントの精度と速さが想像以上に良かったです。そしてボディもレンズも、キヤノンは女性でも持ちやすいと思いました。適度な重みで感触も良いですね」

フォトグラファーにとって機材はどんな存在ですか。

「相棒です。最初に買ったレンズを手放す時は寂しかったですね。11年使いました。最も長い時間を一緒に過ごしたサントリーのグラウンドの隅っこに置いてレンズの写真を撮りました。愛着はやっぱり、レンズの方があります」

長尾亜紀

サントリーの練習に行き始めて、どうでしたか。

「最初はド素人だったので、こそこそ撮る感じでした。とにかく練習の邪魔にならないよう、黒い服を着て木陰から撮影していました。でも黒い服を着ていてもレンズは白いから目立っていたみたいです」

面白かったですか。

「それはもう。すべてが新鮮でした。練習ではこんなに走り込みをするのだなって。写真としても面白いものが撮れるし、撮る時の楽しさもありました。例えば、冬場のスクラムの湯気が出ているシーンとか。体格のある選手が幾度もぶつかりあって、それはすごい迫力でしたね。写真の現像場のアルバイトをしながら、できるだけ練習や試合に行きました。とにかく撮るしかない。撮り方もよくわからないけど、撮らないとうまくならないと思っていました」

ラグビーの魅力は。

「ラグビーというスポーツがわかってくると、こんなに体格差がある選手がひとつのグラウンドでそれぞれの役割を持ってプレーしていることに魅力を感じました。どんな体型でも、どんな特技でも、それを生かせるポジションがある。ほんと、いろいろな人ができるスポーツだなと」

撮影する時に意識していることは何ですか。

「体格差が面白いと思いつつも、つい表情に目がいってしまいます。だから、トライを決めたあとでも、結構しつこく選手を追いかけています。どこかで気持ちが表情に出ないかなと。時には、普段の日常生活ではなかなか見られない感情が爆発的に出る瞬間もあります。ワールドカップで勝った瞬間や、五郎丸選手のトライの後など。それまでの努力や時間、犠牲にしてきたもの、いろいろなものが詰まっている表情をできるだけ拾いたいなって思っています」

失敗の経験はありますか。

「試合では、気持ちが選手にあまり寄りすぎると冷静に撮れないことがあります。プロとして恥ずかしいのですが、サントリーの小野澤選手がトップリーグ史上初の100トライをマークした時(2012年10月)、カッコいい絵を撮ろうとし過ぎて、レンズを持ち変えるタイミングを完全に間違えてしまいました。写真としては残っているのですが、ピントが若干甘いです。小野澤選手に対し、早く記録を達成して、100トライのプレッシャーから解放されてもらいたいという気持ちが強すぎました」

ところでラグビーワールドカップは2003年オーストラリア大会から、2007年、2011年、2015年大会と取材されています。

「スポーツフォトグラファーの大先輩が世界最高峰の大会は見ておいたほうがいいとアドバイスをくれました。旅費は自腹です。最初は武者修行みたいなものでした。大きな会場にたくさんのお客さんが入っていて、ラグビーがすごい盛り上がりの中で行われていることを知りました。実は2003年オーストラリア大会の決勝(イングランド×オーストラリア)も大失敗して…。最後のウィルキンソン選手の決勝ドロップゴールを撮り逃したのです。当時のカメラはフィルム。大歓声でフィルムが巻かれている音が聞こえず、シャッターを押せなかったのです。カメラにはカウンターが出るのですが、それさえも見えてなかった。泣きそうになりました。私、何をしにオーストラリアまで来たんだろうって。でも帰りの電車で歓喜のイングランドファンと一緒になって、その様子を撮っていたら、楽しくなりましたけど」

ラグビーワールドカップの魅力は。

「どの大会、どの試合でも、会場の雰囲気がいいですね。心からこの日を楽しんでいるなというのがいろいろな人から伝わってきます。プログラムを売っているお姉さん、交通整理しているおじさんからも。つまらなそうにしている人がひとりもいなかった。そんな雰囲気を日本で味わえたら最高ですね」

最後に夢は。

「日本のワールドカップで人生のベストショットを撮ることです。あっ、これは夢ではなく、目標ですね」

インタビュアー:松瀬 学