インタビュー - Interviews -

エリザベート・トゥルシンバエワ選手
インタビュー

シニア女子初の4回転成功で銀メダル
「デニスの支えを胸に、五輪を目指します」

文・野口美恵(スポーツライター)

シニア女子初となる4回転サルコウを成功させ、カザフスタン女子初の銀メダルに輝いたエリザベート・トゥルシンバエワ。19歳で訪れた大飛躍のシーズンを振り返った。

ジュニア女子に刺激され4回転挑戦
「次は4回転トウループとトリプルアクセル」
写真

まずは世界選手権の銀メダル、そして4回転サルコウ成功、おめでとうございます。

本当に嬉しいという言葉しか見つかりません。4回転サルコウを試合で降りたなんて、未だに信じられません。朝の練習で調子が良く、その自信を持っていけたと思います。そしてカザフスタン女子にとって初めてのメダルまでいただいて、想定外の喜びです。四大陸選手権でも、ユニバーシアードでもなく、この世界選手権という日本の大観衆の前で成功したことが本当に嬉しいです。

フリーの冒頭で、素晴らしい4回転サルコウでした。

フリーの演技前はとても緊張していました。そしてなぜかちょっと悲しい気持ちになりました。どうしてかはわかりません。デニス・テンが私の心の中にいてサポートしてくれていましたし、母はどんな試合でも客席から見守ってくれていました。たくさんの人に支えられて、こうやって試合を迎えられることが幸せで、だからこそなんだか切なくて悲しい気持ちになったんです。不思議ですよね。

4回転はいつから練習していたのでしょう?

3年前、カナダのブライアン・オーサーのもとにいた頃から試していました。一番好きなジャンプが3回転サルコウだったので、4回転もやってみよう、と。当時は回転不足で片足で降りる、というところまで練習していました。今季からロシアに戻りましたが、同じチームのジュニアの子たちがいつも4回転を練習しているのを目の前で見ていて、私も練習を再開しました。それを見たコーチが、「跳べるなら試合で入れてみたら」と言ったので、入れることにしたんです。

4回転はどれくらい練習したのでしょう?

どれくらいというと説明が難しいですが、毎回のセッションで5〜8回くらいは跳びます。だからそれを毎日、数時間、ずっと繰り返してきました。世界選手権の会場に来てからも、どの練習でも5回以上は跳んで、1回は降りていました。試合としては四大陸が初めての挑戦で、ここでは3回目でした。

写真

同じチームのジュニア選手たちが4回転を何種類も降りていますね。

彼女たちは素晴らしいです。女子も4回転をするのが当たり前になってきていることを、日々の練習で感じています。フィギュアスケートの大きな進化を目撃し、体験しています。ジュニアの子たちは4回転ルッツまで跳んでいますが、私の選択肢にはないです。私は4回転トウループ、そしてトリプルアクセルを次に練習しようと思っています。

4回転を降りている女子はジュニアばかりでシニアとしては初成功です。小柄なほうがジャンプを跳びやすいと思いますが、そのための体重管理なども難しいですか?

もちろん小柄であれば、ジャンプを降りた時の負荷も少ないと思います。ただ体重管理は個人の体質によって大きく変わります。私も母も、何でもたくさん食べますが、小柄なので遺伝だと思います。日本に来ると、最初におにぎりを食べますよ。ツナマヨとか鮭とか、何でも美味しいです。体質の面では恵まれていると思います。

練習したことがあるのは4回転サルコウだけですか?

2013年にカナダに行ってから、まずトリプルアクセルの練習を毎年夏のオフの間にしていました。でもトリプルアクセルよりも4回転のほうの感触が良かったので、4回転をメインで練習するようになりました。2年前の夏は4回転トウループを降りることもありましたが、試合では跳ばないので練習を辞めていました。今は4回転トウループの練習も再開していますし、トリプルアクセルも重要なので今度のオフには練習していきたいと思います。

次の五輪では、女子にはどんなジャンプが必要になると思いますか。

私からは何も言えないし想像もつきませんが、いまジュニアの子たちが来季はシニアに上がってきます。北京五輪で4回転を入れようと思っている選手は、すでに何人もいます。私ももっと成功率を上げて、種類も増やせればと思います。

カナダからロシアへ戻り「スケートに集中」
2つの名門チームを渡り、19歳で開花
写真

今季からロシアのエテリ・トュトベリーゼコーチのもとに戻りましたね。

私はカザフスタン国籍ですが、モスクワで生まれてエテリ・トゥトベリーゼのチームでスケートを習っていました。でもソチ五輪を前に、カザフスタンの代表を続けるにはエテリのチームにいることが難しくなったので、2013年からトロントのブライアン・オーサーコーチのところに行き、5年ほど過ごしました。今は国籍の問題が解決したのでモスクワに戻ったんです。

今季は、急に大人びて自信がついたように見えます。

私もそう思っています。やはり生まれ故郷のモスクワに戻ったことで、生活環境が安定したことも、心の安定に繋がっていると思います。ブライアンのトレーニングももちろん素晴らしかったのですが、私はエトリのチームの練習が本当に好きで、自分らしく練習できていると感じています。

2つのチームは、どちらもメダリストを輩出する名門です。入りたくても入れない人がたくさんいる中で、2つのチームを経験できたというのは素晴らしいことですね。

私はとてもラッキーでした。2013年に行き場所に悩んだ時に、世界でもベストなコーチの1人であるブライアン・オーサーのもとに移ることができました。たくさんの経験をカナダで積んだと思います。スケート技術を基礎からやり直し、そして英語を身に付け、日々の生活も素晴らしい場所でした。全てのことに満足していました。でも今、生まれ育ったモスクワに戻ることができて、とても幸せです。やはり幼少期に受けたロシア方式の練習も好きです。

自信の源は、エテリチームの環境が合うということでしょうか。

フィギュアスケーターというのは、多かれ少なかれ似たような生活です。寝て、食べて、練習して、身体のケアをして、一日が終わる。それを1週間繰り返す。でもロシアにいると、それが本当にフィギュアスケートだけに集中する生活です。やることは同じなのですが、本当に気が散らずに、スケートだけをする感じです。

写真

オーサーとトゥトベリーゼコーチの指導法の違いは?

皆さんそれを私に聞いてきます。どちらのチームの指導法も興味あると思いますが、指導する技術や内容は、スケートの練習という点では同じです。むしろそれ以外のことが違うというイメージです。カナダは生活も、勉強も、さまざまなことを伸ばしていこうというスタイルに感じました。無理に練習しすぎて怪我をしないよう、ケアも陸上トレーニングも、そして仲間の練習を見学することも、ちゃんとした食事を摂ることも、チーム全体で動いています。自分のジャンプだけに没頭するというのとは違います。ユヅルやハビエルのようにカナダの練習スタイルが合っていて、そこで才能を開花させる選手もいます。

ではロシアではどんな練習スタイルですか?

エテリのチームでは、高度なジャンプを跳び、試合で良い演技をし、結果を残すことを求めます。すごくハードで、たくさん叱られます。でもそれは正しいこと。エテリはすごく正直で、嘘偽りや社会的な体面とかは気にしません。跳びたいなら練習する、勝ちたいならもっと練習する。そういう真っ直ぐなところが私はすごく好きで、彼女についていきたいと思ったんです。そして生徒がやる気を出せば、彼女はさらに愛情を注いでハードな練習をサポートしてくれます。そういう意味では、すごく練習環境は変わりました。

銀メダルの得点が出たとき、いつもは冷静なエテリが、大喜びしていました。

そうなんです。銀メダルも嬉しいですが、エテリの反応に驚きました。エテリがあんなに感情を爆発させて喜ぶ姿を見て、それで私まで感極まって泣いてしまいました。彼女は一見すると冷静な人ですが、いつも選手のことを熱心に励ましてくれるんです。ロシア代表でなくとも、彼女のチームの一員として愛されていることを実感できました。だから4回転をやってみようと背中を押してくれた、チームの皆さんに本当に感謝しています。もちろん子供の頃からずっと私を支えてくれた母にもありがとうを伝えたいです。

テンの遺志を受け継ぐ新たな存在に
カザフスタン、そして世界のファンのために
写真

デニス・テンの急逝で、とても苦しい気持ちを抱えてのシーズンだったことと思います。

何かを言えるほど時間が経っていませんが、彼を誇りに思い、そして彼がいつも支えてくれていることに変わりはないです。デニスを応援していたファンの方から、私のことも応援してくださるというサポートメッセージをたくさんいただきました。デニスとはいつも一緒にいる気持ちで試合に臨んでいます。彼がカザフスタンに残したものは、本当に大きいです。彼が苦心して設立を働きかけたスケートリンクも完成し、そこにはデニスの名前が付きました。

テンの活躍を受け継ぐかのように、今回、カザフスタン女子は3枠を獲得しました。

嬉しいことです。多くの選手が頑張るチャンスになると思います。私もこの枠を守っていけるよう頑張ります。

写真

オフにはカザフスタンに帰国されるのですか?

シーズン中はずっと忙しかったので、5月にオフをとって、カザフスタンにいる20歳の兄に会いに行きます。彼もフィギュアスケーターでしたが、怪我で引退して、今はカザフスタンでコーチをやっています。私と母はいつも一緒に行動して、カナダに住み、モスクワに移ったので、長い間兄とは離ればなれで生活しているんです。父はロシアで働いているので、家族揃って生活できないことが辛いです。

スケートだけでもモスクワ、カザフスタン、カナダと多くの経験をしてきましたが、バイオリンも本格的に習っていると聞きました。

モスクワにいた頃に、音楽学校を卒業しました。バイオリン科に8年通い、音楽の道に進むことも考えましたが、やはりフィギュアスケートを選びました。ピアノも少し弾けます。本格的に練習する時間はありませんが、自分のリラックスや気分転換のためにバイオリンを弾くことはあります。もちろん音楽を弾く、聴くという面で、フィギュアスケートにも役立っていると思います。スケートをやりながら音楽学校に行くというのは母の考えだったのですが、それは本当に素晴らしい経験で、母に感謝しています。

今後はカザフスタンを背負う存在になりますが、頑張ってほしいです。

ありがとうございます。次の五輪に向けて、もっともっと練習します。世界選手権では、日本のスタッフの皆さん、そしてファンの方には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。最高の思い出ができました。日本は大好きなので、また試合やショーで来日したいと思います。応援よろしくお願いします。

2019年3月、世界選手権にて取材

インタビュー一覧へ
PAGE TOP