1998グランプリ
「柏さん、絶対に写真やめないでね」古いその手紙にはそう書いてあり、私の胸に刺さり続けている。差出人はこの世にもういない。大学の同級生で画家だった石田徹也君だ。ジャンルは違えどコンテスト出身者同士、互いの作品展を行き来し励まし合う友人だった。突然のお別れからずいぶん経つ。――「私さ写真やめちゃったよ。ごめん」手紙の返事も出せぬまま、二十年近くの時が流れた。
1998年。この『極東新世界』という写真集は作られた。極東というテーマは、出身地である千葉県を起点に撮り歩くうち、体感として得たもの。シリーズ三作目にしてこれが最後の応募と決めて挑んだ。A3判・全88頁。鈍器ほど重い。物理的にも心情的にも。長らく閉ざされた表紙を開いてみる。現像液の微かな残り香。あの頃の情熱もその後の苦悩も挫折も後悔も、渦を巻いて襲いかかってくるようだ。そして、石田君のあの言葉が耳の奥でリバーブし始める。――「まだやり直せるかな、写真」そんなこと言ったら彼はどう答えるだろう?「柏さん、返事遅すぎ」って笑ってくれたらいい。何もかも見透かしたようなあの目で。
柏さんの特徴は、東洋の島国の雑然とした日常世界の広がりから、彼女のアンテナに引っかかってくるイメージを正確に、しかも大胆に選択してくる目のつけ所の良さである。結果として、浅草の見世物小屋のようないかがわしい雰囲気が全体に溢れ出してくる。今回はアルバムと1枚写真の組み合わせだったが、内容的にはアルバムが圧倒的におもしろい。カラーとモノクロの取り合わせ、イメージの流れと断絶の作り方など、1冊の写真集としてまとめていく力は群を抜いている。山田修二氏の70年代の傑作『日本村』を思い出したのだが、こうしてみると90年代末の日本もまた、依然として大きな「村」のままということだろう。
1972 | 千葉県生まれ |
1996 | 武蔵野美術大学 造形学部 視覚伝達デザイン学科卒業 |
1997 | 第15回 写真新世紀 佳作『極東』 第16回 写真新世紀 佳作『極東クラブ』 97年度 写真新世紀 年間奨励賞 |
1998 | 第17回 写真新世紀 優秀賞『極東新世界』 98年度 写真新世紀 年間グランプリ |
1998~2008 フリーの写真家として活動
1998 | 極東番外地(銀座・アートグラフ) |
1999 | 暴走天使'99(四谷・東長寺 P3) |
2003 | Water Side(千葉・欅のホール) |
1998~2002 | 写真家・須田一政氏の個展設計を担当 (展示作品の選定・編集・構成など) |
1998グランプリ