液晶、有機ELなどのディスプレイ生産に欠かせない製造装置
テレビやスマートフォンに使われている液晶パネルは、ガラス基板に微細な画素回路を露光する技術によって作られています。
キヤノンは、高品質な映像美を生み出すディスプレイパネルづくりに不可欠な微細パターン露光装置のトップメーカーとして、技術革新に挑戦します。
2018/12/27
FPDとは、フラットパネルディスプレイ(Flat Panel Display)のことで、LCD(液晶ディスプレイ)、OLED(有機ELディスプレイ)などの総称です。テレビやPC、スマートフォンなど身の回りの多くの表示装置に大小さまざまなFPDが使われています。
FPDが使用されるさまざまな製品
FPDは、R(赤)G(緑)B(青)の3色からなる微細な画素(ピクセル)が100万個以上も画面上に配列されています。FPD露光装置は、この膨大な数の画素配列パターンを作成するために欠かせない装置です。
大型テレビやスマートフォンのFPDは、フォトマスク原版上の数μm(ミクロン)(※1)の微細な回路パターンを紫外線によりガラス基板上へ露光し転写するフォトリソグラフィという技術でつくられています。
キヤノンのFPD露光装置は、このフォトリソグラフィ・プロセスの中の露光工程において巨大で高精度な凹面ミラーを核とする反射光学系を利用して露光・転写することを特徴としています。
高精度・凹面ミラー
主要構成ユニット
図に示した一連のフォトリソグラフィ工程において、FPD露光装置は回路パターンが描かれているフォトマスク上へ紫外線を照射し、微細な回路パターンをガラス基板上に塗布された感光性レジスト膜に露光・転写する工程を担う最も重要な装置です。
フォトリソグラフィ・プロセス
FPD製造において使用されるガラス基板は、主に
第8世代(G8):2200×2500mm(主にテレビ画面)
第6世代(G6):1500×1850mm(主にスマートフォン画面)
であり、半導体IC製造で使用されるシリコンウェハー(~φ450mm)に比べて格段に大きな基板サイズとなっています。
フォトマスクがセットされるマスクステージとガラス基板がセットされるプレートステージは、サブミクロン(※2)の精度で互いに位置合わせしながら何層もの微細なパターンを重ね合わせていく精密な動作が必要です。この精密な動作の実現は、わずかな温度変化であっても熱膨張や空気密度の揺らぎにより誤差が生じるため、温度変化を極力低減する必要があります。そのため露光装置本体は、23±0.1℃に温度制御された巨大な部屋(チャンバー)内に設置されています。
FPD露光装置の性能を示す指標としては、以下の三大性能が有ります。
1.解像力
フォトマスク上のパターンに紫外線を照射し、感光性レジスト上へ転写露光したとき、どこまで微細な寸法のパターンが正確に転写できるかを示す性能です。
2.オーバーレイ精度(重ね合わせ精度)
前工程で形成されたパターンの基準マークを高精度に計測し、さまざまなパターン歪みを補正しながら、次のパターンをどれだけ正確に重ね合わせられるかを示す性能です。
前行程で形成されたパターンに精密に位置を合わせながら重ねて行く
3.タクトタイム
工場の生産効率にとって重要な指標であり、プレート1枚当たりの処理時間を示す性能です。
キヤノンのFPD露光装置では、プレートを乗せるステージ駆動を高速化することに加え、異なる2方式のアライメント機構を併用ことでアライメント計測時間を短くし、さらにタクトタイムを短縮しています。
フォトリソグラフィの世界では、半導体のICチップのような小面積への露光に加え、液晶ディスプレイなどのより広い面積への一括露光技術が必要となっています。1980年にキヤノンはミラー投影光学方式の露光装置(MPA:Mirror Projection Aligner)を独自に開発しました。
基本構成は、極限の加工精度で造られた大きな凹面ミラーと小さな凸面ミラー、台形ミラーからなります。ユニット上部に装着されたフォトマスクに強力な紫外線を照射し、5回の反射を経てガラス基板上にフォトマスク上の回路パターンを正確に転写露光します。光学的に完全対称系の構造であるため、原理的にコマ収差の発生が無く、さらにレンズを使った屈折光学系で問題となる光の波長の違いによって生じる色収差も生じないという利点があります。最も良好な結像特性が得られるのは、円弧状の範囲となるため、この円弧状の露光領域をスキャンすることにより、大面積において高い解像性能を実現しています。
直径:1.5m
面精度 :10nm(※) RMS以下
表面凹凸の二乗平均平方根が10nm以下
FPD露光装置では、生産効率を高めるために常にタクトタイムの短縮が求められています。感光性レジストにフォトマスクのパターンを転写露光するフォトリソグラフィ技術においては、紫外線照明系の照度アップにより露光時間を短くすることができるため、タクトタイムを大きく短縮させることができます。
加えてMPAは、ミラー光学系であるため色収差が生じない利点を活かし、解像性能を落とすことなく広い波長範囲の紫外線(i線:365nm~g線:436nm)を有効活用することで照度アップが可能となります。また高出力な紫外線ランプ3灯の光を束ねることにより、さらなる高照度化を図っています。
この場合、単に紫外線ランプの数を増やして照度アップを行うと、照度ムラが大きくなるため高い解像性能を得ることができません。よって3灯ランプで紫外線を束ねる機構においては、フライアイ(ハエの目)レンズや他の光学系で精密に調整することで高照度かつ均一な照明光を実現しています。
タクトタイム短縮には、より高速なアライメント計測技術の開発も必要です。しかし、ガラス基板は熱処理などを経ると基板の絶対寸法自体が変化してしまうことがあります。そのため前工程で形成されたパターン座標にはさまざまな歪みが生じており、この歪みの状態を正確に把握するために多くの基準点の位置計測が必要となります。
従来は、実際のミラー光学系の光路を通してフォトマスクと基板のアライメントマークの重なり状態を計測する方式(AS:Alignment Scope)でしたが、最新の装置では、光路を通さずに基板の近くで直接マークを観測し、間接的に位置合わせをする新たな計測方式(OAS:Off−axis Scope)を導入しています。この2つの方式で同時に歪みを把握する「ハイブリッド・アライメント・システム」により、タクトタイム短縮と計測精度向上の両立が可能になりました。
ハイブリッド・アライメント・システム
タクトタイム短縮には、基板を載せているプレートステージの高速駆動も必要です。しかし、大面積のガラス基板を載せるプレートステージはとても重く、例えるとY方向ステージ(小型トラックほどの重量)の上で、X方向ステージ(軽自動車ほどの重量)を精密かつ高速に駆動することになります。
キヤノンでは、レーザー干渉計によるナノメートルレベルの超精密計測と強力なリニアモーター、エア・ベアリング技術により、この大型ステージを高速かつ高精度に駆動制御しています。
これにより現行機では、サブミクロンレベルでの位置合わせ能力と高速駆動によるタクトタイム短縮を両立させています。
さらにプレートステージのスキャン速度やスキャン方向を微調整しながら転写露光することで、前工程の熱処理などで生じた基板上のパターンの歪みに対してフォトマスク上のパターンを補正しながら合わせ込む技術も取入れています。
スキャン速度とスキャン方向を微調整することで、前工程で歪んだパターンに合わせてフォトマスク上のマスクパターンを補正して露光する技術
大面積のガラス基板は、前工程の熱処理などを経ることで絶対寸法自体が変化してしまい、それにともない形成されているパターンもさまざまに歪んだ状態となっています。そのためそのままでは歪みの無いフォトマスク上のパターンと、前工程で基板に形成されているパターンを正確に重ね合わせることができません。
FPD露光装置では、ステージ駆動を微調整するスキャン補正機構に加え、スキャン補正では対応しきれない非線形な歪みに対しては、X,Y方向で独立した倍率補正機構を導入しています。
これは、X,Y方向で光路の曲げ量をステージスキャン中に動的に調整することにより、結像されるパターン自体を拡大・縮小投影する技術です。
これをスキャン補正機構と組み合わせることで、基板上のさまざまな形状の歪みに対してフォトマスク上のパターンをより正確に合わせ込むことができます。