写真家インタビュー&ベストショット - Photographer Interviews & Best Shots -

写真家 髙須 力氏
インタビュー&ベストショット

「今日の自分を超えていきたい」

文・野口美恵(スポーツライター)

写真集『浅田真央公式写真集 MAO』を撮影し、スケートファンの間で著名なカメラマン高須力氏。写真との出会い、フィギュアスケートとの出会い、そして今後の目標を聞いた。

ベストショット
ベストショット写真
<機材情報>
EOS-1D X +EF400mm f/2.8L IS II USM、F2.8、1/2000sec、ISO3200
©Tsutomu Takasu

髙須 力氏 「選手たちが指先足先にまで神経を行き届かせていることを切り取るために、あえてクローズアップを狙い続けました。ディテールの美しさを伝えることが、素晴らしい演技を披露してくれた選手への恩返しになると信じています」

人間ドラマを伝える仕事がしたかった
写真

浅田真央選手の写真集で知られていますが、実際には様々な競技を撮影されていますね。もともとはどんな写真を始めたのでしょう?

最初は、スポーツの単なる勝敗とか技ではなく、人間ドラマを伝える仕事でスポーツに関わりたいと思っていました。スポーツではない雑誌の編集仕事をしていたのですが、それを辞めて、24歳の時に、平日はフォトエージェンシーで内勤、週末はカメラマンのバイトをすることから始めました。

スポーツの撮影から始めたのですか?

写真販売の会社で、僕は週末の少年野球や少年サッカーを撮って親御さんに買って頂いていました。あと会社の方のご厚意でフィルムを自由に使わせて頂けたので、勉強のために仕事がないときでも15本くらい撮影して。写真学校でやることを、お金を頂きながら出来たので、環境に恵まれていたと思います。

トップアスリートの競技撮影はいつからでしょう?

2003年から、大学サッカーはメディア申請がなくても撮影できたのでスタートしました。そのあとサッカー雑誌の編集部にいた友人に、メディアパスを提供してもらうことが出来て、2004年はJリーグを撮影。でも全然お金にならないので、2005年からはどんな競技でも撮ろうと決意しました。フィギュアスケートは、2004年冬の全日本選手権が最初です。

トリノ五輪シーズンの直前ですね。どんな写真を撮ったのでしょう?

荒川静香さんのバタフライの写真を、当時僕が掲載を狙っていたスポーツ雑誌に、見開きの巻頭グラビアで使って頂きました。もちろん当時は、それが何の技なのかも知りませんでしたが。あと安藤美姫さんのシルエット(影絵)写真も載って、『このフィギュアスケートが人気の時代に、美姫をシルエットで撮る人は中々いないよね』と褒められました。実はフィギュアスケートの知識が少なかったので、ただカッコイイ写真を撮ろうとしただけなんです(笑)。

髙須さんは、報道写真ではなく、徹底して作品撮りですね。

2003年から水谷章人さんが主宰する水谷塾に通いました。作品撮り、絵作りということはずっと考えていて、荒川さん、安藤さんのグラビアも、報道ではなく作品撮りというイメージを心に持っていたお陰で撮れた作品でした。作品撮りには、自分がカッコイイと思える狙いがハマった時の嬉しさがあります。

荒川の執念に感銘「ショーではなく競技だ」
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フィギュアスケートを本格的に撮影し始めたのはいつでしょう?

実は、最初はショーだと感じていてスポーツとして見ていなかったのですが、2005年の12月に考え方が変わりました。あの時期って、安藤さんが大人気で、浅田真央さんがGPファイナルに15歳で優勝したのに五輪に出られない事が騒ぎになっていて、荒川さんはGPファイナルに出場すら出来ずピークを過ぎた人っていう扱いだった。でもそのGPファイナル後、荒川さんが会場の氷を使って、ひとり黙々と練習している姿を偶然見かけたんです。

GPファイナルが12月上旬で、同じ会場で12月末が全日本選手権でしたからね。

その時の「音」が忘れられないんですよ。いつも音楽が掛かっているから、エッジの音には気づかなかった。でもエッジが氷をズッと削り、ドンッと降りる。ひたすらその繰り返し。すごく膝に負担がかかる競技だっていう事実を見たし、荒川さんの執念も感じて、ああこれはスポーツだなと考えが変わりました。

あのトリノ五輪3枠をめぐる女子の代表選考はすごかったですよね。

そう。それで全日本選手権の最終組で、真央さんがいい演技して、荒川さんがそれに被せるようにいい演技して、他の4人も相乗効果で力を発揮して、会場は大盛り上がり。選手同士の対抗意識が伝わってきて、撮るべきはエキシビションじゃない、競技会だなと感じました。

フィギュアスケートではどんな絵作りをしてきましたか?

2008年のGPシリーズのフランス杯で、撮影が変わりました。ちょうどサッカーの試合撮影でヨーロッパにいて、真央さんがパリの試合に出るという情報があって行きました。会場のベルシースポーツセンターは客席や階段、壁などすべてが青色で、メーカー広告とかも徹底して青に変更する美しいデザイン。これがパリジャンの気質か!と。撮影ポジションが自由だったので、客席やリンクサイドなど場所を変えて、レンズも変え、そして演技中以外の様子も撮りました。これがフィギュアスケートの新しい構図を工夫するスタートになりました。

悩み苦しむ、戦う真央の姿を伝えたい

2010年に、浅田真央公式写真集を出版されましたね?

2008年のフランスを皮切りに、2009年は真央さんが出る試合はすべて、パリ、ロシア、日本と撮影しました。それまでの真央さんはとにかく強くて、いつもニコニコして可愛かったけど、だからこそ撮りたいとは思っていませんでした。逆に2008年くらいから苦しんで悩んで努力している、というのが見えてきた時に興味が湧いたんです。戦う真央、という姿に。

選手の笑顔写真が定番のフィギュアスケートとしては、新しい構図の多い写真集だったと思います。

構図のひとつに、大きな会場で氷の上に真央さんが一人で滑ってる、というものがあります。後ろにはキム・ヨナの応援旗も見える。頑張れなんて声を掛けるのがおこがましい様な、一人で戦っている姿。悲壮感すらありました。だから、出版した時の批評は賛否両論。『もっと真央さんの笑顔が見たかった』という声があって。でも彼女だって苦しんだり泣いたりしますよね。あんな広いリンクで観客に囲まれて、期待やプレッシャーを背負って一人で立っている真央さん、というのを僕は伝えたかったんです。だからバンクーバー五輪で銀メダルを獲ったのに『ごめんなさい』と泣いている会見を見て、なんで謝るんだ!そんな風に期待を背負わせた俺たちが悪いのに!って思いましたよ。

多くの競技を撮影し、絵作りのアイデアを
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最近はスケートの撮影が多いですか?

いえ。一つの競技だと構図も飽きてきちゃうし、様々な競技に行くことで発見があります。新しい絵作り、シャッターのタイミングなどを思いついたりします。フィギュアスケートではレンズは400ミリ(客席から選手の全身が収まる程度)が定番ですが、あえて200ミリにして広めの絵を撮ってみました。いつも選手がアップじゃなくても良いので。

女子だけじゃなく、男子には違う面白みがあるのでは?

男子は羽生結弦くん、髙橋大輔くんの2人がやはり面白いですね。特に、羽生くんの隠しきれない自我の強さ、ライバル心、みたいのが可愛いです。会見の時に、横目で隣を睨んだり、他の選手が話している時にどこか一点を見つめていたり、すごくいい目をしてる。あの子の人間ドラマが出るような表情を伝えたいと思います。

撮影で苦労されることは?

やはりフィギュアスケートは室内で暗いので、ピント合わせが難しい競技です。最初はキヤノンのEOS-1D Mark IIを使っていましたが、一人の演技でこれは良いという写真は10枚程度ありました。そこから5、6年で性能が格段に進歩して、最新のEOS-1D Xはオートフォーカスの精度が素晴らしくなり、あらゆるシーンを抑えられるようになりました。良い機材を選んでいるので、言い訳せずに自分の腕を磨かないと、と思います。

浅田選手の写真集を代表するように、構図をすごく工夫されていますね。

でも先陣の写真家たちは、もっと凄いです。2007年末の初個展で出した僕のアイデアのいくつかは、30年前に水谷さんが撮った構図だったことが後で分かって衝撃でした。実は、EOS-1D Xは「カメラマン泣かせのカメラ」「開発者からの挑戦状」って思っています。とにかくピントが良く合うので、写真家が難しい構図やアイデアを考えて撮影してきたものが、簡単に撮れるようになっちゃった。だから僕たちは更に新しいアイデアを探して、高機能でも皆が撮れない自分だけのショットを探さないといけない。大変ですよ(笑)。カメラに使われちゃわないよう、以前にも増して、なぜこの露出、絞り、シャッタースピード、という事を考えるようになりました。

今後の目標は?

どれだけ自分の写真と向き合えるか、だと思います。いま開催中の個展では、カッコイイ写真だけどまだ説得力がないと、尊敬している先輩から助言を頂きました。カメラの機能が良い、アイデアへの気配りもしてる、あとは自分の人間的成長が必要だということです。真央さんの写真集のときは、彼女の立場とか背負っているものとか色々考えて撮りました。そういうドキュメント性みたいのをもっと写真の中に出していけるようになりたいです。単にカッコイイ写真を撮るのではなく、今の自分を超えていきたいと思います。

■髙須 力(たかす・つとむ)
1978年3月20日。東京生まれ、東京育ち。2002年より独学でスポーツ写真を始め、2003年より水谷塾に入塾、2006年よりフリーランスに。日本スポーツプレス協会及び国際スポーツプレス協会会員。撮影作品に『浅田真央公式写真集 MAO』『寺川綾公式フォトエッセイ夢を泳ぐ。』など。

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