写真家インタビュー&ベストショット - Photographer Interviews & Best Shots -

写真家 能登 直氏
インタビュー&ベストショット

「人間ドラマを撮りたいです」

文・野口美恵(スポーツライター)

2006年からフィギュアスケートの撮影を始め、髙橋大輔選手や羽生結弦選手に密着した連載など、オン・オフの表情のコントラストを切り取ってきた能登直氏。ソチ五輪では、日本雑誌協会の代表フォトグラファーとして、感動の一瞬を多数撮影した。撮影にかける思いを聞いた。

ベストショット
ベストショット写真
<機材情報>
EOS-1D X +EF400mm f/2.8L IS II USM、F3.5、1/1250sec、ISO3200
©Sunao Noto

能登 直氏 「悔しいと語っていたショート3位からの逆転を狙うフリーで、彼の懸命さとダイナミックな動きを切り取ろうと狙いました。」

写真

カメラマンを志したのはいつ頃でしょう。

1999年に神奈川の大学を卒業後、地元の仙台で広告スタジオに就職しました。パンフレットなど広告撮影のアシスタントとして写真の基礎を学びました。大学時代、ストリートミュージシャンを撮影したのがフォトグラファーとしての原点だったので、もっと人間を撮影したい、表情を切り取りたいと考え、2社目のスタジオを経て、2005年に独立しました。

最初にフィギュアスケートを撮影したのは?

荒川静香さんが2006年のトリノ五輪で金メダルを獲得した後、仙台で凱旋アイスショーがあり、対談のインタビューカットを頼まれました。僕はスポーツフォトグラファーではなかったですから、あくまでもインタビューの撮影だったんです。

それまでフィギュアスケートへの関心はありました?

仙台に住んでいると、本田武史さんや田村岳斗さんなど地元出身のスケーターが多く、ニュースで目にする機会もあったので、他の地域よりもフィギュアスケートへの親しみもあるし、選手の名前も知っていたと思います。

演技を生で見たことはありました?

荒川さんの凱旋アイスショーが初めてです。そのままショーも撮影していいと言われたのですが、僕のカメラはEOS 10DやEOS 5Dなどインタビュー撮影用の準備だったので、仕事として使える写真は撮れませんでした。でも会場の雰囲気に魅了されて、生の演技に見とれ、スケートに強い関心が沸いたのです。

その後、試合の撮影へ?

次の仕事は2007年夏、全日本チームがイタリアのクールマイヨールで夏合宿をするので同行して撮影しませんか、というお話でした。面白そうだし、スケートに関心を持ち始めていたので、スポーツ撮影向きの「EOS-1D Mark Ⅲ」を発売直後に買い、撮影に行きました。

試合より先に合宿だったのですね。どんな撮影を?

それまでニュースで見ていると選手の華やかな部分しか知らなかったのですが、髙橋大輔選手らがストイックに練習に打ち込む姿を見て、心が揺さぶられました。クールマイヨールは高地でジャンプが上がりやすいので、4回転の練習に集中し、ひたすら跳んでいました。その集中した表情が良くて、これはもっと追いかけて撮影してみたいと思いました。

他の選手はいかがでした?

他の選手もみんな素晴らしい集中力で、オンとオフの切り替えがしっかりしていましたね。練習の表情と、練習後に卓球するなどオフ時間の表情がガラリと変わる。浅田真央選手、織田信成選手、中庭健介選手、南里康晴選手、小塚崇彦選手などが来ていました。

その後、試合を撮影してみると練習とは表情が違いましたか?

2007年のNHK杯が仙台で行われ、髙橋選手、中庭選手、南里選手が出場しました。ちょうど夏合宿で素顔を見た選手たちが試合をしたわけです。あの時取り組んでいた4回転がいま成功したんだ、と思うと感慨深かったです。イタリアでは若い元気な青年だったのが、試合になると大舞台のヒーロー。その差を面白く感じ、全日本選手権、イエテボリでの世界選手権と追いかけました。

すると一気にフィギュアスケートにハマったのですね。

そうなんです。NHK杯では日本選手ばかり注目していましたが、世界選手権に行ってみると、ブライアン・ジュベール(フランス)やステファン・ランビエル(スイス)など素晴らしい選手がまたいて、これは撮影し甲斐がある!と思いました。

写真

女子も撮影されましたか?

もちろん両方撮影しますが、少し視点が違います。女子は、より美しく、アーティスティックな作品を撮ろうと考えています。男子は、そこにダイナミックさや躍動感が加わります。選手の内面から一瞬だけこぼれ落ちる表情や、今この瞬間にスイッチが入ったなという気迫などを切り取りたいと思っています。男女とも構図次第で芸術的な作品が撮影できるスポーツだと思います。

バンクーバー五輪に向けてはどんな撮影を?

髙橋選手が怪我をした後、五輪に向けて復帰のドラマを雑誌の1年連載で追いかけました。まだ氷に乗っていないリハビリの時から始まり、バンクーバーまで、2009年5月から2010年3月までの連載でした。リハビリの頃はピリピリしていて「これからやってやるぞ」という気迫を感じたので、陰影の強いライティングで男らしい雰囲気に撮りました。

五輪ではどんな表情を?

銅メダルを獲得した翌々日に、ポートレートを撮影しました。その時が、1年間の連載の中で、一番柔らかい表情でしたね。なので、ちょっとピントを甘くして、彼の柔らかい清々しい表情を効果的に見せるような写真を撮りました。広告撮影の仕事をしてきた技術が生かせたかなと思います。

バンクーバー五輪後は羽生結弦選手も活躍が始まりましたね。出会いは?

2007年に全日本ジュニア選手権が仙台で行われて、羽生君はノービスの選手ながら3位になりました。その表彰式の時に、羽生君の隣にお父さんがいたのですが、なんと僕の中学時代の先生だったんです。奇遇なことでした。

羽生選手とは縁があったのですね。

そうですね。次は2008年の夏に仙台で、ポートレートを撮影しました。当時は「大ちゃん(髙橋大輔)みたいに格好良く撮って下さい」と、マッシュルームカットの少年が言うので、可愛いなと。中学生らしさを残しつつ格好いい雰囲気の写真を撮りました。

その可愛い少年が、世界の頂点へ!

やはり東日本大震災後は、表情が変わりました。多くのアイスショーに出ていた夏は、強い決意を感じさせる表情でした。カナダに行ってからは「オーラが出てきたんじゃない」なんて冗談を言うこともありますが、表情が大人びたと思います。

その勢いでソチ五輪を迎えましたね。五輪では能登さんは日本雑誌協会の代表フォトグラファーとしてフィギュアスケート以外も撮影されましたね。

スピードスケート、ショートトラック、アイスホッケー、スキージャンプ、ノルディック複合などを撮影しました。五輪に向けて2012年8月にEOS-1D Xを買い、色々なスポーツシーンを撮影できる体制を整えておいたのは良かったです。

性能がかなり違うのでしょうか?

それまではISO(感度)2000を超えるとノイズが気になっていたのが、ISO5000でも綺麗な写真が撮れます。夜の競技や、フィギュアスケートのような暗い室内の競技も撮影も安心です。また、オートフォーカスをカスタマイズしやすいので、スピードスケートやアイスホッケーのように動きが速く複雑なものでも、意図したフレーミングでピントを合わせることができるので、五輪期間中も大いに役立ちました。

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五輪ではどんな撮影を目標に?

やはり五輪ですから、喜怒哀楽も普段とは違うはず。他の試合とは違うというのが1枚で分かる表情を切り取りたいと考えていました。

浅田真央選手がフリー演技を終えた後、涙の粒が目からこぼれ落ちていく写真がありましたね。「Number」の表紙にもなり、ベストショットだったのでは?

あの一瞬を撮影できたのは嬉しいことです。僕はジャッジの反対側の撮影ポジションだったのですが、彼女が演技を終えジャッジに挨拶した時は涙が落ちておらず、反対側を振り返った時に、涙が目からこぼれ落ち始めて。「あ、涙落ちる!」と思って慌てて撮った一枚です。

あの瞬間を、あれだけアップで抑えたのは凄いと思います。

たまたま頂いた場所がジャッジの反対側の、しかも2階だったんです。もし1階席だったら、「後ろにファンが写り込んで浅田選手がリンクの中で笑顔」という構図を撮ったと思います。でも2階なので、割り切って表情優先で狙おうと決意し、400㎜の望遠レンズで狙っていました。

では羽生選手はどんな写真を?

団体戦の時は、リラックスしているのが分かったので、柔らかい笑顔が多く撮れましたね。でも個人戦になると表情がガラリと変わり、緊張しているのがレンズを通して伝わってきました。

フリーは金メダルがかかり、複雑な心理だったでしょうね。

フリーは僕自身も「金を獲れるかも」と思って緊張しました。歴史的瞬間ですから。最初の4回転は転倒したものの、後半に持ち直した所からの気迫が凄かったです。ニースで銅メダルを獲得した2012年の世界選手権の時を思い出しました。演技中に、気迫が出過ぎて「ウォー」と叫んだり、とにかくこぼれ出る気迫が素晴らしかったです。

パトリック・チャン選手はどんな表情でした?

チャン選手は、演技の中盤あたりから「ハーハー」と息切れして汗が溢れていました。「チャン選手ってこんなに疲れる選手じゃないのに」と思いましたし、焦りが表情に出ていました。

髙橋選手は良い表情でしたね。

全日本選手権は切羽詰まった感じでしたが、五輪は今季で一番良い、すがすがしい顔でした。そして試合後、長光歌子先生との2ショットを撮影したのですが、本当にすっきりした笑顔でした。

では今後の目標は?

1枚の写真として見たときに、何かが伝わるものを撮りたいです。浅田選手の感激の涙もそうですが、人間ドラマを撮りたいです。浅田選手のあの写真は家宝ですね。

ありがとうございました!

■能登 直(のと・すなお)
1976年生まれ・宮城県仙台市出身。1999年に大学を卒業後、仙台のスタジオでのアシスタントを経て、2005年に独立。
主にモデル撮影を中心とした広告等の撮影を行いながら、2007年より本格的にスポーツ撮影を始める。
日本スポーツプレス協会及び国際スポーツプレス協会会員。

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