写真家インタビュー&ベストショット - Photographer Interviews & Best Shots -

写真家 田口 有史氏
インタビュー&ベストショット

「選手が表現した何モノかを、形に残すが僕の仕事」

文・野口美恵(スポーツライター)

メジャーリーグ(MLB)のオフィシャルフォトグラファーの経験を持ち、日本とアメリカを拠点に20年以上活動してきた田口有史氏。MLBやナショナルフットボールリーグ(NFL)、ナショナルバスケットボールアソシエーション(NBA)を専門にしてきたプロは、さらに一歩深い視点でフィギュアスケートの魅力を切り取っている。

ベストショット
ベストショット写真
<機材情報>
EOS-1D X +EF600mm f/4L IS II USM、F4.0、1/640sec、ISO4000
©Yukihito Taguchi

田口 有史氏 「葛藤の中、何かを渇望するような、両手を差し伸ばして何かを引き寄せようとするポーズが五輪という舞台を引き寄せたいという、演技では無い部分の気持ちとリンクするように思って狙ってみました」

カメラも技術と表現のバランスが重要
写真

田口さんはMLBのカメラマンとして著名ですが、フィギュアスケートの現場も長いですね。ではまず写真との出会いをお聞かせ下さい。

高校時代はハンドボール部に所属して、両親もハンドボールの元日本代表選手だったので、スポーツに携わる仕事をしたいと考えていました。選手として食べていくのは厳しかったので、カメラマンという選択肢を選びました。

大学から写真を勉強したのですか?

まずは東京工芸短大の写真科に入りました。本格的にカメラを触ったのは大学に入ってからです。当時はスポーツの撮影にあまり制限がなく、学生の時はスタンドからバスケットボールやモータースポーツを撮影して、課題制作をしていました。

その後アメリカに留学されましたね。

もともと2年は日本、2年は海外と、留学を視野に短大を選んでいたんです。1993年にサンフランシスコ芸術大学(San Francisco Art Institute)写真科に編入し、本格的にスポーツの撮影をしました。

日本とアメリカの学校では教え方が違いますか?

日本の学校は細かい技術を教わります。フィルムの現像の仕方、プリントの仕方、光のとらえ方、構図の基本など、技術面です。アメリカでは、写真をファインアート(純粋芸術)と捉えているので、『芸術表現の方法は何でも構わなくて、その1つの手法が写真』という考え方。絵や版画と写真を組み合わせてアートにする人もいました。講義は、なぜその撮影をしたのかという意図の検討ばかりでした。

どちらの授業が役立ちましたか?

両方やって良かったと思います。いきなりアメリカに行っていたら、基礎が無く撮影しても『これが自分の表現です』と言えてしまう。両方学んだことで、光の捕まえ方を理論的・技術的に知っている上で、どんな写真を撮りたいかを導くことができます。考えるツールを習ったことで、撮りたいモノを追求できたと感じています。

フィギュアスケートにも通じそうな部分がありますね。

そうですね。技術と表現のバランスです。まずは基礎を磨いて、それをベースに芸術表現が出来るということ。やりたい事を表現するためには、結局は基礎が無いと最後に伸びない。フィギュアスケートもカメラも共通する部分がありますね。

そのバランスを生かし、日本人では数少ないMLB公式フォトグラファーになったのだと思います。どんな経緯でMLBを撮り始めたのでしょう?

アメリカ留学中は、やはり人気スポーツであるMLB、NFL、NBA、あと大学スポーツを撮影していました。最初は球団事務所へ直接電話したり、日本の出版社に飛び込み営業したりしました。ちょうど野茂英雄さんがメジャーリーグに行った時期で、その後も日本でMLB専門誌ができたこともあり、メインの仕事になっていきました。

アメリカのスポーツの魅力は?

撮影していて面白いのはアメリカンフットボールですね。昼間に屋外で行われるので光の動きを読み、プレーの動きや向きを予想して、位置取りをします。選手がボールをレシーブする瞬間に、背中を向けずに、ちょうどカメラ側を振り返りながらキャッチすることを予測して、そこをバシっと撮る。その時に光が良い感じに入り、満席のスタンドが見える、というような臨場感のあるものが撮りたいです。そのための位置取りは自分の責任なので、競技への理解度が問われます。

自分の意図が伝わる写真を
写真

アメリカで撮影を初めて20年。撮影手法は変化しましたか?

1994年からプロとして撮影してきましたが、昔の方が自由に撮っていたなとは思います。今は、クライアントが欲しい写真はこんなのだろうというのが分かっていて、そういう写真を狙ってしまう時があるので、反省しています。妥協して、攻めなくなってしまったらフォトグラファーとして終わりなので。

もっと純粋芸術を目指すということですか?

僕の場合は純粋芸術がゴールではないと思います。僕の能力では、「これが芸術だ」「自分が芸術家だ」というようなセンスに頼った撮り方はできないし、とはいえ、純粋な記録、報道写真とは違う。報道写真でも自分の意図が伝わるというか、報道の現場で撮りながらも何かが伝わる写真を撮りたいとは考えています。

報道ではなく、あくまでも芸術作品ですよね。

自分の場合は、「この位置からだと、こういう写真が撮れて、この写真なら人と違うな」と考えてしまうんです。センスだけで撮れるタイプではない、ということです。撮られる側が撮って欲しいものは何だろう、この会場だとどういう絵柄が撮れるかなと考えるところが撮影のスタートです。

撮られる側の気持ちになるのですね。

やはりスポーツ写真には撮影の対象がいます。モノではない。だから対象となるアスリートを、本人や周りの予想以上に、綺麗に格好良く撮りたいと思います。20年くらい試行錯誤してきた末に自分の限界も見据えながら、自己満足よりも、相手が求めるもの、というのが自分の守るラインです。

それではフィギュアスケートとの出会いは?

2005年秋、東伏見で行われたシーズンインのエキシビションマッチでした。日本にこれからブームが来るという時の先駆け的イベント。そのままトリノ五輪選考の2005年全日本選手権も撮影して、すっかり魅力にハマってしまいました。

MLBとどんな部分が違いますか?

アプローチが違います。最初は、室内で光も一定だし、演技の動作も決まっているので簡単だと思っていたら難しかったです。顔も姿勢も美しい、というのがなかなか撮れない。もっと綺麗に撮ろうと思ううちに、毎回のように来ています。

2005年全日本選手権は素晴らしい試合でしたよね。

トリノ五輪をめぐるあの白熱の全日本選手権を見て、演技中の芸術としての表情と、演技が終わった瞬間のスポーツ選手としての表情が面白いなと思いました。舞台芸術に似ているけれど、そこにスポーツ的なスゴイ要素が加わっている。

芸術とスポーツの両面がある競技ですが、スポーツという意味では負けた瞬間も絵になるのでしょうか?

成功も失敗もアイデンティティですよね。やはりスポーツだからこそ、苦しみも1つの真実の瞬間。舞台だったらプロは表現をうまく出来なくても出来たことにする、みたいな部分があります。でもフィギュアスケートは、演技中は最大限に表現をやっているけれど、演技が終わった瞬間に素の顔になるし、審判に採点されるという特異性もある。分かりやすく「負けた」という絵にならない。そういう複雑な残忍さも、また面白さです。それに選手からすれば、10年20年経った時には、負けた時の写真も見返したいのではないでしょうか?

撮影ではどんな機種のカメラを使っていますか?

キヤノンのEOS-1D XとEOS 5D Mark IIIです。やはりキヤノンは肌が綺麗に出る。特に日本人の肌の質感、ディテールがいいです。フィギュアスケートのように選手の表情を捉えるにも、色味が良かったり肌のニュアンスとかも綺麗に出るので、選手の表現を捉えた時に、より綺麗に見えると感じています。

選手が何を表現したいのか、共感する
写真

それではフィギュアスケートの撮影で心がけることは?

フィギュアスケートの場合は、「その選手が何を表現したいのか」ということが撮影のテーマになります。選手の思い、プログラム、音楽、いろんなものが合わさり演技が生まれている。それを調べて、勉強して、自分がどうそれを引き出せるかが勝負になります。時間は常に流れているけれど、それを何百分の1秒の瞬間でバチッと止めることが出来る。そこが写真の面白さです。写真は一瞬のヒトコマだからこその力強さもある。選手の表現した何物かを、形として残すのが、僕らの仕事です。

具体的にはどんな準備、勉強を?

まずはインターネットの動画を見て、動きを研究します。まず、どのポーズが写真映えするかは考えます。撮影ポジションが抽選で決められてしまうので、このポーズを狙いたいけどこっち側じゃ無理だ、じゃああのポーズをこの角度で狙ってみたらどうか、などです。

今回は、町田選手をベストショットで撮影されました。

ショートの「エデンの東」を自分で構想を練ったと聞きました。僕もスタインベックの原本を読んでいますが、愛されたいのに愛されない、手に入れたいものを追い求め、手に入りそうで入らない運命とは何かと葛藤を繰り返しながら、最後は自分で道を切り開くことができる、という話だと解釈しています。これがすごく町田選手自身の立場に繋がる部分があるなと感じました。何かを求める、もちろん今年なら五輪に出たいと渇望するような表現を、うまく引き出せたらと考えました。

町田君の被写体としての面白さは?

そうですね。例えば羽生結弦君などは、スラっとして堂々としていて、いま世界記録も出しているので、どう撮っても絵になりやすいし、分かりやすく絵になります。髙橋大輔君なら、やはり皆の憧れで、長年注目されてきた格好良さが自然と出てくる。町田選手は、葛藤する姿がすごくいいです。憧れ愛するものがあり、それを手に入れたいけれどまだ手に入っていない時期だからこそ、ひたすら努力する苦しさが表現になっている。「エデンの東」は曲が柔らかい感じだけれど、苦しさや渇望を醸し出す瞬間を、捉えることが出来ればと思って撮影しています。

エキシビションも興味があるそうですね。

「白夜行」ですよね。これも小説がすごく面白かったんです。でも罪と罰じゃないけれど、非常に悲しく深い感情のストーリーなので、こちらはそういった深い悲しみが表現なのでしょう。面白いテーマ設定をする子だなと感じています。

今後はどんな撮影をしたいですか?

やはり、選手自身への人間的興味もあって惹かれていて、世界観を僕も共有できるプログラムがあって、その選手が表現したいモノが出せた瞬間を僕がバチっと撮れたらいいな、と。それがフォトグラファー冥利につきるなと思います。僕は結構、理屈っぽいと言われることがあるので、町田君はすごく関心があります。来年以降も活躍する選手ですし、注目していきたいです。

■田口 有史(たぐち・ゆきひと)
1973年静岡県生まれ、福島県育ち。県立福島高校卒業後、スポーツ写真家を志して東京工芸大学短期大学部に入学、その後渡米してサンフランシスコ芸術大学にて美術学士取得。在学中よりフリーランスとして活動を始め、現在は東京に居を構えつつ、年間150日程度渡米してメジャーリーグを中心に撮影しながら、フィギュアスケートやラグビー、ハンドボールなど様々なフィールドにて活動。MLB日本開幕戦及びWBC公式フォトグラファー。主な掲載誌にMLB専門誌SLUGGER、Sports Graphic NUMBERなど。

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