インタビュー - Interviews -

ネイサン・チェン選手
インタビュー

平昌の5位から、ミラノで世界王者へ
「五輪のミスは永久に忘れない経験」

文・野口美恵(スポーツライター)

ミラノで行われた世界選手権では、2位に40点以上の大差をつけて初の世界王者となったネイサン・チェン選手(米国)。優勝を期待された五輪はショート17位から総合5位へ巻き返すなど、波乱のあった今季を振り返るとともに、次の4年について語った。

五輪のショート「不安で集中できない状態」
フリーは「失うものはないと恐れずにいった」
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まずは世界選手権優勝、おめでとうございます。

ありがとうございます。五輪のショートで大きなミスをした後の試合だったので、こうやってショート、フリーともに大きなミスなく滑ることができて、自分自身を証明できました。そのことが、とても嬉しいです。

GPファイナル優勝、平昌五輪5位、そして世界選手権で優勝。今季は大きな飛躍のシーズンでしたね。

シーズン全体を振り返れば、素晴らしいシーズンだったと思います。五輪以外の試合では優勝できたので、喜ぶべきでしょう。でも正直に言えば、まあまあ満足、という感じです。そしてすべての試合で、何かしら成長した部分があり、新しい挑戦も繰り返していったので、自分にとって有意義な時間でした。

やはり五輪のショートでのミスは、今でも悔やまれますか?

五輪のショートの経験は、永久に忘れることがないと思います。あんな演技はもう二度としたくないですし、たくさんのことを学びました。でも、もし五輪のショートでそれなりの演技をしていたら、きっと気付かないままスケーター人生を終えていたことがたくさんあったでしょう。僕のスケート人生で一番の衝撃の演技でした。あの経験のお陰で、ミラノの世界選手権では何事にも左右されずに自分に集中し、コントロールすることができました。試合前には何をしたらダメか、どんな考え方をするべきか、といった経験を活かしました。この経験は、永遠に僕の力になっていくことと信じています。

五輪の時、ショートでは、どんなことを考えていたのでしょう?

本当は、自分のことを信じ、ただいつもの練習通り演技をすれば良かったんです。でもショートの前はとにかくすべてのことが怖くて、心配ばかりしていました。色々なことに気が散って、やるべきことに集中していませんでした。いらない心配をして混乱していました。「このジャンプをミスしたらどうしよう」と考えることで、実際にミスをする。そんな風に自信がない状態で試合を迎えました。気持ちが萎縮していることで、実際の動きも縮こまっていました。緊張していて、積極的には動けませんでした。

そのあとフリーはどうやって気持ちを切り替えたのでしょう?

すべてをミスしてしまったショートのあと、僕はすべてのことを忘れて、完全に新しい試合のスタートと考えました。もうこれ以上失うものは何もありません。しかもショートであれだけミスしているので、フリーでさらにミスしたところで痛くもかゆくもない。ミスを恐れずにいこうと思いました。練習ではちゃんと跳べているし、全てのジャンプにアタックする気持ちでした。

「来季からはジャンプの質が重要に」
基礎スケーティングのトレーニングを強化
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来年にはGOEが±5になります。4回転ジャンプのリスクもリターンも痛感しているチェン選手としては、どんな戦略でしょう?

今後はとにかくジャンプの質が、なによりも大切になることはわかっています。でもまだちゃんと新しいルールが発表されていないので、どんな変更になるのか詳細を勉強してから、その上で戦略を出したいです。でも今季はもう終わりましたし、±5になるということは質を重視することに間違いありませんので、コーチとともに練習計画を立て直したいです。

4回転は今まで以上に、ハイリスク・ハイリターンのジャンプになりますね。

ジャンプのリスクという点では、練習で上手くいっていないものは、絶対に上手くいかないということになります。今までは、練習での成功率は五分五分でも、本番で挑戦して何とか降りる、ということもありました。でも今後は質が大事です。練習で質が良くないジャンプが、本番で質が良くなることはあり得ません。なので、どれだけ質の良い練習をしてきているかが重要です。練習で跳べたことがあるかどうか、ではありません。そういった意味では、ジャンプの練習の前に、スケーティングや基礎をもう一度やり直すことが、最終的には良いジャンプの練習に繋がっていくと思います。

男子の4回転時代では、羽生選手や宇野選手がシーズン中に負傷したように、怪我のリスクも大きくなります。チェン選手自身も、2年前には大きな怪我を経験しましたね。どんなケアを行っていますか?

怪我をするには、いくつかの要因が絡み合っていると思います。でも4回転だからといって特別な怪我をするのではなく、ジャンプはどれも共通して怪我のリスクがあります。大抵は、自分の集中力不足や、やり過ぎによるものです。重要なのは、自分がジャンプを跳ぶ時に、正しい力で跳ぶこと。集中してなくて、力を抜いたり、入れ過ぎたりすることで、テイクオフで怪我をすることがあります。そして自分が空中でどんな状態なら成功し、どんな状態だと転倒するのか、自分の身体の感覚を研ぎ澄ませている必要があります。自分が着氷する時の状況がわかれば、怪我のリスクは減ります。とにかくジャンプ一つ一つに集中していることが大切です。

「チャイニーズアメリカンの精神を
もっと表現に活かしていきたい」
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では次に表現力についてです。今回は9点台をマークし、表現への評価が上がってきています。

点数についてはとても嬉しいです。でも来季や将来に向けて、演技ではまだまだやるべき課題が山積みです。この世界選手権で9点台を出せましたが、ジャンプを大きなミスなく跳べたことでパフォーマンススコアが上がったのだとしたら、今後はもっと演技面でスコアを伸ばしていきたいと思います。点数ではなく自分自身の感覚としては、もっと心の底からの表現をできたんじゃないかなと思います。

今季のフリー、映画「小さな村の小さなダンサー」は、中国から移民したバレエダンサーの物語。チェン選手にとっては意味深いプログラムだったと思います。その点で、もっと表現したかった、ということですか?

このフリーのプログラムは、僕の両親が中国から米国に移民した歴史と共通する部分があります。
主人公がたくさんの困難を乗り越え、目標のために努力していくストーリーは、僕自身にも重なる部分があります。僕自身、これまでのスケート人生で、怪我やスランプなど困難があっても乗り越えてきました。幸せなことに僕は家族と一緒にいることができますが、彼は自分の両親のもとを離れ、別れる決断をして移民しました。なので、この映画を表現するには、僕自身と両親の、両方の体験や気持ちを理解する必要があるでしょう。

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ご両親の歴史や、自身がチャイニーズアメリカンであることについては、演技力に繋がりましたか?

そうですね。僕の両親は20代の時に、中国からアメリカに移民しました。そして僕には2人の兄、2人の姉がいて、僕が5番目なのですが、全員がアメリカで生まれました。僕自身は、2回ほど中国に旅行したことはありますが、住んだことはありません。両親の歴史については、本当はもっと知るべきだと思っています。僕はアメリカで生まれ育ち、アメリカ人という気持ちで育っています。でも中国人としての連帯感もあります。中国も米国も、両方の国を誇りに思います。チャイニーズアメリカンという立場は、中国人ともアメリカ人とも仲間になれますし、もちろんチャイニーズアメリカン同士の繋がりもあります。そういう立場に生まれたことが、僕のアイデンティティーなので、今回のフリーに限らず、今後も表現力に活かしていきたいと思います。

クラシックバレエを子供の頃から習っていたと思いますが、その表現力は今回のモダンバレエ的な表現に、活かされましたか?

もちろんです。クラシックバレエは、子供の頃から長いこと習っていましたが、そのバレエ養成学校では、上のクラスを目指さず、徐々にスケートに集中していきました。今回はモダンバレエですが、やはり基礎にあるのはクラシックバレエです。

チェン選手は、ジュニア時代は、今よりももっとバレエ風の演技でしたね。

そうなんです。今は4回転ジャンプをたくさん入れているので、どうしてもジャンプ主体のプログラムになっています。でもできれば以前のように、踊れるタイプのスケーターの演技にしていきたいです。ジャンプ技術がもっと落ち着いてくれば、以前のようにバレエ的な表現にも力を入れていけると思います。

4回転アクセルは「挑戦しない」
5回転は「可能だと宣言しておきたい」
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今季は、平昌五輪でも世界選手権でも、6本の4回転に挑みました。来季もこのジャンプ構成に挑戦する予定ですか?

これからも諦めずに挑戦していきたいです。今回は、6本とも回転数は足りていました。ただ今後はルールが変わるので、今後2年くらいはまた違う変化があるのかなと思っています。一時的には、ジャンプの本数よりも質、という流行が始まるかもしれませんね。

さらなるジャンプ技術のアップという点はいかがでしょう?羽生選手は4回転アクセルに挑戦すると宣言していますが、チェン選手としては新しいジャンプについて考えていますか。

まだわかりません。ただ僕にとって4回転アクセルはとても難しいことですし、挑戦することはないでしょう。5回転については、今の4回転ジャンプの技術のまま磨いていっても、5回転は不可能だと思います。いずれ誰かが、ジャンプのフォームや跳び方、コツなどで新しいアプローチを見つけたら、その時には5回転が可能になるかもしれません。しかし僕はスケーターであり、アスリートは常に新しい技術に挑戦し、その限界を超えていかなければならない、という意味では「5回転もいずれはできます」と宣言しておきます。

4年後の北京五輪は、男子はどんな戦いになると思いますか?

4年後まではまだ時間があります。そして誰もが一番になれるチャンスを持っていると思います。みんな特徴が違い、そして優れたスケーターが揃っている時代です。技術的には4回転を誰もが跳べますし、演技力だって磨いていかないといけない。何か一つ長所があるというだけでは、勝つことはできない時代です。

4年後にむけてのゴールは?

2022年の五輪に向けては、まだ先なので細かいことは言えません。でもチームUSAはもっとメダルを獲らなければなりませんし、僕自身USAに貢献できればと思っています。そして今よりも、技術面だけでなく、人間としても成長していることが、何よりの目標です。

2018年3月、世界選手権にて取材

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