インタビュー - Interviews -

ネイサン・チェン選手
インタビュー

「ユヅルや僕でスケートの限界を押し上げていきたい」
エール大との文武両道も「バランスが取れた」

文・野口美恵(スポーツライター)

今季はGPファイナル、世界選手権と二冠を達成したネイサン・チェン(米国)。しかも名門エール大学に入学し、文武両道の生活を送りながらの王者君臨となった。多岐に渡る才能はどのように育まれ、今後はどんな道を歩むのか、チェンが語った。

「ユヅルがいる時代に生まれてラッキーだった」
日本のファンの応援を見て興奮
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まずは優勝おめでとうございます。圧巻の演技でした。

今回はショート、フリーともに力強い演技で、ジャンプもすべて降りることができて、本当に満足しています。もちろん、練習ではもっとジャンプをクリーンに降りていますが、そういった部分も含めて今回の演技をできたこと、そして優勝できたこと、すべてが嬉しいです。

フリーは、羽生結弦選手との、スケート史に残る名勝負でした。

ユヅルは本当に僕が心の底から尊敬している選手です。彼は、このフィギュアスケートというスポーツを発展させてきましたし、僕の手本でもあり、そしてやる気を刺激してくれる存在でもあります。今回は、この日本という地でユヅルと共に戦うことができて、本当に素晴らしい機会でした。昨年の世界選手権はユヅルが欠場だったので、優勝してもどこか王者という気持ちにはなれませんでした。ユヅルは2度の五輪王者。これは誰にも奪うこともできなければ、超えることもできないタイトルです。ユヅルを尊敬しなかった日はないというくらいです。

フリーは羽生選手の次の滑走順で、プレゼントの回収に時間がかかっていましたが影響はありましたか。

これまでにも、ユヅルの直後の滑走というのは経験してきました。ぬいぐるみがたくさん客席から降ってくるのは予想できましたし、それはむしろ嬉しいことなんです。ああ、これだけたくさんのファンがスケートを愛してくれているんだな、と思うからです。ユヅルのファンということは、僕の演技にだって注目してくれています。そういった意味で、ユヅルへのシャワーを浴びながら、僕も頑張ろう、僕の演技も見てね、というような気持ちになるんです。こんな風にファンから愛されているスポーツがあって、自分もそのファンの前で演技ができるのは、むしろラッキーなことです。ユヅルがいなくてファンも見に来ていない試合より、ずっとずっと興奮しますよ。

昨季の世界選手権、そして今回の優勝。重みは違いますか?

どちらも世界王者のタイトルという記録は変わらないと思いますが、僕にとっては意味合いが違います。ここ何度かの世界タイトルは、ユヅルがいない中で戦い優勝してきたことを、知っている人は知っています。ユヅルがいることで、僕だけでなく他の全てのスケーターが、この試合で最高の演技をしようと気合いが入ったと思います。そうやってハイレベルな試合に出会えたこと、ユヅルがいる時代に生まれることができたことを、とてもラッキーだと思っています。

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全米選手権、世界選手権と、2試合連続でのパーフェクト演技。どちらが最高の演技だったと思いますか?

どちらも違った意味で最高の試合でした。全米選手権もものすごくハイレバルな試合で、今回銅メダルのヴィンセント・ゾウや、ショート2位のジェイソン・ブラウン、さらに世界ジュニア選手権優勝の樋渡知樹などとの戦いでした。米国のファンの前で、最高の演技をできたことは大きな誇りです。そして世界選手権は、各国の競争を勝ち抜いた選手が集まっているわけですから、さらに過酷な舞台です。そして全米選手権からの2か月のトレーニングがどういう結果に結びつくかは、僕自身も注目していました。なぜなら2月は大学の学期末ということもあって勉強に集中していて、3月になってまたスケートを再開したからです。

普段の練習からパーフェクトを繰り返しているのですか?

いや、本番という興奮の中で、普段以上の力を発揮できたと思います。実は日本に来る前、先週の練習では4回転ルッツと4回転フリップの調子が悪く、出発前日の金曜でさえ跳べていなくて、かなり不安になっていました。なので、日本に着いてからは4回転のフォームをしっかり固めることに集中して、だんだん良くなって試合を迎えられたので、良い波に乗れていたと思います。

今回、こんなにハイレベルな戦いになることは予想していましたか?

もちろんハイレベルになるのは予想していました。ただ、僕は誰かの演技に注目したり、それを基準に勝とうと考えたりはしません。自分の過去の演技と比較して、もっと技術的に上手くなること、そして芸術的に素晴らしいものにすることに集中してきました。もちろん試合中に、他の選手がどんなことをやったかは大まかには知っておきたいですし、試合経過は見ています。それを受けて、自分のジャンプを変えることは可能ですが、そういった危険はあまり冒さないようにしています。自分が練習してきた通りに、できる限り最高の演技をするようにしています。

男子は4回転をショート2本、そしてフリーで3本以上という時代です。その先頭を走っているという実感はありますか?

何種類もの4回転、とくにルッツとフリップが跳べるということは、今季は本当に大きな強みになりました。すべてのジャンプがいつも調子良いというわけではないので、試合ではどの4回転を組み合わせていくかという点をよく考えました。今季は4回転サルコウの手応えを感じていなかったので、試合では入れませんでした。4回転ループもシーズン始めには入れようと思っていましたが、上手く調整できなかったので入れませんでした。

エール大に進学し、友人たちから刺激
「視野が広がり、スケート以外の自分も見つけた」
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今季は大学との両立が大きな話題になっています。なぜ数ある名門大学の中でもエール大を選んだのでしょう?

まず大学の教育プログラムが素晴らしいということ、そして僕のスケートをサポートしてくれるという点で選びました。エール大では、単に大学の授業を頑張るだけでなく、さまざまな分野の一流の人が集まっています。そしてお互いを応援するという文化があります。今回も、エール大のたくさんの仲間から応援のメッセージがきました。皆に支えられているというコミュニティをスケート以外の世界で得たことは、本当に大きなことでした。

大学のリンクを使って練習もできるそうですね。

そうです。エール大では、リンクが空いている時間を僕に自由に使わせてくれるので、本当に助かっています。これがカリフォルニアのロサンゼルス大学だったらそうはいきません。男女の強いアイスホッケーチームがいますから。なので、毎日僕が練習できる時間をもらえるなんて、本当に信じられないような幸運です。

ホームリンクはカリフォルニアですが、一人での自主練で不安はありませんか?

気になることがあれば、動画を撮ってラファエル・アルトゥニアンコーチに送って相談することもあります。でも4回転ジャンプはすべて昨季までに跳べているものですし、大きく悩むことはないです。大学のリンクは寮から徒歩5分で本当に楽だし、それでも練習が足りないときは車で40分くらいのリンクにも行きます。運転も自分でします。何でも自分でこなす、それが今年のスタイルです。

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素晴らしい文武両道ですね。実際どんなスケジュールなのでしょう?

春学期は、毎日5時間のクラスがあったのでかなり大変でしたが、秋学期になってから少し落ち着きました。月、水、金は5コマ、火、木は2コマです。水曜は夜の補習クラスがあるので、もうちょっと忙しいかな。でも大体は朝から始まって、昼過ぎには終わるので、自分の時間はたくさんあります。空いた時間でリンクにも行きますが、図書館や自習室でテキストを読んだり、友達と学食に行ったり、色々なことをします。重要なことと、それほど重要ではないことの仕分けが上手くなったので、自分の時間を見つけられるようになりました。今は忙しくても友達とリラックスする時間を見つけて、大学生活を楽しんでいます。

どんな友人ができましたか? オスカーの受賞者までいるそうですね。

そうなんです。ある授業のクラスメイトで、彼女も同じ1年生ですが、今年のオスカーを受賞しました。凄いことです。それに僕以外にもアスリートはたくさんいて、プロのバスケットボール、フットボールの選手もいます。まだ会ったことはありませんが、ホッケー選手もいると聞いています。

大学の友人とはどんな時間を過ごしていますか?

皆で学食で食事をしたり、図書館で一緒に勉強したり、キャンパスを歩いたり、色々です。誰かの宿題を手伝ったり、手伝ってもらったり。あと寮のルームシェアのメンバーとは毎日夜まで色んな話をしたり、ご飯を誰かが作ってくれて食べたりということもあります。スケート以外のこと、たとえば環境問題とか政治とか、経済とか、統計学とか、色々な話題で盛り上がるんです。本当に刺激的ですよ。

大学とスケートの両立は、見事に上手くいっているようですね。

今シーズンの生活は、競技人生の中でも一番気に入っています。大学に慣れるまでは大変だったけれど、今はスケート以外の自分の考え方や存在意義というのを発見できて、本当に世界が広がりました。自分にはスケートだけではないんだ、ということも発見できました。スケートの次なる人生では、どんな風に世の中に貢献していこうか、ということも考えられるようになりました。

早期教育を受けて、小学校は飛び級
「両親のお陰でたくさんのチャンスをもらった」

素晴らしい文武両道を成し遂げていますが、どんな早期教育を受けてきたのでしょう?

早期教育プログラムという点では、ELTプログラムと呼ばれる教育を受けていました。幼稚園のときに小学校1年生の授業を終えて、ソルトレイクシティの公立小学校に進み、5年で卒業しました。そのあとカリフォルニアに移住してから中学は1年、高校は1年通いました。あとは平昌五輪もあったのでオンラインスクールに切り替えてスケートに集中し、五輪が終わったので今季からエール大学に入りました。

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素晴らしい経歴を支えているのは、ご家庭の教育方針もあるのですね。

そうです。5人兄弟の末っ子ですが、最低限でも大学は卒業するようにと言われて育ったので、全員が大学在籍か卒業をしています。でも大学卒業が両親の求めるものではなくて、いつも夢中になれること、情熱を注げるものを見つけることが大切だと言われてきました。両親は本当に苦労した人生だったので、僕たち5人には自分たちが経験できなかったさまざまなことを体験させたいと考えています。なので、勉強もスポーツも他のことも、色々な機会をたくさん提示してくれて、いつも僕たちはそれを選べば良いように、チャンスを与え続けてくれました。

母親からは「勉強しなさい」とか「スケートしなさい」とか言われるんですか?

ははは、もちろん言いますよ。やっぱり子供のうちは、何が自分の将来に良いのかわからないですから、ある程度のガイドが必要です。自分が何をしたいのか、そして何が得意かを発見するには、親の導きが大切でした。色々なスポーツをさせてもらって、結果的にフィギュアスケートが一番だとわかりました。子供の頃は、本当はアイスホッケー選手になりたかったんですが、スティックさばきが下手だから、違う競技が良いねと指摘されました。それと同時に母は、今は学校にフルタイムで行くべきだということも強く薦めてくれました。常に正しい指標を示してくれていたと思います。

クラシックを基礎に新しい自分を探求
ライバルがいるから自分も進化できる

では、今後について聞かせてください。ここ2年はクールなタイプの選曲が続いていますが、もとはクラシックな曲も得意でしたね。今後はどんな選曲を考えていますか。

ここ2年で選んでいるモダンダンス的な作品は、僕も本当に気に入っています。でも子供の頃にバレエ学校でクラシックバレエを身体に染み込ませてきているので、やっぱりクラシックを踊るときのポジションが快適というか、踊りやすいなと思います。ただ、今はクラシックに戻るというよりは、新しい分野、新しい自分を開拓してみたいなと思っています。まだ本物のジャズは体験していませんし、タンゴも踊ったことがない。他にも挑戦していないジャンルがたくさんあります。これからは、クラシックが基礎にある上で、新しい分野を探求したいと思います。

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今回のような素晴らしい演技を達成できると、次は一体どこを目指すのでしょう?

ユヅルはショート後の会見で、全米選手権での僕の演技を見て刺激を受けてやってきたと話していました。まさにその通りで、僕もユヅルの演技を見て刺激を受けてきました。ユヅルはフリー後に「4回転アクセルを跳びます」と宣言しましたが、本当に僕もユヅルの4回転アクセルを見たいです。それを見たら刺激を受けて、もっと進化しようと思えるからです。それは一人ではできないこと。ハイレベルなライバルが目の前にいるからこそ、限界を超えるという厳しい挑戦にも立ち向かえると感じています。スケートのジャンプの限界を、僕やユヅルが押し上げていくんだ、という気持ちでいます。

ありがとうございました。

2019年3月、世界選手権にて取材

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