インタビュー - Interviews -

樋口 新葉選手
インタビュー

「自分と他人を比較しない生き方」でつかんだ
4年越しの五輪とトリプルアクセル

文・野口美恵(スポーツライター)

北京五輪では、団体戦で銅メダル(暫定)を獲得し、個人戦では五輪史上女子5人目となるトリプルアクセルを降りた樋口新葉。この4年、そして五輪を経て変化していく心境を語った。

気持ちも練習も変わった3季前
「トリプルアクセルがないと北京五輪には行けない」
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改めて4年前を振り返ると、どんな気持ち、どんな決意で北京五輪へのスタートを切ったのでしょうか。

4年後の五輪を目指すなら、やはりトリプルアクセルを跳びたいという思いは強かったです。でもその翌シーズンは怪我もありましたし、自分自身がどんな演技をすれば自分らしいのか分からない時期もありました。「もう五輪は厳しいんじゃないか」と感じる時もあったんですが、2019-2020シーズンにトリプルアクセルに挑戦し始めてから気持ちが変わっていきました。

2019-2020シーズンは、四大陸選手権でトリプルアクセルを公式戦初挑戦。昨季はほとんどの試合で挑み、今季の成功へ繋げていきましたね。

やはり「トリプルアクセルを跳ばないと勝てない、北京五輪には行けない」と気持ちが固まったことで、2019年からは練習内容も変わっていきました。アクセル以外の練習は早めに終えるようにしたり、貸し切りの前半でプログラム、後半でアクセルと決めたりするなど、トリプルアクセルのための練習計画を立てました。岡島(功治)先生からは、踏み切りや空中で締めるタイミングなどのアドバイスを貰いましたし、あとは自分で感覚を見つけていきました。助走のコースやスピード感は自分の感覚でつかむしかないので、一番良いものを探して、安定させるようにしていきました。

五輪シーズンを迎えるにあたり、プログラム選びも重要になったと思います。4年前はフリー『007スカイフォ−ル』が樋口選手の代名詞となりましたが、今季は、ショートは軽やかなメロディの『Your Song』、フリーはドラマティックな『ライオンキング』を選びました。

私としても『007』のプログラムは大好きですし、他のシーズンのプログラムもどれも気に入っていました。今季は先にフリーで『ライオンキング』を滑りたいというのが決まっていたので、ショートは雰囲気の違う曲をと考えました。自分らしさを残しつつ今までとは違う部分を出せたほうが、新しい表現も見せることができていいのではないか、と考えたんです。色々な曲を聞いていくなかで『Your Song』の歌詞が気に入りました。皆さんが私をイメージしている強さやテンポの良さがある曲調ではなかったかもしれませんが、五輪に向けて新しい気持ちで練習できたから良かったなと思っています。

『Your Song』は20歳、21歳のシーズンにふさわしい、力の抜けた美しさを感じました。

シェイ=リーン・ボーン先生の振り付けで、佐藤紀子先生にも細かい部分を見ていただいて表現を磨きました。ショートはどうしても「ミスしてはいけない」という焦りを感じたり、気持ちが追い詰められやすいのですが、この曲は演技中ずっと笑っていないといけません。なるべく笑顔でいるうちに、笑うことによって気持ちが保たれていく感じがありました。そういう点では、焦りをうまく抑えて冷静になることができるプログラムだったと思います。最初から最後まで幸せな気持ちで滑ることができるメロディで、あまりジャンプのことばかり考えずに、軽い気持ちでジャンプを跳ぶことが出来ました。

ショート、フリーで3Aを跳び分け
シーズン中に技術と安定感を磨く
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五輪シーズンが始まり、GPシリーズ初戦・カナダ杯のフリーでトリプルアクセルを成功。さらに11月のオーストリア杯ではショートで成功させました。

ほとんどの大会でトリプルアクセルを降りられたので、試合を追うごとに自信に繋がっていきました。シーズン前半はショートとフリーで違った助走での跳び方にしていました。違うコースから入れるようになれば色々な跳び方ができるようになり、もし本番でバランスを崩しても対応することができるからです。でも最終的に五輪のときはほぼ同じコースにしました。同じコースの練習だけを重ねることで感覚が安定して狂いにくくなるので、五輪での成功確率を高めるためです。ただ、ショートは助走の時間を短くしてスピードは出さずに、曲の軽やかな感じにタイミングを合わせて軽やかに跳ぶように意識していました。

北京五輪では、個人戦のショートとフリーでともに成功しましたね。

今季の一番の目標が五輪でトリプルアクセルを降りることだったので、それが達成できたことは本当に良かったです。むしろ成功したことで他の部分ももっと上手くなりたいと思うようになりました。

五輪でトリプルアクセルを降りた女子としては、伊藤みどり、浅田真央、長洲未来、カミラ・ワリエワ(暫定)、に次ぐ5人目となりました。

五輪以外も含めれば既にトリプルアクセルを跳んでいる女子はたくさんいると思っていましたし、「五輪5人目」というのは言われてから知りました(笑)。ある時を境に、他の人と自分を比べない、他の人のことを気にしない、ということを意識するようになっていたので、トリプルアクセルも「何人目」ということは考えずにいました。

「ある時」を境に変化した考え方
大学の友人達から学んだ、リセット術

「ある時」ということですが、それはどんな時期だったのでしょう?

平昌五輪に行けなかった後です。翌シーズンには怪我もしましたし、2019年に大学に入り、そこで友人に恵まれたことが大きかったです。大学では他の競技の選手や、スポーツをやっていない子とも話す機会が増えました。以前はスケート関係の方々と一緒にいる時間が長く、スケートのことばかり考えていましたが、私の場合そうなると何も良いアイデアが浮かびませんでした。もちろんスケートに集中すればするほど上手くいく人もいると思うのですが、私はそうではなかったんです。スケート以外の人達と話すことで、新しい考え方をたくさん知り、それが私のプラスになっていきました。

大学の友人の存在が大きいのですね。どんな考え方を身に付けましたか?

大学の友達に「なんで勝てないんだろう」「なんで跳べないんだろう」と悩み事を相談すると、「一回考えるのをやめたら」と言われることが多くありました。まず一旦気持ちをリセットしてみるというやり方を知り、そうしたら切り替えも早くなりました。今までは1つのことについてずっと悩んだり、比較しなくていいことまで他人と自分を比較して気にしていたのですが、一旦リセットすると、気にしすぎていた自分に気づいたんです。もちろん選手なのである程度他人のことは気にしなければなりませんが、それは私のモチベーションにはうまく繋がっていませんでした。

他人と比べないようになったことで、試合での精神面、練習での精神面、どんな風に変わりましたか?

例えば試合中は他の人の点数も演技も見ないようにします。見ることで自信をなくしてしまうこともありますし、自分に集中したいときはとにかく他の人のことを見ません。あとは普段から、自分にとって良いこと、悪いことの判断もできるようになったと思います。自分で良いなと思ったことはスケートでも取り入れてみますし、自分がマイナス思考になりそうなことには近寄らないようにするといった判断ができるようになりました。人と比べないという意味で、他に誰がトリプルアクセルを成功しているのかは気にせず、自分にとって必要だから跳ぶ、と考えるようになりました。

しっかり休んでリセットして次に向かう
自分のペースをつかめたことが自信に
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「他人と比較しない」という考え方を身に付けてからの樋口選手は、本当に自然体で生き生きとしていると思います。

コロナ禍の2020年春に2か月間氷上で練習できなかったことも自分にとってはむしろプラスの自信として捉えるきっかけになりました。もし怪我や病気で長い期間休んでも焦らなくて大丈夫だ、という自信です。今季も、五輪のあとに右足を痛めてしまい、世界選手権はなんとか乗り切りましたが、このオフの間はしっかりと怪我を治すことを優先しようと考えることができています。いったん休んでも、ずっと子供の頃からやってきたことなので、全く滑れないということにはなりません。そういった練習の計画やペースに自信を持てるようになったのは大きな変化だと思います。

日本の選手は休暇を取る選手は少ないですが、樋口選手は、しっかりとオンオフを切り替えるタイプですね。

試合が一戦終わったあとの休む時間やシーズンオフの休み方も自分のペースが分かってきました。良いリフレッシュをして心も体も休めたほうが次の試合やシーズンに向けて頑張ることができると分かったので、自分に合った休み方を取り入れられるようになりました。全日本選手権の後も正月明けまで1週間くらい休んだのですが、他の選手が正月から練習しているとしても、自分はそれができないタイプだということが分かっていました。他人の情報を聞いて焦って練習して、それで調子が落ちてしまったら意味がありません。ちゃんと期間を決めて休んで、そのあとちゃんとトレーニングすることが大切です。結果的に2月の五輪にピークを持っていって良い結果を残すことができたので、自分で考えてペース配分していったことに意味があったと思っています。

岡島先生と17年目
「お互い成長した(笑)」意見を話し合う練習スタイルに

改めて、五輪シーズンを駆け抜けてみて、感じたことはありますか?

五輪期間に、SNSのフォロワーが3〜4万人くらい増えて、それには驚きました。五輪というものがこんなに影響力があり、出ることは凄いことなんだと改めて思いました。その中で結果を残している人たちの強さを改めて知り、私ももっと上に行きたいと思うことができたので、目標が高くなったという意味で五輪はとても良い試合でした。

4回転への意欲も出てきていると思います。

トリプルアクセルや4回転は魅力的ですし、跳ばないと点数が上がっていかないので、いずれやらなければならないのは分かっています。ただ今季を振り返ると、まずはトリプルアクセルを入れて自分ができることをすべてきっちり成功させるということをやりたいです。その先に4回転を増やすという気持ちです。

4歳の時から習っている岡島先生と五輪に行くことができたのも、本当に良かったですね。

小さい時は先生の言うことをちゃんと聞いていましたが、高校生くらいからは先生に言われたことができなくなったり、調子が落ちるなか先生と話し合いもできない時期がありました。やはり4年前は五輪に行けず、大学に入ってから話合いをする機会が増えていきました。「私はこうしたいけど、先生はどう思っているか分からない」と説明すればお互いの考えが違っていることに気付けますし、「じゃあ先生の言う通りに一回やってみて」とか「じゃあ新葉のやり方で1回やってみたら」のように、やり方が見つかります。北京五輪を目指して行く過程の中でお互いが成長したと思います(笑)。

4年後のミラノ・コルティナ五輪の頃は25歳です。大学の友人や岡島先生の存在もあり、精神的にもさらに成長した樋口選手が見られそうですね。

大学の友人はみんな、すごく私を大事にしてくれて、私にとって良いことも悪いこともちゃんと言ってくれます。大学生になってから色々な考え方を知ることができたことが自分にとってプラスになりました。岡島先生との関係も、リンクでは先生の言うことも聞きますし、自分の思っていることを提案したりもします。先生は他の先生や振付師の方から聞いたことをどんどん取り入れようとしてくれて、「自分の教え方じゃないとダメ」というタイプではなく、すごく人の意見を聞いてくれるのが有り難いいと思います。私の成績が悪かった時期もずっと見捨てないで教え続けてくれたことに感謝しています。私が上手くいかない時でも、まず話を聞いてくれるところが好きですね。

五輪の演技後は再び4年後を目指したいと話していました。

選手村にいた3週間は毎日色々な経験ができました。毎日様々な競技の選手と触れ合い、頑張っている姿を見て自分も頑張りたいと思うことができましたし、4年後に自分ができることをもっと増やして、もっと強くなって、また五輪の場で滑りたいなと思いました。ただ、世界選手権が終わってみると、もちろん4年後の五輪に出たいという夢はありますが、いきなり4年後を考えるというよりは、1年1年の小さな目標を達成してきた積み重ねがあってこそ五輪に行けるのだと思います。4年後に向けてはまず全日本選手権でちゃんと優勝すること。そこから自分の可能性をもう一度考えていきたいと思っています。

ありがとうございました。活躍を期待しています。

世界選手権後の2022年4月、リモートにて取材

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