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インタビュー|ソン・ニアン・アン「Artificial Conditions — Something To Grow Into」

ソン・ニアン・アン 写真家 ソン・ニアン・アン 写真家

“写真新世紀の取り扱うボリュームそのものが
写真界全体にとっても、進むべき道なのかもしれません。
写真はまだまだ若いメディアだと思いますが、
私たちの前進するその道はとてもエキサイティングであると改めて感じています。”

2018年度[第41回公募]グランプリを受賞したソン・ニアン・アン。
受賞作「Hanging Heavy On My Eyes」はシンガポールの大気汚染の数値を露光時間に換算し、
異なるグラデーションとして表現した斬新なものだった。

受賞から1年、新たな映像作品「Artificial Conditions — Something To Grow Into」を個展で披露、
アーティストとして取り組む写真、映像、その表現の可能性についてお話を伺った。

— グランプリ受賞おめでとうございます。受賞から1年たちましたが、なにか変化はありましたか?

グランプリを受賞して、作品を認めてもらえたことはとても重要でした。写真を究極に考えていくと、いかにして光に取り組むか、遊ぶかということですよね。受賞作品は、コアなむきだしのフォーマットで、すべてを剥ぎ取ったものとして表現しました。私の表現、取り組み方は、現代的で、コンセプチュアル・アートです。この受賞によって写真の可能性を認めてもらったように思っています。まだそこに至っていない、押し進めていないところはありますが、さらに突き進むということでしょうか。
もう1つ言えば、写真新世紀の取り扱うボリュームそのものが写真界全体にとっても、進むべき道なのかもしれません。同時にこの写真市場においてキヤノンが最大のプレーヤーでいてくれること、42回も続いている公募展で、私をグランプリに決断してくださったことは光栄でした。写真はまだまだ若いメディアだと思いますが、私たちの前進するその道はとてもエキサイティングであると改めて感じています。

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写真との出会い

— 写真をはじめたきっかけは?カメラを表現のツールとする、その可能性についてどのようなお考えをお持ちですか?

私は、17歳の時、ビジュアル・コミュニケーションを学ぶためのディプロマ・プログラムに参加していました。グラフィック・デザインや写真全般に取り組めるというカリキュラムで、それが写真の世界に入るきっかけです。私は、カメラがさまざまなディテールを捕らえ、あらゆる表現に対応できるという特殊な能力に惹きつけられました。 カメラ、写真のテクノロジーと共に前進するにあたり、今、私たちがいる段階は、写真が自分を表現するツールという形でようやく受け入れられ始めた段階です。それは写真やカメラを非常に重要なものとして位置づけていると思うんです。カメラのテクノロジーをどんどん発展させていこうとする中で、例えばより大きなイメージを捉えることができるようになったり、 クオリティ自体も上がっています。そして、いろいろな可能性はあるけれども、イメージを作り上げて表現していくという点では、基本に立ち返ることもできます。性能のよいカメラであれば、光が少ない環境であっても、対象を捕らえることができるし、シャッター・スピードが早く切れることで、すごく速く動いているものも捉えられます。またスローなシャッター・スピードで、ぼんやりとしたイメージも同時に撮ることができる。こういったことがカメラや写真の利点だと思います。

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科学、そのものを考えた時にもやはりカメラが重要です。科学を細かく見ていく上で、例えば、どういったカメラが開発できるの?という点も考察できると思うし、調査にも使うことができます。みなさん、モバイルフォンを持っているので、カメラができることやカメラの応用が効くことに馴染んでいますよね。カメラの将来をさらに押し進めて考えてみるとそこまで確信を持っては言えませんが、多くの人がすでに自分は写真家なんだぞって思える時代です。でももっとやっていこうよと呼びかけていきたいんです。そうなってくると今度はビジュアル・リテラシーと呼ぶもの、これだけ多くの人たちが自分のカメラを持っている、所有しているなかで、じゃあどう使っていくのかというところにつながっていくと考えます。
そうなってくると、今後は、写真の世界でのキープレーヤーがこのビジュアル・リテラシーにどう着目していくのかというところも見ていかなければならない。私たちは常にビジュアルに囲まれています。どこにいても写真がある。現在のコミュニケーションのかたちであると思います。

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新作について

— 今年の新作「Artificial Conditions — Something To Grow Into」は、どのようなプロセスを経て制作されましたか?

今回の新作は、過去数年の取り組みにコンビネーションをかけたような、二作品を組み合わせて制作しました。この作品は、より歳を重ねて成長していくというコンセプトがあります。若い苗や鉢植えの植物、あるいは植物園などで撮影したこれらは、自然を感じさせるランドスケープそのものです。そのランドスケープの中の一部をシーンとして切り取り、それを鑑賞者が見ているようなイメージに仕上げました。これは、写真を見る側であるオーディエンスに対して様々なヒントを与えるということ、写真によって含まれている量は違いますが、これは本当に鉢植えの植物なのか?何か植物の種のような生命体が地下でコントロールされて表面に出てきているのではないか?など、そういった物事を提示しています。私は、これまで、自然、あるいは植物を用いたスチル作品を発表してきました。今回は、私たちが経験を通して体験する“時間”を導入したコンセプトを用いて映像で表現したかったんです。

アプローチとしては、オーディエンスが、見ているという気持ちを持って見てもらうことが重要で、写真を見ているという感覚を残しながらも、ゆっくり柔らかく植物が動きを見せている、そういった感覚を表現したいと思いました。私たちは、実際、植物を育てる時、植物の生育過程をじっくりと観察することはできません。実際に植物が育っていくところをドキュメンタリーで撮ればいいのではないか、というような考え方もあるとは思いますが、私としては少しリテラルというか、そのまま生育しているね、という要素を強く出したかった。
2分間の短いシーンを作り上げ、見る側に普段よりもう少し深く注目してほしいと考えたのです。そして、単なる自然界にある植物だけではなく、私たちがより馴染みのある植物のかたち、例えばここであれば鉢植えの植物に目を向けてほしい、という意図がありました。鉢植えの植物、植物がそこに植えられているということこそが、ランドスケープということなんです。
今は不幸にも、自然や物を何かしら切り取ってきたものをコモディティであるとか、あるいはプロダクトといった形で使っています。そして大量生産しているんです。それを時にはランドスケープの中に入れ込むということをします。
それはまるで私たちが再び自然の中にいるという気持ちを得るためにすることなんです。私にとってこの自然から人工へ、そしてまた自然を再び作り上げるというプロセスがとても興味深いコンセプトであり、私の目を惹いているところです。私の究極的なキーワードは、コントロールということです。
コントロールというコンセプトは、私たちが植物をコントロールしているという、そういった表明でもあります。私の前作「Hanging Heavy On My Eyes」もまさにコントロールという要素がありました。このコントロールという考え方は、私たちが植物の世界を全体的にコントロールしているそのやり方にも応用されています。今回の作品は、森や泥炭地などを燃やしてしまった結果です。私たちの持っているアジェンダのために、自然を大きく操作したという、そういった非常に強い制御が効いているのです。

— 「Artificial Conditions — Something To Grow Into」は、映像と組み合わされたポットのインスタレーションが壮大でしたね。シンガポールから送られてきましたが、量の多さにびっくりしました。

1万個のポットを準備しました。植物園などで実際に売られているプロダクトとして何があるのかというところから収集した結果です。どんなに若い苗木であっても、それぞれ個々の鉢植えが与えられている。例えば私たちが植物を作る、育てるにしても、合成プラスチックなどで生産して、それごとをみなさんの前に届けるという仕組みになっています。私たちは、その鉢植えの植物を育てたいと思うように、ポットは、言わば欲求を支えるための手段です。
それらは、植物のコントロール下においてどういった関係性が持たされるのか。自然から人工を切り取って、また再び自然を作り直そうとする動きがある。 そこから、私はこういった鉢植えの植物を用いてランドスケープを作ってみようという、アイディアが浮かびました。ご覧いただいたらわかりますが、これを表現するにあたっては、いかにオーガナイズしてアレンジを加えるかというところに注力しています。植物のプランテーションを見た時に、そういった表現から、木々はまっすぐには生えないということや鉢植えは人為的で整理されて並べられているということに気が付く。これらが重要なモチーフであり、また作品全体にとっても非常に大きな要素になっています。

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— 今後どのような取り組みにチャレンジしていきたいと思われていますか?

作品を見てくださる方が私の提示したこと、その問題について考えてみたり、逆に問いかけをしたくなるような新たな作品を作っていきたいと思っています。私が何を思い、 どのように世界を見ているかを感じ取ってほしい。そして、ご自身たちの問いを自分の中で導き出してほしいと願っています。ですが、私は、 この人たちにこう見てほしいというような特定の見方を押しつけるつもりはありません。アートの役割としてはそこが一番重要だと思っています。 これはまだスタート地点です。アジアだけでなく、できれば世界中で、実際に起きていることを撮り集めていきたいと考えています。

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— 将来の計画をおしえてください。

「Hanging Heavy On My Eyes」、そして今年の作品もしかりですが、より大きなプロジェクトに拡大していきたいです。特に大気汚染の問題、これは国しかりのものではなく、誰の所有物でもありませんが、みんなにとって実は同じ、共有しているものです。
同様に、私たちが自然や鉢植えの植物をどう消費していくかということ。これらは強いつながりが見られます。コンシューマリズム、要は消費者主義ですとか、あるいは金融のところにもかなり強いつながりがあるのです。
一見違う要素かもしれませんが、二つの作品は共通の糸で繋がっています。実は世界中で起きていることだと思うんです。さらにデータを集めていきたい。もしかしたら他の違ったフォーマットで語れることがあるかもしれない。国、1国に限ることではないかもしれないし、あるいはシンガポールという国を見ただけでも5年、10年かけて見ていくべきだと考えています。今取り組んでいる鉢植えの植物のシリーズもそうですが、それがどういうふうに今後動きを見せていくのかも注目したいと思っています。
例えば苗ですが、ずっと自国で育っていくというわけでもない。どこかの国で育ち、そしてそれをさらに他の気候に動かしていくことも考えられるわけです。これもコントロールの一種であると思います。

— これから応募する方たちにメッセージをお願いします。

応募する方々は、それぞれ異なる伝えたいコンセプトや物語を持っていると思います。
それらを自分でちゃんと信じていられるのかが重要だと思います。私は、絶対にコンペに応募したいと思っていました。今回受賞しなければ、次にチャレンジする。そして、次なら勝てると信じていました。審査員は変わりますが、自分の作品、その重要性をちゃんと自分自身が信じるということが大切です。作品づくりのアプローチに関していえば、写真の手法としてすでに知っているもの、わかっているものをどう使い続けることができるかがということも1つありますね。また何かの問題について私たちはどう語っていくのか。あるいは既存の手法を踏まえた上でさらにどんな新しい表現を模索し、それを達成していくのかということを考え始めてほしいと思います。

— ありがとうございました。

PROFILE

ソン・ニアン・アンSONG-NIAN ANG

1983年シンガポール生まれ。
ロンドン芸術大学キャンバーウェル・カレッジ・オブ・アーツおよびロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションでそれぞれ写真の学士号、修士号を取得。2012年にロンドン芸術大学ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションの大学院での研究に対し、International Graduate Scholarship(留学生対象の大学院奨学金)を獲得。現在は、シンガポールの南洋理工大学のアート・デザイン・メディア学部で教鞭をとっている。
人間の行動をトレースし様々な素材を用いて風景の中に可視化するドキュメント写真やインスタレーションを生み出している。思考の解説やビジュアルを通したイデオロギーに関心を持ち、コンセプトに対して綿密なアプローチを好み、作品にも細部までさらけ出すスタイルを取り入れている。

個展
2015年 「A Tree With Too Many Branches」
2016年 「As They Grow Older And Wiser 」(バンコク大学ギャラリー)
2017年 「Hanging Heavy On My Eyes」(DECK、サンダーランド大学プリーストマンギャラリー)
 
グループ展
「Unearthed」(シンガポール・アート・ミュージアム)
「Engaging Perspectives」(現代アートセンター / シンガポール)
 
受賞
2010年 アソシエーション・オブ・フォトグラファーズ賞(イギリス)
2010年 eCrea賞(スペイン)
2012年 ノイズ・シンガポール写真部門グランプリ
2018年 写真新世紀[第42回公募]グランプリ
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