群鶴図屏風
ぐんかくずびょうぶ
高精細複製品
- 材質
- 和紙に印刷・金箔貼付
- 制作
- 綴プロジェクト 第18期 2025-2026年
- 寄贈先
- 兵庫県立歴史博物館
原本
- 作者
- 石田幽汀(いしだゆうてい)
- 時代
- 江戸時代 18世紀
- 材質
- 紙本金地着色
- 員数
- 六曲一双
- 寸法
- 各隻 縦156.6 × 横354.8 cm
- 所蔵
- ミネアポリス美術館
解説
播州明石郡(現在の兵庫県明石市)に生まれた石田幽汀(1721–1786)は、狩野探幽の流れをくむ鶴沢探鯨(つるさわ たんげい)に学び、のちに禁裏の御用絵師として活躍した人物である。今日では円山派の創始者・円山応挙(1733–1795)の師として語られることが多いが、京都における江戸狩野の系譜と円山派をはじめとする諸派をつなぐ存在として、その役割は極めて重要である。
法橋(ほっきょう)の落款から1757年から1777年頃の制作と考えられる本作は、金地を背景に、右隻・左隻を通して三十六羽の鶴の群れが描かれている。仔細に見ると、タンチョウ、マナヅル、ナベツルなど複数の種類が描き分けられており、さまざまな姿態をとる鶴たちが画面に変化とリズムを与えている。狩野派の伝統を踏まえつつ、豊かな装飾性と写生的な観察を組み合わせた本作は、幽汀の卓越した技量を示すとともに、自然主義への関心が高まった江戸中期の時代性をよく伝えている。

