1999グランプリ
ARTIST STATEMENT
日常らしさ
この作業は「日常らしさ」を疑うことです。見慣れている家の中。普段は日常に溶け込んでいて、とりたてて気にもとめない身の回りの光景。その光景を写真に置き換えていくと、その写真に「日常らしさ」が見当たらないことに気がつきました。まるで幻であったかのように消えているのです。普段の意識では捉えることのできる「日常らしさ」が、写真の突き放された時間の上では見当たらないのです。そして、逆になくなってしまったことで、疑わしい「日常らしさ」となって意識の中に浮かびあがってくるのです。写真は日常では気がつかないことを感じるための道具でもあると思います。他人の家を訪ねると、しばしば、異様に見えることが、日常としてまかり通っていることを不思議に思います。家族という小さな集団の中で、家族にだけ通じる常識によって作られていく「日常らしさ」というものは、他人から見ると本当に奇妙でおかしなものです。また、こういうことは、家庭内の事柄だけにとどまらず、集団と呼ばれるあらゆる集まりで見られることではないのでしょうか。この作業を通して、自分自身のうちにある「日常らしさ」が、作りごとであるということを意識したいのです。
審査評 選:飯沢 耕太郎
大判カメラでしっかり撮られたさりげない「日常」の光景だが、よく見るとちょっとしたズレがある。風呂場の器具にピンクのゴム手袋が乗っかっていたり、盆栽と無機質のホースが隣り合って並んでいたり。畳の上に正装で立ち尽くしている初老の男性(作者の父上だろうか)も、なんとなくロウ人形のようだ。おそらく、撮影の時に被写体の位置を少し置き換えたり、並べ変えたりすることもあるのではないだろうか。「日常」に仕組まれたコンストラクテッド・フォトといった趣きもある。そのような微妙な操作によって「日常」を「日常」たらしめている「日常らしさ」の構造が浮かび上がってくる。見かけよりずっとしたたかな、批評的な作品ではないかと思う。作者のクールな姿勢が貫かれていて、質の高い連作になっていた。
PROFILE
安村 崇Takashi Yasumura
写真家:1962~2005年
1972年滋賀県生まれ。95年日本大学芸術学部写真学科卒業。99年に「第8回写真新世紀」年間グランプリ受賞。2005年に写真集『日常らしさ/DomesticScandals』を発表。同年、パルコミュージアムで「安村崇写真展」を開催。2006年にはマドリードでグループ展「Photo Espana」参加。2017年に写真集『1/1』を発表。