2011優秀賞
ARTIST STATEMENT
Girl
東日本大震災を経験して以来、いつまで続く命なのか分からないという切迫感から、感情や記憶といった、実体を持たず変容し続ける内的世界を写真に残しておきたい、と強く思うようになりました。
当時思いを寄せていた友人との心理的距離感、頻繁に見る同じ夢、曖昧で脆い記憶。『Girl』ではそれらを可視化するために以下三つの手法に取り組み制作しました。
一つは、被写体への思いや温度感までもが宿る写真を、一度プリントというモノに焼き付け、冷静にそのモノを複写することによって、被写体と自分との間に一枚の膜を隔てて、心理的距離感を表現できないかと考えました。
またクッションやカーテン、スカーフの様に、軽やかで簡単に超えていくことの出来そうな壁。しかし紛れもなくそこには一枚の隔たりがある、というモチーフを頻繁に登場させました。
逆光による視界不良やフォーカスの甘さ、遠のく後ろ姿。それらも同じ理由で、被写体との心理的距離を表現するために多く選び、構成しました。
次に、トリミングや順番を部分的に変えながら、一連の写真の流れを二周させました。つまり、写真集では全く同じ写真を二回ずつ登場させています。
この反復によって、鑑賞者は写真に対する既視感に途中で気が付き、本をめくり返します。ページをめくり返す行為そのものが、まるで頭の中で記憶を辿り、思い出そうとする感覚を身体化したものであり、また、同じ夢を繰り返し見るという記憶の反復を表現することにも通じています。
最後に、ドレープの写真を一定の間隔で構成に組み込みました。
睡眠中に作られるベッドシーツの皺は、少し触れるだけで簡単に形状を変えてしまう、そういった意味で奇跡的かつ刹那的な形だと言えます。夢の“記憶”という、曖昧で脆い内的世界の具現化を、皺というモチーフに託しました。
僕にとって“見る”とは、写っている実像そのものを視ることではなく、その前後や背景を想像することと同義です。『Girl』では連続写真の多用によって、一枚目から二枚目へ移り行くその間にこそ意識を向けることを促しています。
応募作品形態:ブック/四切/33点/インクジェットプリント
審査評 選:HIROMIX
恋をしている甘い雰囲気が少女漫画や昔の映画のようで良いですね。カーテンを写したものや逆光のシーンも、ロマンチックです。荒い質感も、時代がわからない感じで良い。今回の公募には加工してある写真が多かったですが、これは写真らしい写真。ストレートに写真と向き合っている感じがします。暗い作品が多い中で、この作品には明るさや前向きさがあるのもいいですね。 意図的に顔がはっきり写っていないようですが、人物写真も見てみたいですね。
PROFILE
奥山 由之Yoshiyuki Okuyama
1991年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科在学中の2011年に、第34回写真新世紀優秀賞受賞。2016年に、第47回講談社出版文化賞写真賞受賞。
主な写真集に、『flowers』(赤々舎、2021年)、『As the Call, So the Echo』(赤々舎、2017年)、『BEST BEFORE』(青幻舎、2022年)、『BACON ICE CREAM』(PARCO出版、2015年)、『Girl』(PLANCTON、2012年)、『POCARI SWEAT』(青幻舎、2018年)、『Los Angeles / San Francisco』(Union publishing、2018年)、『The Good Side』(Editions Bessard、2020年)、『Ton! Tan! Pan! Don!』(bookshop M、2021年) 、台湾版『BACON ICE CREAM』(原點出版、2021年)、『君の住む街』(SPACE SHOWER BOOKS、2017年)などがある。
主な個展は、「As the Call, So the Echo」(Gallery916、東京、2017年)、「白い光」(キヤノンギャラリーS、東京、2019年)、「BACON ICE CREAM」(パルコミュージアム、東京、2016年)、「君の住む街」(表参道ヒルズ スペースオー、東京、2017年)、「THE NEW STORY」(POST、東京、2016年)など。
具象と抽象といった相反する要素の混在や矛盾を主なテーマに作品制作を続けている。