INTERVIEW
セルフポートレートをはじめ、多才な被写体とのコラボレーションで作品を展開しているアーティストの須藤絢乃氏。
審美眼にかなう真摯なカメラワーク、そのアイデアはどこから湧き起こるのか?
目に見えない世界を追いながらリアルに事象を視覚化する、
須藤氏が惹かれているその世界観についてお話しをうかがいました。
— 2018年は、国内外で開催された展覧会に意欲的に出展されましたね。
エネルギッシュな年になりましたが、作品のアイデアはどのように生み出されるのかお話し頂けますか?
私の作品は、日常生活の中で感じる「なぜこういうことが起こっているんだろう?」という疑問から始まります。
撮りながら、写真を通して考察をしていると思います。
私は、十代の頃、ファッション・デザイナーやファッション・フォトグラファーに憧れていました。
小学生の頃は、少女漫画家になりたいと思っていました。その気持ちは、夢見る
10代の頃のように残っていて、今でも憧れはあります。結果的に今はアーティストという肩書きで活動していますが、
子供の頃から憧れてやりたかったことをいかに写真の中で実現するか、それが作品に反映されているように感じています。
写真の面白さをかみしめた
澤田知子、須藤絢乃 写真展「SELF/OTHERS」
— 澤田 知子さんとの二人展「SELF/OTHERS」(2018年10月16日~11月22日、キヤノンギャラリーS/品川)は、いかがでしたか?会場に入ると最初は須藤さんの個展のように感じられ、出るときには、澤田さんの個展にいるようなミラー効果のあるステキな空間になりましたね。自分と他者、その間を行き来する演出がとても魅力的でした。
澤田さんが提案してくださった表裏一体になっている展示のアイデアが、すごく新鮮でした。こうして展覧会が出来上がっていく過程を目の当たりにしていくなかで、澤田さんのアーティストとしての凄みを感じられたこともありがたかったです。お互いの作品が生きる空間だったと思います。
展示に向けての打ち合わせでは、空間や設置の話はしたものの、最終的な作品の内容については特にお互い干渉しませんでした。しかし作品が揃って、会場に運び込まれると世界観が繋がっていました。全体の空気感に加えて、細かい部分、例えば、私の作品に皮のソファーに座る黒いスーツを着た人物のポートレートがありますが、澤田さんも学生の頃の作品でそのようなシチュエーションで撮っていらしたんです。場所も時代も異なりながら作品がパラレルに存在している感じは、写真の持つ偶然性のような面白さがあったと思います。世代は違うけれども、出身地が近くて、影響を受けたモノ、観たり、聴いたり、気になるモノへのアンテナの立ち方が似ていて、話す言葉とはまた違った言語のようなものを共有しているような感じでした。そういう形でもまとまりのある展覧会になったと思います。
不気味の谷
— 作品には、セルフポートレート以外にも、モデルの方を起用した作品もありましたね。血縁関係のない男女なのに双子に感じられるよく似た印象の方たちもキャスティングされました。イメージに合う方たちとの出会い、撮影はどのように行われましたか?
双子のように似ているモデルの二人には別々の場所で出会いました。展覧会場に来てくれた一人の男の子を見たときに以前に撮影したことのある雰囲気の似たもう一人の女の子を思い出してこの二人で何か撮りたいと思ったことが出発点です。今回、私は、写真を利用してフィクションのストーリーのようなものを作りたいと思っていました。本当は映像を作りたかったのですが、作る側も見る側も時間の制約があるので、平面作品であっても物語を感じてもらえれば映画的かもしれないと考えたんです。決まったシナリオはないけれども、映画のようにキャスティング、衣装、ロケーションを選んで制作しました。映画を観終わった後「あの場面はどういう意味があったのか?」と思うことがありますよね。そういう感覚や、美しいと感じたことを思い出してもらえるようにメッセージを込めて制作しました。
ヒューマノイドに魅せられて
— 須藤さんも、澤田さんも「顔」に対する意識が高く、注力をお持ちですね。学生時代は等身大の人形を作られたそうですが、立体から写真、それら制作を通してどのような世界を表したいと考えていらっしゃいますか?
「不気味の谷」という言葉があって、ヒューマノイドの研究をしている森政弘先生(東工大名誉教授)が名づけられた言葉です。お台場の未来館へ行くとリアルに人間に似せて作られたヒューマノイドを見ることができるのですが、肌はラテックスで、目の動きに合わせてまつ毛が動いていて、一見ものすごくリアルな感じはするものの、目前にいると心地悪いような、怖い、不自然だなというような違和感を覚えます。人間ではないものが人間らしくなった瞬間、リアルの極限に達した時、人間は嫌悪感に襲われる、それが「不気味の谷」とされます。人間らしいけれど人間じゃないというような造作が繰り返され、かなり人間っぽいとなったときが谷の底。それを超えると人間のイメージは次第にデフォルメされ、可愛い、綺麗という感覚が起こる。モデルの二人に出会った瞬間、その言葉が浮かびました。彼らは人間然とした普遍的な美とは一線を画した魅力を持っている。骨格やバランスなどが人間離れしているというか、いわば自分がかつて作っていた人形のような、不気味の谷を超えた美しさがあると感じたんです。実在して生きている人間を撮っているのにまるで人工的な物を見ているような気分にさせる、そんな二人を撮りたいと思いました。
この世に存在しないものをカメラで捕える
2018年は、5つの展覧会に出展しました。それらを通して、私はずっとこの世に存在しないものを撮影していることに気がつきました。2月、銀座三越で行った写真展「Anima/Animus−金子國義の部屋−」では、画家の金子國義さんが亡くなった後、ご自宅に伺って、そこに集まってくる私が想像する美の亡霊たちを撮っていたように思います。21_21DESIGN SIGHTの「写真都市 ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち」では行方不明の少女たちをモチーフにした「幻影 Gespenster」とこの世にいるはずのないドッペルゲンガーを題材にした「面影 Autoscopy」を出展しました。また、インドネシアのグループ展ではごく初期に制作した作品を展示しましたが、自分の理想の姿ではあるけれども、それは自分自身ではないという作品です。「愛について」(東京都写真美術館)も行方不明になった女の子と、私が興味を持った相手がもつ理想の私のイメージや、死んでしまった自分自身の写真をインスタレーションで発表しました。
それらには、私が現実に感じる違和感を「不気味の谷」として、それを越えたいというような願望が込められているのだと思います。谷の向こう側、すなわちあの世に、また違うベクトルの美しさが存在しているように感じます。そういう感覚で、私は、この世に見えないものを作り上げて撮っているということに気がついたんです。それまでは無意識に作っていましたが、「ここではないどこかにあるもの」にすごく惹かれていることがわかりました。日常で、不思議な空間や場所、伝統や歴史、事件などに出会う時、例えば、作品でも取り上げた世の中に瓜二つの人間が存在するというドッペルゲンガー現象のように、世界中で数々の事例がありながら、オカルト的な事件として片付けられているものに対して、本当のところ何が起こっているんだろう?と思い、調べていく。その過程で知らなかった現象や事実を見つけ出して、またそれについて考えてみる。その一連の行為が、見えないものを見よう、見えるようにしよう、としているようであり、それが制作の一環のようにもなっています。
インドネシア「犠牲祭」で見つけた光
作品展示でインドネシアに行ったときに「犠牲祭」というイスラム教のお祭りの日に重なりました。これは、旧約聖書にある話が由来していて、神様が、わが子を殺して捧げ物にできるかと迫った際、その覚悟を示したというところから、神への忠誠心を称えたお祭りになっているもので、現在では、子供たちの無病息災を託してコーランを唱えながら生きた牛や羊を生贄として捌くという儀式です。最初は、行事に興味があるものの想像できず漠然と怖いイメージがあって、肌も露出せず、カメラも持って行かない方がいいと思っていました。神聖な場所で怒られたらどうしようと思っていたんです。しかも、どこでその儀式が行われているかわからない。当日の朝、路地をウロウロしながら街の人たちが進む路地へ歩いていくと、お祭りへの参道みたいなものが現れてきて、界隈の小さなモスクがある場所にたどりつきました。人々はそのモスクに生贄の牛や羊をズルズルと引っ張って行きます。そうこうしているうちに生贄は力尽くめに倒されて、人々はコーラン唱えながら、生贄を何十匹も捌いていきます。周りの勢いに尻込みしていたところに、現地のおじさんが「写真撮りなよ、なんで写真撮らないの?」「家族に見せてあげなよ。」と明るい感じで話しかけてきたんです。
促されているうちに持っていたスマホのカメラで恐々と撮りました。そのうちだんだん慣れてきて、前に乗り出して撮りました。その時にはもう、恐怖心は消えて、ただただ美しく感じてシャッターを押していました。想像していたグロテスクな部分とは全くかけ離れた儀式でした。儀式を見せていただいた後の感想は、どう表現すればいいのか難しいところですが、地域の皆で集まってワイワイしている感じが、日本の餅つき大会のようで驚きました。最後は綺麗にお肉を切り分けて、各々の家族が籠に入れて持って帰るんです。
— 何が行われているのかと恐怖を感じますが、子の成長を祝うお祭りに遭遇されたんですね。
そうなんです。犠牲祭は、子供たちが元気でいられるように祈願して、ごちそうが食べられるありがたい日です。私が、今から捌かれようとする牛を見ていたら、あるお母さんが、「あの牛は、私の息子の牛なの、よく見ていてね!」と声をかけてきて、家族みんなでとても楽しんでいらっしゃる。厳格で怖いイメージのイスラム教だったのですが、人々の生活に密着した様子から自然な美しさを感じました。モスクには捌いた生贄の血がキレイに流れるように排水路が作られていて、処理をされている。牛や羊たちもあちらこちらに倒れてはいるけれど、木漏れ日の中で神々しく在るんです。
— 体験しないとわからない、見えない感覚があるようですね。陽だまりの中で召された感じから柔らかな温かい光を強く感じます。
純粋に綺麗だなぁと思いました。でもその時撮った写真は日本では発表しづらいと思います。公序良俗的なこともあるし、そう簡単には出すことはできない、そんなことを考えます。
— 新たな作品、制作のための、何かの栄養になっているのではないでしょうか。昇華され、通りゆくと新たな世界が生み出せそうですね。
時間をかけて作品として成り立つ形にしていくことが仕事だと思っています。犠牲祭のように残酷なものと思っていた儀式も、歴史と生活の中で生まれた意味があり、とても神聖なものだとわかったので、その経験を生かしてまた何か生み出したいと思いました。行方不明の女の子を題材にした「幻影 Gespenster」もそうですが、自分なりに検討して、発表しました。人々が普段触れようとしないもの、ケガレとされているもの、それがなぜ居心地の悪さや恐怖を生み出すのかということを写真を通して考えたいです。この世に存在しないものに惹かれると言いながらも、幻想的で不確定なものより、最終的には見る側が納得のいく明確で実感のあるものとしての作品を作りたいです。鈴木育郎さんの2014年に行われた個展「最果 Taste of Dragon」に出てくる雲を捉えた力強い写真を見た時、龍は、昔の人が雲を具象化したものなのだと気づいたことがありました。この雲が、タイトルにある龍そのものなのだと。その時の経験がとても印象的で、写真とはそうした曖昧な存在を目に見える確実なものとして捉える力を持ったメディアなのだと思いました。
— 作品が存在する意味、その必然性を追求して、モチーフを探し出す。出会う力を須藤さんはお持ちですね。審美眼に適った人たちとの出会い、新たなセルフポートレートの作品を今後も楽しみにしています。ありがとうございました。
PROFILE
須藤 絢乃AYANO SUDO
1986年大阪生まれ。2011年京都市立芸術大学大学院修士課程修了。在学中にフランス国立高等美術学校留学。2009年京都市立芸術大学作品展市長賞受賞。ミオ写真奨励賞2010にて、森村泰昌より審査員特別賞受賞。写真新世紀2014年度グランプリ受賞。主な作品に、性別にとらわれない理想の姿に変装した自身や友人を写した「Metamorphose」(2011年)、実在する行方不明の女の子に扮して撮影したセルフポートレート「幻影 Gespenster」(2013-14年)、他人が自分のように見えてくる現象をモチーフにした「面影 Autoscopy」(2015年)などがある。