INTERVIEW

レクチャー|野村浩(美術家) × 柿島 貴志(POETIC SCAPE 代表) レクチャー|野村浩(美術家) × 柿島 貴志(POETIC SCAPE 代表)

写真、現代美術、出版など様々なクリエイティブなシーンで幅広く活躍されている野村浩氏。
見る者を惹きつけ、飽きさせないアイロニックな作品は、どのようなプロセスを経て形となるのか。
2020年[第43回公募]写真新世紀審査員としてお招きし、
「写真新世紀展2020」で写真レクチャーを開催。
優秀賞受賞作から昨今の新作まで、スライドをご紹介いただきながら、
アイディア、その源についてお話いただきました。
聞き手に、中目黒のギャラリー、POETIC SCAPEの代表 柿島 貴志さんをお迎えしました。

柿島:野村さんとは、長い付き合いになりました。うちのギャラリーでの展示ももう7回目になります。本日は、東京芸術大学在学中に出会った「写真新世紀」の受賞から始まったご自身のキャリアについて作品を軸にご紹介いただきます。

野村:昔、「写真新世紀」は公募が年に4回ありました。僕が学部のときにたまたま出会って、第1回公募に「エキスドラ」、2回目に「ドランキライザー」を応募しました。この2つのブックは、大学の講評の際に、作品をある程度まとまった形で見せたいと思ったことがきっかけで、コンビニのコピー機で制作しました。当時のコピーは、今よりも質が悪くて荒く、コントラストがきつかった。僕の描いたキャラクターが、妙にメリハリが利いて、変なリアリティを醸し出した。作り出したモノの違和感、不思議感に、ハッとさせられて、これは写真作品ではないかと思ったんです。

柿島:そのときに「新世紀」を謳っているコンペがはじまって、可能性を感じられたんですね。今見ても刺激的です。当時の審査員の方々が受け入れてくれたのが、おもしろいですね。

野村:写真の“写”の字も、わかっていなかったけれど、出来上がったブックは、写真的な質感はないものの、笑って見過ごせない何かがあると思いました。僕は、最初から5回応募しようと決めていました。
公募1回目、2回目と佳作をいただいて、とても励みになった。作品を出しながら、写真について勉強するようなステップが踏めたこともよかったです。公募3回目、ビロードの素材、二つ折の小さな額を開けて見る宝箱的な作品を応募して、優秀賞をいただきました。公募4回目、これは全くダメでしたが、公募5回目、カラーコピーを使ったブックを制作して2回目の優秀賞をいただきました。タイトルは、「Drink up」。トナーの粒子が荒く、画像が鮮明ではない微妙なもの。撮影した自動販売機、その中にあった文字「Drink up=飲み干せ」をタイトルにしました。

柿島:当時はどんなことを考えて制作されていたんですか? 90年代半ば、ストレート写真が主流になる時代が始まって、「写真新世紀」は、新人写真家の登竜門と言われるようになりましたね。

野村:当時は、ストレート・フォトが全盛になっていくときでした。手応えはありましたが、一般的な写真の流れからすると、亜流というか、脇にいる感じです。第5回公募の優秀賞受賞作品を「第2回写真新世紀展」(1993年)に出展しました。この辺りから登竜門といわれるようになっていました。1994年にヒロミックスがグランプリを受賞し、佐内正史さんも出てきた。ガールズ・フォトも流行りだした。1997年、海外ではラリー・クラークも出てきた。何か古くさい印象の日本的な写真や現代美術の中で撮られていた堅苦しいコンセプチュアルな写真とは違う、風通しの良い写真が現れてきたんです。それらがアート・シーンに取り入れられていくのは、必然というか、とても新鮮でした。

エキスドラ
Drink up

自分の作品を信じて

柿島:野村さんは、タカ・イシイギャラリー(1997年、大塚)で個展をされましたね。

野村:僕にとっての集大成ともいえる、渾身の初個展です。ドローイングと写真、両方のメディアを制作し、展示しました。この当時、僕は町口覚さんという造本家が率いるデザイン事務所で働いていました。僕は油絵出身でデザインの経験はありませんが、アシスタントをやらないかと声をかけてもらって2年半やりました。

そして、2000年。その当時は、ゼロ年代といわれていて、僕にとってもいろいろな意味でゼロ年代でした。2007年に『EYES』(赤々舎)を出版したあたりから、ジワリと動き出した感じがあります。それまでの7年間は、パッとせず、超低空飛行、無風状態でした。でも、自己満足かもしれませんが、自分の作品はおもしろいとずっと思っていたんです。

柿島:誰も褒めてくれないけど、自分ですごいと思うこと、それが大事なのかもしれないですね。

架空の写真技術を持った
「ウツシコノハムシ」

柿島:「<写真>見えるもの/見えないもの#2」(東京藝術大学大学美術館陳列館、2015年)で展示された作品は、ウツシコノハムシと呼ばれる昆虫を元にした作品でしたね。見に来ていたご夫婦が「世の中にはこんなに不思議な虫がいるんだね」と話していました。

野村:すごい罪悪感(笑)。写真は現像・停止・定着というプロセスを踏みますが、それとは別の観点からみた実験といいますか、写真は印画でできるもの、こういう虫がいたらどうなのかと思って、ウツシコノハムシの柄を切り抜いた蓄光シートで画像を定着させるという試みをしました。微妙に光って見えますが、これはただの枯葉で、図鑑上のフェイクです。いるように見えますが枯葉の組み合わせで、蓄光スプレーを吹きかけました。暗がりに持っていくと、光って見えます。

柿島:何かの影をどこかに定着させるという写真的な装置ですね。野村さんの作品は、シンプルなようでたくさんの要素が多層的に積み重なっています。ギミックだったりファンタジーだったり。ウツシコノハムシという虫がいるのかもしれないという架空の設定だったり。しかし、ネタバレした後も、何かモヤモヤっとした作品のわからなさみたいなものが残る。そこが作品の良さでしょうか。言語化しきれないものを持ち帰る作品が多いと思うのですが、なにか意識されていますか?

野村:もちろん意識はしています。「何かに還元されない、何か」が大事というのでしょうか。「コミュニケーションできなかった何か」が大事です。何か見たようだけれど実は違っていて、すくいきれなかったものが、写真そのものにあります。見てパッとわかるものと、ジワジワと見えてくるものとはそれぞれ違っていて、写真にはそういう力があると思います。僕は明らかにそういうものの脇に立っていると思いますが、写真の禍々しさ、それを取り入れたい。取り入れてそれがあるよということを示したい。それが僕の役割だと思っています。僕は、写真作品を作っていながら写真に後ろめたさがあります。写真行為をしているけれども、やっちゃいけないことをやっているような感じ。要するに誰かにつつかれて、「これ違いますよね」といわれたら、「はい、そうです」といわなきゃいけないところにいる。でも常にそこからでしか発言できないし、中央に立てない感があります。

柿島:ストレート・フォトに対して、ある意味リスペクトがありますね。

野村:僕はストレート・フォトが一番いいなと思っています。それが王道だと思います。いろんなことをやってできるようになったら、またおもしろい写真が撮れるのかもしれないけれど、自分はそうではないという、だから好きな写真と自分が作る写真は違います。あの写真家のあの作品がいいといって写真家になりたいと思っても、それはその作家がやっていることであって、自分がやることと撮るものとは違う。表現の仕方やテーマが重なっている人もいるとは思うんですけど、そこは何というか、毎回、何かを作りながら自覚するところです。

ウツシコノハムシ展示風景

自分の立ち位置を信じて

柿島:「Slash」(2010年)という本を出されましたね。ペラペラな紙に刷られた不思議な本です。

野村:これは、Googleのストリート・ビューから画像を切り取ったものです。スナップショットとして撮りました。「エキスドラ」は、ハーフサイズのカメラで撮影しましたが、これはハーフサイズに切り取ったかのような細工をしています。ハトロン紙という、デパートの包装紙で使うような薄い紙にプリントしています。無国籍な素材感、国を特定できない質感です。ストリート・ビューの中でいろいろな国をあちこち横断してチョイスしています。僕の作風からするとかなり印象が違うと思いますが、意外に人気のある作品です。プリントはデータからフィルムをおこしてプラチナプリントで印画して、額装しています。

柿島:自宅から一歩も出ず、コンピューター画面に向かって、ストリート・ビューの世界をあちこち徘徊していますね。

野村:この場所いいなと思ったら、おおまかにキャプチャーし、それをトリミングします。それを最終的にハーフサイズの画角にする。

今でこそストリート・ビューは解像度が高いのですが、2010年辺りはハーフサイズ版を焼き付けた程度しかなかった。それをモノクロに画像処理をします。とても不思議ですが、「俺、ここに行ったな」というような感覚があって、いい写真が撮れたなという気がします。僕の中でのストレート・フォトへの願望が投影されていて、直接的ではないけれども、デジタル越しのアナログスナップショット感があります。

柿島:「モノクロ」、「粒子」というものを、いわゆるアート作品、アーティスティックな写真であると見る人が勝手に信じてくださって、その共通のコードにのっとってこの作品を見てしまうのがおもしろかったですね。これがGoogleストリート・ビューだといった途端に「なんだ」とならないのが野村さんの作品です。ストリート・ビューの中を歩き回りキャプチャーし、現像する行為は、その辺りの街をリアルに歩き回って撮るのとは、どういうところで本質的な写真行為として違うのかというところを突き詰めていくと、みんな頭の中がふわふわした状態で帰ります。問題提起というか写真というメディアはいかにして写真なのかということを、直接的ではないにしろ作品が内包しているんです。

現実世界と虚構の世界の中、
狭間を主戦場にしているのが野村作品の魅力

野村:2016年、「インビジブルインク」という架空の「青い魔法のインク」を作品化しました。これは超有名なゴッホのポートレートを写したものです。ゴッホの自画像は、絵の具の物質感がとても強く、独特のタッチがあって、それが顔の表情を作っています。そのゴッホの自画像をアウトフォーカスにして撮影し、この「インビジブルインク」で現像しています。ゴッホが鏡越しに見ていた自分の顔を見るような感じ。筆跡が見えないことによって、写真的な像が浮かび上がるというものを目指しました。それが「インビジブルインク」でできていますというものです。
「ゴッホを軸にしたコラボレーション作品です」と書いて、瓶は空の、ただの青い瓶なだけで「インビジブルインク」でもなんでもない。これを開発した経緯を記した古い「インビジブルインク」のパンフレットがあったり、ウィリアム・ルイスさんという「インビジブルインク」を作った人の肖像画を飾ったり。みなさんじっくり見てくれるんですけど、見てもらうとまたこちらが後ろめたい、申し訳ないという気持ちになって、「実は違うんです」ということを切り出せない。「インク買えないのか」って、ただ見て帰っていく人もいたんですよ。(笑)

柿島:インビジブルインクという商品は途絶えたけれど、孫が復活させて、新商品発表会をアーティストの野村浩とコラボしてやりますっていう体にしたんですよね。これが一番色々な文脈や引用などを盛り込んだ展覧会になりました。インクを開発した会社の所在地はイギリスのアーグルトンという土地。それも存在しない土地で。野村さんの状況設定でうまいと思うのは、ウイリアム・ルイスもそうですが、完全にゼロから作るのではなく、実在したものを上手く引っ張り込んで作っていく。アーグルトンもネットに詳しい人は知っているかもしれませんが、何年か前に誰かがGoogleマップを見ていたら、アーグルトンっていう場所がイギリスのとんでもない田舎の畑の真ん中にあるということを発見した。それから「アーグルトンに行こうツアー」であるとか「アーグルトンTシャツ」が現地で売られるようになった。そのネットのバグがきっかけで現実世界に影響を及ぼしたっていう文脈を利用している。そういう現実世界と虚構の世界の中、狭間を主戦場にしているのが野村さんの作品には多いという印象がありますね。

野村:捏造です。(笑)何かそれによって見ることが変わっていく。受け止め方が変わっていくということなのかもしれないですね。

ゴッホの自画像

インビジブルインク

インビジブルインク

ゲストキュレーターとして写真史に触れる

柿島:横浜市民ギャラリーあざみ野の膨大なカメラコレクションをゲストキュレーターとして、アーティストの目線で編集する活動もされました。ご自身で漫画を描いて写真を紹介する構成にして、中国へも巡回しました。

野村:2011年、デジタル/アナログ、震災をめぐることなどいろいろと考えさせられ物事が多かったときに、なにかを楽しんでもらいつつ、何か実験したいと思って、写真回りを言及する3コマ漫画をSNS上で描き始めました。うけが良くてずっと続けていて、かなり量が溜まったところで、「CAMERAer(カメラー)」という本を刊行しました。その流れから横浜市民ギャラリーあざみ野の方から所蔵カメラ・写真コレクション展を監修をしないかとお話をいただいたんです。そしたらキュレーションでという話になりました。グラフィックデザインもやっているので、「チラシもやらせてください。展示設計もやります。外の横断幕的なデザインもやります」といったら、実質個展みたいになりました。それを中国の「A4 Art Museum」の方が見て、ぜひ中国人作家を含めたものをやりたいという話になったんです。その年、「第31回写真の会賞」もいただきました。漫画での受賞で後ろめたさ満載です。今、写真が発明されてちょうど180年ぐらいになりますよね。過去と、現代の作家を漫画で繋いで、それぞれの写真の可能性を抽出するという試み。とてもいい経験をさせてもらえて、しかも本当におもしろかった。

平成30年度横浜市所蔵カメラ・写真コレクション展
「暗くて明るいカメラーの部屋」(横浜市民ギャラリーあざみ野)

「駄目だ」といわれるといつまでも残る、
それが原動力

野村:2020年『Merandi』を発表しました。これは「EYES」という目の作品がペインティングに擬態しているイメージです。写真というメディアを1回通過したことにより、自分の「絵の具」への考え方がかわり「絵の具」と「同等のメジュームとなったEYES」双方によって、ペインティングという形になったものと考え発表しました。
なんでこんなことになってしまったのかなというのもありますが、僕の最初の制作の動機の「エキスドラ」には平面作品(絵画)の要素がすでにありました。今思うと、当時はクリアでない部分がとても多かった。自分では良いと思っていたけれども、時代的な問題や作品コンセプトの熟成度は未熟だったのではないかと思います。クリアでない部分を作っていくことで、自分が何を作っていくのかということがわかるというか、人はよく、コンセプトを言葉にしなさいという言うことがありますが、その時々で言葉にできるものってすごく限られている。最初の作品も言語化できないことの方が膨大で、それを解きほぐしていく、ある種の解答例を違う形で追い求めていくというのが結果的には作品行為になっていくと思います。だから、早い時期で、「これいいですね」というようにならなくてよかったと、思ったりもします。柿島さんとの仕事も含め、ここ10年弱、自分の抱えていた未熟なカードを再び練り直してカードを切っているような感じです。その都度、これはどうだったか、どういうふうに見えるのか、ということを確認して制作、発表し、今の結果があります。

柿島:コツコツと自分のポジションを意識して諦めないでやってこられました。初期のキャリアをスタートさせたのが「写真新世紀」で、写真でできることをコンセプトにしたことが良かったというか。そういう勇気を与えたという意味では「写真新世紀」はすごく大きな場所ですね。うちのギャラリーにきてくれた人の中にも、写真はこうあるべきとか、こんなの写真じゃねぇという方もいらっしゃいますが、たぶん写真は思ったより強くて、何か他のジャンルともコラボもできて、下手したら周囲を飲み込めるような可能性があると思っています。野村さんは不遇の時代もあったかもしれませんが、不遇と思わずにやってきたことで、今この場にいるのかなという感じがしています。

野村:不遇、不遇と言われると…(笑)

柿島:本人は思っていないってことですよね、それが大事ですよね!(笑)

野村:「良いですね」といわれるとすぐ忘れますが、「駄目だ」といわれると「なぜ、わからないんだろう」という気持ちがいつまでも残ります。それが原動力です。もう解決しているように見えるものでも未だに引きずることが僕の中ではあります。だからこそ「いいよね」っていわれることだけを、今では求めないのかもしれません。

— ありがとうございました。

「Merandi」(2020年2月22日(土)~4月4日(土)、
POETIC SCAPE、東京)

PROFILE

野村 浩HIROSHI NOMURA

1995年東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修了。在学中から写真を中心にメディアを横断する作品を発表し続けている。
近年では写真とカメラにまつわる“写真論”コミック本「CAMERAer」(2019年/go passion)を上梓。ゲストキュレーターとして平成30年度横浜市所蔵カメラ・写真コレクション展「暗くて明るいカメラーの部屋」(横浜市民ギャラリーあざみ野)、その後中国・成都のA4 Art Museumにて巡回展(2020年2月23日まで)。主な個展に、2008年「目印商品 展」(LOGOS GALLERY/東京)、2014年『Slash / Ghost』(A-things/東京)、2017年「Doppelopment」(POETIC SCAPE/東京)2020年「Merandi」(POETIC SCAPE/東京)など。海外の作品展示では、「PHOTOESPAÑA 2012 Asia Serendipity(2012年/スペイン)、Belfast Photo Festival(2019年/北アイルランド)など多数。
主な著書に「EYES」(2007年/赤々舎)「Slash」(2010年/N/T WORKS)など。キヤノン写真新世紀第3回(1992年)、第5回(1993年)公募優秀賞、第31回写真の会賞(2019年)受賞。

PROFILE

柿島 貴志TAKASHI KAKISHIMA

ギャラリーPOETIC SCAPEオーナー・ディレクター。
写真をキュレーションの軸に据え、著名作家から中堅・若手作家まで幅広く紹介している。主な取り扱い作家は森山大道、野村浩、渡部敏哉、トレイシー・テンプルトンなど。また写真作品の額装ディレクションや、執筆、講演なども行う。
2017年より京都芸術大学 芸術学部 通信教育部 非常勤講師。

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