INTERVIEW

インタビュー|瀧本 幹也(写真家・写真新世紀[第42回公募]審査員)

瀧本 幹也 写真家 瀧本 幹也 写真家

2020年に開催された「CHAOS 2020」での展示風景

写真新世紀2020年度[第43回公募]で審査員を務められた瀧本幹也氏は、
写真家および映像の撮影監督として広告や映画等々さまざまな領域の第一線で活躍しながら、
展覧会や写真の出版など作家としての活動を精力的に展開している。

2020年は新型コロナウイルスによる多大な影響を社会全体が被った一年となったが、
日本を代表するクリエーターの一人である瀧本氏はこの一年をどのように過ごし、
また次に繋げようとしているのか?ご本人にお話をうかがった。

あらためて実感した、写真を撮る幸福

— 2020年は社会全体が新型コロナによるパンデミックに翻弄された一年となりましたが、瀧本さんの活動にも影響はありましたか?

緊急事態宣言の期間は予定していたプロジェクトがすべて止まってしまいました。ただ、移動が制限されてしまう前にどうしても終わらせないといけない仕事があり、発令の前日まで撮影をしていました。家族がいる自宅に帰るのがはばかられて、しばらくの間、自主隔離生活を送っていました。こういう難局の時こそ普段会えない人に連絡をとろうと、海外の友人や一人暮らしの知り合いに電話をして、話すようにしていました。

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FLEUR #06

— 緊急事態宣言の解除後、写真新世紀の優秀賞選出審査会で、真っ黒に日焼けされていたのでお尋ねしたら、ずっとベランダで撮影していたとおっしゃっていましたね?

自宅に戻ってから、家でCM映像を撮影する仕事を依頼されました。主に空の風景を撮影したんですけど、人と接触せずにやらないといけないから、機材を送ってもらい、セッティングしたりメーターを測ったりと、自分一人で作業を行っていたんです。一週間くらいかかりましたが、ずっとベランダにいたので、すっかり日焼けしてしまいました(笑)。

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サントリー『話そう。』篇 TV-CM

— 学校が休校になったり、多くの会社がリモートワークになったりと、いろんなことが急激に変化しましたね。

いつも人と関わりながら生活したり仕事をしたりしていたので、突然一人になってしまった反動は大きかったですね。ちょっとキツイなと感じるときもありましたが、外を歩いていたときに綺麗に咲く⾃⽣している花を見つけて、思わずシャッターを切ったことがあったんです。その時に「写真を撮るのは幸せだな」という思いがしみじみと込み上げてきました。
当たり前に思っていた日常がなくなったことによって、人間がより生物的なほうへ引き戻されていくような、そんな力を地球からもらったように感じました。発達した文明の中にいると、人がすべてをコントロールできると錯覚してしまいそうになりますが、地球に住まわせてもらっているという感覚を忘れてはいけないんですよね。
その花の写真は、2021年2⽉に名古屋で発表したいと思っているんですが、一枚だけ先に京都の個展(KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2020)で展示しました。

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FLEUR #01

日本の伝統からインスパイアされた試みとは?

— 昨年の春から秋に延期されたKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2020では、アソシエイテッド・プログラムとして個展を二箇所で開催されていました。花の写真を展示されたのは、妙満寺を会場にした「CHAOS 2020」展ですね。さまざまな試みが施されて、統一感のある展示は、大変見応えのある内容でした。

妙満寺は「雪の庭」と呼ばれる枯山水が有名な由緒あるお寺で、その庭へ続く大書院を展示スペースとして使わせていただきました。歴史のあるお寺なので、できるかぎり空間に合わせた構成を考えようと、雪の山をテーマに回遊式庭園のように作品を配置していくことにしました。
お寺の空間は基本的に柱や襖、障子でできています。写真をかける壁はない。だから襖絵という伝統的な手法に倣い写真を展示することは必然でした。襖絵には水墨画が一番似合うと思っていたので、展示する写真もモノトーンにして、この場で見ることがベストになるような設計にしました。

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『CHAOS 2020』展示風景。襖絵も製作した。

— 写真を伝統的な技術と融合させるのは、大変な作業だったと思います。その襖に貼った写真はどのようにプリントされたのですか?

ジクレープリントを襖にはりこみました。糊を塗るために紙を濡らすことになるので、何種類かテストして、一番合うものを選びました。襖は⼤書院に合わせて今回特別に製作しました。表具師は石庭で有名な龍安寺や宮内庁御用達も務める伝統⼯芸⼠の方にお願いしたのですが、格子状の下地骨にあたる部分にはすべて檜が使われ、四方を囲む框(かまち)の部分には漆が何度も塗り重ねられています。おっしゃる通り、完成させるまでに試行錯誤がありましたが、その工程が大変面白いと思ったので、映像でも記録しました。

— いくつかの部屋では写真を床面に置いて、観客は、上から見下ろしてみる形で展示されていましたね。

枯山水では⽯を据えて、それを⼭と⾒⽴てて表現します。妙満寺には名庭「雪の庭」があるので、雪⼭の作品を畳の上に配し、枯⼭⽔のお庭のような展⽰構成にしました。

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襖のメイキングムービー

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火灯窓を利用した借景インスタレーション

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FLAME #02(キヤノンギャラリーS 2017)

— 映像も紹介されていらっしゃいましたね。空間をダイナミックに使ったインスタレーションが印象的でした。

日本建築には窓枠や障子を開けた開口部で外の景色を切り取って楽しむ文化がありますが、インスタレーションの一つでは大書院にある火灯窓(かとうまど)を使った展示でこの手法を取り入れました。窓枠の後ろに作品を配しているのですが、前に立って眺めているとまるで外に星雲が広がっているようにも見えます。しかし実は、この作品の撮影場所はインドネシアにあるイジェン複合火山で、ゆらめく蒼い炎は山肌から噴き出る硫黄ガスが自然発光して生じるブルーファイアと呼ばれる現象です。2017年にキヤノンギャラリーSで開催した個展「FLAME / SURFACE」で発表したシリーズの一つでした。

— ゆらめいて映る蒼い炎が神秘的でしたが、火山で撮影されたんですね。

個展で発表する新作でキヤノンのEOS 5Ds Rを使ってはじめてデジタルでの撮影に挑戦することになり、この機材であればあの火山でも撮影できるんじゃないかと制作を決めたんです。というのも、この葵い炎は夜の暗闇でないと鮮やかには見えず、撮影のためにすぐそばまで近づかないといけないのですが、現場は岩の隙間から摂氏600度にもなる高温の硫黄ガスが吹き上がり、三脚を立てることも難しい環境で、撮りたいと思いながらもなかなか実現できずにいた場所だったんです。実際、現地はとても危険な環境なので、ガスマスクをつけて撮影に臨みました。
星雲と地球上の火山とではスケールは全然違いますが、天体が創り出した光という意味でこの炎の光は、星雲の光と光の質が同じとも⾔えます。この展⽰でミクロとマクロを体感しお寺の空間で宇宙を感じてほしかったのです。

蒼い炎のメイキングムービー

— 写真や映像の原理である光と影、およびミクロとマクロという視点をシンクロさせる試みは大変興味深いです。

この「CHAOS 2020」展では他にもさまざまな試みを行なっていましたし、京都市街では「LAND SPACE 2020」展も同時開催したのですが、新型コロナの影響で展覧会をオープンできるかどうかわからないまま準備を進めていて、それぞれの展示を3Dのオンライン展⽰として記録しました。そのおかげで会期終了後にもネットで公開することができました。

CHAOS 2020
LAND SPACE 2020

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尽きることのない挑戦への意欲

— 最近では、映像作品で参加した「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」展が国内を巡回していますね(高知県立美術館 2020年11月3日 — 2021年1月3日/長崎県美術館 2021年1月22日 — 2021年3月28日/東京国立近代美術館 2021年6月18日 — 2021年9月26日)。この日本を代表する建築家の個展に、どのような映像作品を出品されたのですか?

隈研吾さんは木材を使った建築で知られていますが、そのきっかけは林業が盛んな高知県檮原町で地元の材を使った建築に携わったことだったそうです。この町ではこれまでに「梼原町総合庁舎」や「雲の上の図書館」など6つの建物を手がけられているのですが、それらの建築群をまとめた映像を制作し、出品しています。映像は木組みの表情を際立たせるため、モノクロで撮影することにしたのですが、夜に高所作業車に、HMIのライトを設置して建物を照らして行いました。そうすることにより黒で塗り潰したような背景に建物の輪郭が象徴的に映るんです。また、僕は欲張りだから(笑)、どうせなら一緒にと思い、写真も撮影していました。これは近々、写真集にまとめて出版する予定です。

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梼原町総合庁舎
隈研吾展『新しい公共性をつくるためのネコの5原則』より

— 新作の制作など、今後にむけた計画などはありますか?

数年前から、太陽の光冠を撮るために試⾏錯誤しています。今回のパンデミックを起こした新型コロナウイルスはこの光冠に似ていることからコロナと名付けられたそうで、偶然とはいえ驚きました。
太陽を撮るためには超望遠の太陽望遠鏡を使⽤します。大気の影響を受けやすく、上空にジェット気流が流れている日本では、撮影できるくらいに大気が安定する日は一年で数日しかない。だから、アメリカのアリゾナやチリのアタカマなど条件がそろいやすいところに行く必要があるんです。
単なる撮影というよりも、観測としての側面が強く、自分が理想とするイメージにするためには技術的にもたくさん課題があって、最適な方法を考えているところです。

— 瀧本さんの新しい挑戦はまだまだ続きそうですね!新たなチャレンジ、新作を拝見するのを楽しみにしています。ありがとうございました。

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雲の上のギャラリー

PROFILE

瀧本 幹也MIKIYA TAKIMOTO

1974年愛知県生まれ。94年より藤井保氏に師事。98年に写真家として独立し、瀧本幹也写真事務所を設立。広告写真をはじめ、グラフィック、エディトリアル、自身の作品制作活動、コマーシャルフィルム、映画など幅広い分野の撮影を手がける。主な作品集に『CROSSOVER』(18)、『LAND SPACE』(13)、『SIGHTSEEING』(07)、『BAUHAUSDESSAU ∴ MIKIYA TAKIMOTO』(05)などがある。18年にはCANON GALLERY Sにて個展『FLAME / SURFACE』 を開催。
また12年からは映画の撮影にも取り組む。自身初となる『そして父になる』(是枝裕和監督作品)では第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞を受賞。15年には『海街diary』で第39回日本アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞。17年『三度目の殺人』第74回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門。東京ADC賞、ニューヨーク ADC賞、カンヌライオンズ国際広告祭、ACC グランプリ、ニューヨーク CLIOAWARDSなど、国内外での受賞歴多数。

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