INTERVIEW
社会構造や人々の生活を鋭く考察したカラー写真で知られる
イギリス出身の写真家ポール・グラハム氏。
写真家として活動をはじめた1980年代前半から、“旅”は作品制作の重要な契機であり続けたが、
90年代後半に果たしたアメリカへの移住は、写真家としても、彼の人生においても
大きなターニング・ポイントになったと言えるだろう。
加えて、コンセプトや装丁にこだわった写真集の出版や進行中の新作等、
現在に至るまで取り組んできたさまざまな挑戦についてグラハム氏にお話をうかがった。
時代の変化と写真メディア
— ポールさんは、自分自身に常にチャレンジを課してきた、写真界のなかでもとても稀有な方だと思っています。
ありがとうございます。ずっと同じことを20年、30年、40年間もやり続けることほど、芸術家に辛いことないですからね。なんという人生でしょう!
— 90年代に祖国のイギリスからアメリカに移住したことは、大変大きな決断だったと思いますが、しばらくアメリカの各地を巡って撮影をされましたよね。
人生の半ばで海外に移住すると、とても解放された気分になります。その頃は、必要最低限の荷物だけで生活していました。NYで持っていた全てのものは2つのスーツケースに入りきりました。とても身軽で自由な気分でしたよ。地下鉄で自分のアパートメントを運べるんだから!その自由な時間とはなかなか自覚できないもので、いつも欲しているのでありながら、振り返ってのみ見えることであると思います。ですが、私はその2回目のチャンスを得たのです。それは旅です。デトロイト、ニューオリンズ、メンフィス、アリゾナ、カリフォルニア、テキサスや西部の地方、西海岸の街々、ニューヨークやボストンと東海岸などに行きました。車を使う代わりに、郊外やごく典型的な普通の日常を自分の足で歩いてまわるのです。また、人生を小さな矩形に押し込めるようにして写真を撮るのではなく、時の流れのように過ぎる人生の様をとらえようとしました。これをなんと例えて言えばいいのか……終わりのない瞬間、瞬間の動きとして、人生が流れていくのを見たのです。誰かが“ビジュアル俳句”みたいだねと言っていました。その時の作品は最終的には『A shimmer of possibility(可能性のゆらめき)』(2007)という本にまとめました。
— 『A shimmer of possibility』は12冊をボックスに納めたとても大きな写真集で、大変印象深いものでした。本の出版にも意識的にチャレンジしてこられましたよね?
私の写真は独学で、アメリカやドイツで出版された本から多くのことを学んできたので、写真集の制作は自然なことでした。なので自分にとってとても重要な取り組みでもあるんです。
— フィルムからデジタルへと撮影技法が進化して行った時期には、『Films』(2011)という写真集を出版されましたね。
はい。『Films』は少し特異な本でした。抽象的に見えますが、実はそうではないのです。とてもシンプルなのです。30年にわたって私がさまざまな作品シリーズで撮影してきたネガフィルムを、超高解像度でスキャンしてデジタルに変換したんです。フィルムを拡大してみると、写真を成り立たせる粒子の構造がよくわかります。拡大図はとても美しいものです。感光乳剤がフィルムのベースに塗布されて、像を作るように赤、青、緑に敏感に反応します。非常に複雑ですばらしい科学的成果ですが、同時にとても古くてアナログなものでもありますよね。この写真集では、そんなフィルムというものに敬意を払いつつ、森山大道さんの写真集タイトルにある『写真よさようなら』に倣っていえば、『フィルムよさようなら』と宣言をしたわけです。
— そこには、「I love you」という気持ちも込められているようですね。
おっしゃる通りです。「あなたのことを愛しているけど、さようなら」と別れを告げるという、一つの形だったのです。
挑戦は続く
— 現在取り組んでいる作品について教えていただけますか?
いくつかあるのですが、一つは90歳になった母親のポートレイトを撮っています。古いイギリスの村に住んでいるのですが、彼女の部屋の角で、同じ椅子に座っている写真を、何年かに渡って同じ構図で撮っています。彼女は年々、寝ている時間が長くなっています。彼女の洋服や髪は少し変わりましたが、そうであることは確かである。とても考えさせられます。それを今年の秋に『Mother(母)』というタイトルで写真集として出版しましたし、展覧会も今年の春、ベルリンで行う予定です。
肖像写真は今後も制作していきたいと思っているんですよ。以前、テレビを見る人々を撮った『Television Portrait』(1986-90)というシリーズを制作したことがありましたが、それをもう1度やってみようかと考えています。
— それは素晴らしいですね。
また、最近はニューヨークにある銀行の本社をテーマにした『The Seasons』という作品を制作しています。NYのパークアベニューにある、アメリカのメインバンクの本社を映したものです。JPモルガンジェイスやシティバンク、バンクオブアメリカといった大きな銀行の写真を撮ったのです。それらの銀行の名前は写真に写っている建物にはっきりと見えます。ランチの時間は、外にでてきた従業員たちであたり一面が埋め尽くされます。この作品で私はブリューゲルによる16世紀のフランドル絵画を再現したいと思っています。彼は、雪景色や夏の畑の風景に農家や労働者、土地の所有者など様々な人が同じ画面に描かいています。彼はその「四季」と題された6つの作品でよく知られています。(季節は6つあると考えられていたので、4ではなく6作品あります)私はその絵画の再解釈をしたのです。16世紀の北ヨーロッパではなく、21世紀のNYの金融街の現代生活で再現したいと思っているんです。
— ブリューゲルのスタイルを、現代のニューヨークでやるんですね(笑)。
難しいですが、取り組みがいはあると思っています。
また、他にもまだまだやりたいことはたくさんあるんですよ。苦戦もしますし、スランプも時々あります。時々、僕は何もできないんじゃないか?と考えてしまうことはありますが、何とか切り抜けていきたいと思っています。つくづく、自分は今でも写真を愛しているんだなと思いますね。「見る」とはとてもシンプルな芸術形式です。写真はまさに「見る」ことです。それよりも必要なことはないでしょう?
— ありがとうございました。
PROFILE
ポール・グラハムPAUL GRAHAM
イギリスの写真家。ニューヨーク在住。氏の作品は35年以上にわたって世界中で展示されており、2009年のニューヨーク近代美術館での個展や、2010年のホワイトチャペル・ギャラリーでのキャリア中盤の作品を集めた回顧展は特に有名。また、第49回ヴェネツィア・ビエンナーレや、テート・ギャラリーが20世紀の写真家をテーマにして主催した「Cruel and Tender」などの著名なグループ展にも参加している。写真集も20冊以上出版しており、代表作に2008年出版でパリ写真賞の過去15年で最も価値ある写真集として選出された『a shimmer of possibility』がある。グッゲンハイム奨励金やドイチェ・ベルゼ写真賞のほか、写真界最高の栄誉とされるハッセルブラッド国際写真賞など、受賞歴も多数ある。