INTERVIEW

インタビュー|サンドラ・フィリップ(サンフランシスコMoMAキュレーター・2018年度 第41回公募審査員)

写真を撮り、概念化し、
世界をどのように見るべきなのかを提示するのがアーティストです。

サンフランシスコ近代美術館の写真部門のキュレーターとして
第一線で活躍してこられたサンドラ・フィリップ氏。

手がけられた企画には「クロッシング・ザ・フロンティア-アメリカ西部風景の変容」(1996)や
「ダイアン・アーバス リベレーションズ」(2004)など、重要な展覧会が多く含まれますが、
特にアメリカで森山 大道作品の全容を紹介した大規模個展「森山 大道 ストレイ・ドッグ」(1999)は、
森山のみならず日本人写真家への世界的評価を高める大きなきっかけとなったと言えるでしょう。

欧米における日本写真研究の第一人者としても尽力されてきたフィリップ氏に、
今回ご参加いただいた審査会の感想や、日本人写真家たちの欧米との違い、
今後の展望などについてお話をうかがいました。

写真との出会い

— ご自身の写真との出会いについてお教えください。

私の家族は全員、芸術・美術に関わっていました。そして、母がアマチュア写真家で、風景写真を撮っていたんです。また、私はニューヨークで育ちましたので、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にもよく行っていました。高校生の時にMoMAに行きましたら、ドアのところに「新しく写真ギャラリーを併設します」という表示が出ていて、なんと素晴らしいアイディアだろうと思いました。

— その後どういうプロセスを経て、キュレーターになられたのですか?

自分自身、キュレーターになると最初から思っていたわけではなくて、美術史の学者になるつもりでいました。そして、教師をしながら大学院に通い、博士号をとったとき、自分が住んでいた地域に就職先が見つからず、大学付属の美術施設で職を得たのです。しかし、今ではこの仕事に就けて非常に幸運だったと思っています。

— 多くの展覧会を企画されてきたサンフランシスコ近代美術館(SFMoMA)についてお教えください。

SFMoMAは1935年に設立されまして、近代美術を扱う施設としてはアメリカではMoMAに次いで2番目に設立された美術館となります。当初はMoMAとSFMoMAとの間での交流が盛んで、互いに行き来をしながら体制を整えていったという歴史があります。

— SFMoMAの写真部門についてもお教えください。

SFMoMAにとって写真プログラムは常に重要であり続けてきました。非常に長い間写真部は美術館最大の部門であり、西海岸を拠点に活躍したアンセル・アダムスやエドワード・ウェストン、イモージン・カニンガム、ドロシア・ラングなどの写真家たちの作品は、設立当初から写真部門の核となっていました。サンフランシスコという場所は、ごく最近になって経済的に大変豊かな地域になりましたが、かつてはそうではありませんでしたので、美術館の予算も決して多くはありませんでした。絵画と比べ、写真作品は比較的割安でしたので、限られた予算の中でも収集しやすいという事情もありました。日本の写真の収集を始めたのは私が着任する前の担当者です。良い時期に市場にアプローチできたと思います。今では日本人写真家の世界的評価が高まり、美術館で収集するのが難しいくらい作品の価格が上がってしまっていますから。

Crossing the frontier : photographs of the developing West, 1849 to the present © SANDRA PHILLIPS

日本の写真文化を育んだ土壌の豊かさを大切に

— 1999年にSFMoMAで森山 大道展が開催されたことは、日本人にとっては大事件でした。日本人写真家がアメリカの有名美術館で大規模個展を開催することは非常に珍しかったですし、しかもあの展覧会はメトロポリタン美術館などへも巡回して、各地で大変話題になりました。

私たちにとっても大事件でしたよ。森山は素晴らしい写真家ですよね。

— 日本の写真に興味を持ったきっかけなどありましたら、お教えください。

ニューヨークに住んでいた頃、1974年に「日本の新しい写真」という展覧会がMoMAで開催されました。ジョン・シャーカフスキーと山岸 章二が手がけた企画で、とても強い印象を受けました。
その後、働き始めたSFMoMAの写真コレクションには、私の前任者が日本の写真に興味を持っていたおかげで、すでに作品が数点所蔵されていました。それを引き継いだ私が興味を持つのは非常に自然なことでした。

— ご自身の関心をどのように追求していかれたのでしょうか?

「日本の新しい写真」をはじめ、アメリカで開催された日本の写真作品を紹介する展覧会をいくつか観た中で、特に強く興味ひかれたのが森山 大道と東松 照明でした。森山作品は、例えば野良犬の写真や逗子の海岸で日光浴をしている写真など、すでにSFMoMAにも所蔵がありましたので、このコレクションを更に広げて行こうと思ったわけです。そして、こうした活動が東松 照明展の実現にも繋がっていったのです。

Rineke Dijkstra: A Retrospective © SANDRA PHILLIPS

— アメリカやヨーロッパの写真と日本人写真家たちの作品の違いを、どのように捉えていらっしゃいますか?

日本の写真には、明確な独自性があります。特に1960〜70年代の作品は、アメリカやヨーロッパとは違う特徴があると思います。昨今、全てがグローバル化しているので、それぞれの国が持つ個性はだんだん薄れていく傾向はありますが、それでもやはりアメリカの写真家にはアメリカ的なもの、日本の写真家であれば日本的なものが今でも見てとれます。
私が研究対象としてきた東松 照明などは、日本におけるアメリカのプレゼンスや歴史に対する挑戦的・野心的な考えを持ちながら、非常に批判的な写真を撮っています。このように、社会や歴史が日本国内で撮られる写真作品にも大きな影響を与えていますし、日本の写真家はそういった意味で、特別であると言えるのではないでしょうか。この独特な歴史が、表現の多様性や豊かさを生んでいるのだと思います。

— 日本人の写真家が海外へ進出するに際の障壁があるとしたら、それは何だと思いますか?

まず、海外を目指すということが果たして本当に一番よい道かどうかは疑問ですし、かえって事態を複雑にしてしまうところもあるのではないかと感じます。
アメリカやヨーロッパでは、それほど経済的に豊かでない人たちであっても、写真を壁に飾る文化があります。
一方、日本では、戦前はアマチュア写真が主流でしたし、つい最近まで写真はアート作品としては見なされていませんでした。現在でも日本人写真家たちが作品を発表するには、写真集を出したり、雑誌に掲載する方法をとることが主流となっていますし、アートフェアでも日本の若手写真家の作品はブックの形でよく拝見します。このように、写真集の制作に重点を置いていることは日本の写真家たちの大きな特徴の一つですが、これは非常に健全でありますし、彼らの活動は非常に活き活きとしています。これは、大きな文化の違いだと思います。

— 日本の写真文化を育んできた土壌をないがしろにしてはいけないということですね。

森山 大道にインタビューした時、1960年代末から発行されていた同人誌「プロヴォーク」のために撮った素晴らしい写真をお持ちでした。これを是非、私が務める美術館で展示したいと申し出ましたら、「日本だったら、こんなものは道にゴミのように置いて、道行く人に勝手に持っていってもらうような程度のものだ」と言われて、とても驚きました。
日本では、まず美術館やギャラリー、出版社が、写真家に対して最初のサポートを提供する存在であるということを、はっきりと提示すべきであるように思います。

Stephen Shore, : hc, First edition © SANDRA PHILLIPS
Exposed: Voyeurism, Surveillance, and the Camera Since 1870 © SANDRA PHILLIPS

表現の道は自分で拓かなければならない

— 今後に登場を期待する、作品のイメージなどはありますか?

写真を撮り、概念化し、世界をどのように見るべきなのかを提示するのがアーティストです。そして、私は作品を受け取る側の人間です。それを受けて感じ取り、理解をしようとするのです。ですから、こちらから、出てきて欲しい作品の中身を想定して、それを期待するということはしないのです。

— 言い換えれば、どのような写真作品でも引き受けるという、キューレーターとしての懐の深さの表れでもあるように感じます。

それが私の仕事なのです。膨大な素材の中から興味深いものを選び、アーティストを発見することがキューレーターとしての私たちの使命です。

— 今、関心を持っている作品などはありますか?

個人的には、欧米のようにすでに確立されたような写真界ではなく、アフリカや南米などで撮られた写真作品をもっとたくさん見たいですね。素晴らしい作品がたくさんあるのに、まだ十分に認知されていないと思います。それに、日本の写真で、まだ私の知らない興味深い作品に出会うことができるのも、嬉しい驚きです。

— 今手がけられているプロジェクトがありましたら、お教えください。

日本の写真を紹介するウェブサイトを構想しています。日本人の方にも、日本における写真の歴史やその豊かさ、重要性、そして国際的にも非常に関心を持たれているということなどをもっと知ってもらいたいので、日英併記で載せることを考えているんです。

— 最後に写真家を目指す若者たちにメッセージをお願いします。

日本には素晴らしい写真文化がありますので、大志を抱け、という言葉をお贈りしたいと思います。豊かな想像力を育んで、世界のために素晴らしい写真を撮ってください。

PROFILE

サンドラ・フィリップSANDRA PHILLIPS

サンフランシスコ近代美術館、写真部門名誉キュレーター。ニューヨーク市立大学で博士号、ブリンマー大学で文学修士号、バード大学で文学士号を取得。1987年よりサンフランシスコ近代美術館に勤務し、1999年にシニアキュレーター、2017年に名誉キュレーターに就任。近代・現代写真の展覧会を多数開催し、高く評価されている。展覧会:「露出-窃視・監視と1870年以降のカメラ(Exposed: Voyeurism, Surveillance and the Camera Since 1870)」、「Diane Arbus-リベレーションズ(Revelations)」、「Helen Levitt」、「Dorothea Lange-アメリカン・フォトグラフス(American Photographs)」、「Daido Moriyama-ストレイ・ドッグ(Stray Dog)」、「クロッシング・ザ・フロンティア-アメリカ西部風景の変容(Crossing the Frontier: Photographs of the Developing West)」、「警察写真-証拠としての写真(Police Pictures: The Photograph as Evidence)」、「Sebastião Salgado-不確かな恩寵(An Uncertain Grace: Sebastião Salgado)」。また、ニューヨーク州立大学ニューパルツ校、パーソンズ・スクール・オブ・デザイン、サンフランシスコ州立大学、サンフランシスコ・アート・インスティチュートなどの教育機関で教鞭を執っている。アメリカン・アカデミー・イン・ローマのレジデントを務めた経験があり、2000年に国際交流基金(ジャパンファウンデーション)の助成金を獲得している。

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