一眼の楽しさを、全ての人に。
ミラーレス「Kiss」に託す熱い想い。
ミラーレスカメラ「EOS Kiss M」開発秘話
イントロダクション
初代「EOS Kiss」が誕生したのは1993年。大きく重い一眼レフカメラは男性の趣味と考えられていた時代に「小型・軽量」「簡単」「きれい」のコンセプトでさっそうと登場、母親をはじめ女性を中心に新しい一眼レフユーザーを生み出し、エントリークラスの一眼レフカメラにおける代表的なブランドとして位置づけられた。
10年後には時代の流れとともにデジタル化。CMOSセンサーや映像エンジン「DIGIC」などの独自技術によって、EOSの基本コンセプトである「快速・快適・高画質」を実現しながら、EOS Kissシリーズのアイデンティティーも継承することで、デジタル一眼レフカメラの市場を拡大するきっかけを作った。
スマートフォン(以下、スマホ)の普及に伴い、日常の1コマや趣味、料理などを気軽に撮影して仲間と共有したり、SNSに公開して楽しむことが当たり前となっているなか、ミラーレスカメラの人気が高まっている。そして2018年、EOS Kissシリーズ誕生25周年を迎える年に、ミラーレスカメラとして初めてEOS Kissのブランドを冠した「EOS Kiss M」がシリーズに加わった。
エントリークラスでありながら、高速・高精度なオートフォーカス(以下、AF)、高画質で4K動画撮影も可能といった本格的な撮影にも対応するEOS Kiss M。EOS Kissブランド初のミラーレスカメラを世に出すために、開発者はどのような思いで挑んだのか、商品企画部門、エンジン、AF、画像処理の各設計部門、デザイン部門の担当者に話を聞いた。
今回の「語る」開発者
-
加藤 雅之カトウ マサユキ
担当:商品企画 -
君島 裕一郎キミジマ ユウイチロウ
担当:DIGIC 8開発 -
川西 敦也カワニシ アツヤ
担当:デュアルピクセルCMOS AF開発 -
赤羽 隆志アカハネ タカシ
担当:4K動画 画像処理システム開発 -
松本 康マツモト ヤスシ
担当:プロダクトデザイン -
中村 安紗美ナカムラ アサミ
担当:UI(ユーザーインターフェース)デザイン
01
商品企画スマホ時代が求める「新しいスタンダード」をめざして。
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- 加藤 雅之カトウ マサユキ
フィルム一眼レフカメラ、コンパクトカメラ、デジタル一眼レフカメラ、ミラーレスカメラの商品企画を担当。
モットー:人の繋がりを大切に、相手の気持ちを大切に。
「face to face のコミュニケーションを常に心掛け、相手の気持ちを考えながら、お客さま視点で商品を企画しています。」
どのようなコンセプトから生まれたカメラなのですか。
加藤 雅之EOS Kiss Mは、初めてレンズ交換式カメラを使う方、主にスマホでしか写真を撮ったことのない方に、ボケ味のある写真、暗いところでの撮影や動きのある被写体でもきれいな写真が簡単に撮れるといったレンズ交換式カメラの魅力を実感していただけるエントリーモデルとして企画されました。
レンズ交換式カメラを使ったことのない方にも使っていただくためには、「大きい、重い、難しい、価格が高い」というハードルを一つずつ取り除いていく必要があります。「大きい、重い」をミラーレスにすることで解消し、「難しい」を解消できる性能をどのように盛り込むか、そして価格をいかに抑えるかを検討課題として開発がスタートしました。また、スマホのように写真を簡単に共有できるようにすることも必要と考えていました。
EOS Kissシリーズが誕生して25年になりますが、写真に対する価値観も変化してきていますね。
加藤EOS Kiss Mのコンセプトづくりは、時代とともに変わるライフスタイルや写真との関わり方、価値観を分析することから始まりました。
EOS Kissシリーズはファミリー層やママ層をターゲットユーザーとしていますが、今は、子どもの写真を撮るだけでなく、趣味や友達との付き合いの中で日常的に写真が撮られ、それに自分らしい加工を施したり、気軽に仲間と共有することが当たり前になっています。今回は、そのような変化に応えられるもの、スマホと同じような簡単な操作で、でも、撮れる画は違う、本格的できれいな写真が撮れ、共有も簡単にできるといったニーズをカメラの機能に反映させることが求められました。
それらはどのような特長として実現されたのでしょうか。
加藤EOS Kiss Mには、次のように大きく分けて6つの特長があります。
- ① AFの進化
映像エンジンDIGIC 8の搭載により、「デュアルピクセルCMOS AF*」が進化。高速・高精度なフォーカス、最高約7.4コマ/秒(AF追従)、最高約10コマ/秒(AF固定)の連写が可能。
* 撮像素子であるCMOSセンサーで位相差AFを可能にした、キヤノン独自のAFシステム - ② 高画質
最新の映像エンジンDIGIC 8と高精細なCMOSセンサーの搭載により、より高画質の写真や4K動画撮影が可能。 - ③ 操作性
初心者の方でも親しみやすいシンプルな操作性。 - ④ 多彩な画作り機能
お好みの画作りが簡単にできる「クリエイティブアシスト」や、シャッター音を出さない「サイレントモード」などの機能により、さまざまな写真表現が可能。 - ⑤ 共有機能
スマホやパソコンとのネットワークが強化され、撮影データの自動送信などが可能。 - ⑥ デザイン
黒と白のカラーバリエーションがあり、小型・軽量で携帯性に優れたデザイン。
企画時から「Kiss」の名がつくことは決まっていたのですか。
加藤商品企画審議時には、まだ正式名称は決まっていませんでしたが、ターゲットユーザーや商品コンセプトは、このカメラがEOS Kissシリーズという位置付けになることを想定した内容でした。主にファミリー層向けとうたってはいますが、ただ簡単に撮れればいい、ダイヤルやボタンは必要最低限あればいいということではなく、入門者にはわかりやすく、かつステップアップして趣味で使い込んでいく時にも十分満足いただけるようなカメラになっています。この1台できれいな写真が思い通りに撮れる、それでいて軽量・コンパクトで価格も手頃という、今の時代のお客さまが求める性能を十分に備えているのが、Kissという機種なのです。
02
最新技術と画期的な機能ゼロから見直した新映像エンジン。
「簡単」と「高性能」を高次元で両立。
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- 君島 裕一郎キミジマ ユウイチロウ
2002年より、DIGICのハード開発に従事している。
モットー:「映像エンジン(DIGIC)の開発とは、キヤノンのデジタルカメラの製品開発そのものであり、ユーザメリットのあるカメラの開発を心掛けています。」
EOS Kiss Mは新映像エンジンDIGIC 8が搭載された初めてのカメラとなりましたね。
君島 裕一郎DIGIC 8の開発当初、次世代ミラーレスカメラへの搭載ということは強く念頭に置いていましたので、今回のKissというブランドを冠したミラーレス機への搭載は、必然であったと思います。
DIGIC 8 私は初代DIGIC(2002年)から開発に携わっています。DIGICとは、カメラとしての基本機能のほとんどが搭載され、レンズおよび撮像センサーから取り込まれたデータから、美しい画像を高速に生成、処理するハードウエアプロセッサーです。その機能を全て挙げることは困難ですが、イメージセンサーからの入力の撮像処理、最終的に記録するための記録用信号処理、今回の目玉機能でもあるAFのための評価値の演算処理、電子手振れ補正処理、メカ制御、表示、通信、記録メディアなどの処理があります。アルゴリズム性能はもちろん、AF、動画、表示などの高速処理アーキテクチャーについてもさまざまな工夫がなされています。さらに今回のDIGIC 8では、これまでのDIGICに対して、基本部分の撮像、記録用信号処理について大幅な見直しをかけました。
DIGICの歴史
2002 | 信号処理の機能を1チップ化 | |
---|---|---|
2004 | 高速化、低ノイズ化 | |
2006 | 高画質化、顔検出 | |
2008 | 高画質化、高速化、動き検出 | |
2011 | ノイズリダクション進化、ホワイトバランス向上 | |
2013 | 動画進化(フルHD/60P) | |
2016 | 高画質化、高機能化(追尾・検出・手ブレ補正 ) | |
2018 | 撮影機能進化、動画進化(4K動画) |
なぜそうする必要があったのですか。
君島DIGICの信号処理は、センサーから入ってくるデータを取り込む「撮像」と、撮像したものを高画質な画像として記録する「記録」に大別されます。DIGIC 8では、静止画の連写機能や4K動画といったカメラの基本処理性能を、これまでから大きく向上することが求められたのですが、性能が向上するからといって、消費電力やコストも増えてしまうということは許されません。エンジン性能を向上しつつ、消費電力やコストは従来とほぼ同等にすることを実現するために、今までの「撮像」「記録」といった基本信号処理のベースを一度白紙に戻し、新たに構成検討する必要がありました。
完成までは苦労が多かったのでしょうね。
君島もちろん困難はいろいろありましたが、これまでとは大きく信号処理を見直したことによって、消費電力の低減やコストの削減が可能になるという大きなメリットもありました。
4K動画のように大きなデータ処理を連続的に行うと発熱量が大きくなり、動画の記録時間も長くできないなどの課題があります。今回の基本信号処理の見直しによって、4K動画においても、画質を向上させつつ電力を抑えることを達成できました。
初期のDIGICでは、どちらかというと静止画撮影に比重が置かれていましたが、近年では動画性能が重視される傾向も強まり、処理負荷も非常に大きくなっています。静止画と動画の信号処理は共通した機能もありますが、それぞれに製品から要求される仕様も異なります。共通機能については一つにまとめるような工夫を行い、そうでない処理においては、それぞれで最適化を行っています。
EOS Kiss Mの開発にあたっては、どのようなことを心掛けていたのですか。
君島製品開発が円滑に進むよう、DIGIC 8の機能を正しく製品開発側に伝えることを心掛けていました。DIGIC 8には非常にたくさんの機能があり、それぞれの実力を最大限に引き出してもらうためには、膨大な情報を整理し、正しく伝えることが大切だと考えました。
川西 敦也ターゲットユーザーを意識した上で、AFとしては「使いやすさ」を重視し、いかに簡単な設定や操作で撮りたいものが撮れるか、といった使い勝手の良さにこだわって設計を行いました。
- 川西 敦也カワニシ アツヤ
AFファーム設計担当。入社以来、デジタルビデオカメラ、一眼レフカメラ、コンパクトデジタルカメラの各製品を担当してきた。
モットー:為せば成る
「困難な状況に直面した場合でも、『やればできる』という強い意志を持って、最後まで諦めずに行動することを心掛けています。」
DIGIC 8によって進化した、デュアルピクセルCMOS AFとはどのような技術ですか。
川西撮像素子であるCMOSセンサーで位相差AFを可能にした、キヤノン独自のAFシステムのことです。従来のHybrid CMOS AFのセンサーでは、AF用の画素と撮像用の画素が別々に構成されていましたが、デュアルピクセルCMOS AFのセンサーでは1つの画素に2つのフォトダイオードを配置することで、全ての画素でAF情報を得ながら撮像することができるようになっています。
これによって画質とAF性能の両立が可能となり、暗い所での撮影など一般的にはAFが難しいとされるシーンでも、高速にピントを合わせることができるようになりました。また、動いている被写体に対してもピントを合わせ続けながら連写したり、なめらかに追従させながら動画を撮影したりすることが可能です。
デュアルピクセルCMOS AFとHybrid CMOS AFとの違い
- デュアルピクセルCMOS AF
- Hybrid CMOS AF III
- 詳しく知りたい
- デュアルピクセルCMOS AF
- キヤノンは、公益社団法人発明協会が主催する平成30年度全国発明表彰において、「撮像面位相差オートフォーカス方式を実現するイメージセンサーの発明(「デュアルピクセルCMOS AF」に関する発明)」で「内閣総理大臣賞」を受賞しました。
詳しくはプレスリリースをご覧ください。 - さらに技術について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
しくみと技術「デジタル一眼レフカメラ」デュアルピクセルCMOS AF
DIGIC 8との連携によって実現した新たな機能はありますか。
川西DIGIC 8になって処理時間が大きく向上したことで、より広範囲で高密度な処理を行うことができるようになりました。これによって、AF領域の拡大やピント合わせ可能な暗さの限界の改善など、AFとしての基本性能も向上し、撮影できるシーンの幅が拡大しています。さらに、エンジン性能の進化によりAFを含めたカメラ全体のパフォーマンスが上がったことで、人の目にピントを合わせたいという従来からのニーズに応えて、新たに「瞳AF」という機能を搭載しています。限られた開発期間とコストの中で、いかにターゲットユーザーに訴求できるような機能や性能を盛り込めるかが力を入れた点であり、苦労した点でもありました。
また一方で、EOS Kiss Mは、ミラーレスでありながらEOS Kissブランドに期待されるAF性能を実現する必要があったという点でも、大きなハードルがありました。画面全体の奥行き情報を活用して追尾・追従技術と連携するなど、ライブビュー撮影の強みを生かして、従来の一眼レフ機種のファインダー位相差AFに遜色のないAF性能をめざした結果、「簡単に撮れること」と「高性能であること」を高い次元で両立することができたと考えています。
- 詳しく知りたい
- 一眼レフカメラとミラーレスカメラの違い
- 一眼レフカメラ
- ミラーレスカメラ
-
一眼レフカメラは、カメラの中にあるミラー(レフ)に、レンズが捉えた景色を反射させ、「光学ファインダー」を通してその景色を見ます。リアルタイムに景色を見ながら撮影できるため、撮りたいと思った瞬間にシャッターを切ることができます。
一方ミラーレスカメラの場合、ミラーがない代わりに、レンズが捉えた景色を映像に変換し、それを「電子ビューファインダー」や「液晶モニター」に映します。これのメリットは、明るさや色味などを撮影前に確認できることです。
- 赤羽 隆志アカハネ タカシ
画像処理設計担当。入社以来、動画を中心にEOSの高画質化に取り組んできた。
モットー:まずはやってみる
「行動なくして成功なし。失敗や間違いも次の成功につながる貴重な経験だと考えて、積極的に手を挙げることを心掛けています。」
DIGIC 8によって画質もさらに向上したとのことですが、特に力を入れたことは何ですか。
赤羽 隆志動画の画像処理設計です。EOS Kiss Mはカメラの初心者にも使っていただける機種ですが、本格的に使っていただいても満足いただける高画質動画をめざしました。エンジンが進化したことは大きく、4K動画はEOS Kiss Mの一番の特長となりました。
今までのエンジンはどちらかというと静止画撮影を重視した設計で、特に解像感やノイズ感の制御を行う際に、静止画では使えるが動画では使えない回路や、動画で使うには制約のある機能がありました。しかし信号処理を抜本的に見直したDIGIC 8は動画を重視する設計にすることで制約が少なくなり、動画の画像処理においてやれることの幅が広くなりました。
エンジンの設計と画像処理の設計というのはどのような関係になるのでしょうか。
赤羽エンジンが持っているさまざまな機能を使って高画質化のための制御をするのが私の仕事です。例えば、ノイズリダクションという機能を用意するのがエンジン設計部門で、それをどのように使うかを私が設計します。暗いところで人物を撮ると、センサーに入ってくる光が少ないため、顔がどこにあるのかもわからないほどノイズだらけの画像になってしまいます。ノイズリダクション機能があればノイズを低減できますが、うまく使わないとノイズだけでなく人物の目といった必要な情報も消えてしまうのです。そこで、正しくノイズだけが消えるように、ノイズと被写体の境界線を制御するパラメータを適切なところに合わせ込んでいきます。
今回はエンジンが抜本的に変わったことで、画像処理の制御も一から考え直す必要があり、設計には苦労しました。自分1人で考えていてもできないので、エンジン設計部門に相談することが多かったように思います。エンジン設計の観点から、動画の画像処理に対してアドバイスをいただき、私はいろいろな製品で撮影された4K動画を評価し、EOS Kiss Mユーザーが4K動画で撮影するさまざまなシーンを想定した実写を繰り返しました。そこに自分の観点も盛り込みながら、これまでのパラメータをどう変えるかを決めていきました。
君島エンジンの省電力が最も効いてくるのは動画ですが、長時間撮り続けても高温にならないようにして、しかも画質は落とせない。そのバランスをどのようにとるかが画像処理部門との連携で最も難しかったところです。
連携・協働の力もキヤノンの強みですね。
君島エンジンに関して言えば、求められる性能が高くなっても開発にかける時間や人員が大きく増やせるわけではないので、製品開発部門、例えばAFや画像処理とエンジンが関係をより密にしながら取り組める、風通しのよい組織であることがますます重要だと感じています。そのような体制が目に見えない部分で生産性や性能向上に寄与していると思っていますので、私の立場としては、連携・協働をより高めていくように、これからも働きかけていきたいと考えています。
03
デザイン(プロダクト/UI)多彩な機能を直感的な操作で簡単に。
初心者が抱くハードルを、デザインの力で限界まで低くする!
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- 松本 康マツモト ヤスシ
インクジェットプリンター、スキャナー、ホームファクスなどを経て現在、主にカメラ関連のプロダクトデザインを担当。
モットー:「使いやすさはもちろん、モノとしての佇まいやユーザーが手に取った時の質感など、所有している満足感も得られるような製品になるよう常に心掛けてデザインしています。」
EOS Kiss Mはとても“カメラらしい形”をしています。まずはプロダクトデザインのコンセプトについてお聞かせください。
松本 康デザインのキーワードは「スタンダードなミラーレスカメラ」でした。日常的に持ち歩ける気軽さでありながら、「使いやすさに妥協せず、カメラの基本にこだわる」ことを追求しました。その結果、レンズ光軸上にファインダーを配した、誰もが思い浮かべるシンプルなカメラらしいアイコニックなスタイリングへとつながりました。
ファインダー以外にも、液晶画面・ホットシュー*・三脚穴がレンズの光軸上に配置されており、カメラの基本をおさえています。小型化する上ではファインダーや三脚穴をセンターに置くことは不利に働くのですが、のぞく位置が中心にくること、三脚にセットしたときでも安定して違和感なく撮れることなど、カメラメーカーとしてこだわった部分の一つです。
カメラの基本シルエットやディテールは、使っているときだけでなく、置かれているときの佇まいも考えて何度も修正を重ねました。デザインで迷った時は「どちらがスタンダードにふさわしいか」という判断でデザインをしていきました。
*外部ストロボを取り付けるためのパーツ
手の小さい女性でも握りやすいグリップですね。
スプーンカットフォルム 松本EOS Kiss Mは、ミラーレスカメラ専用のEF-Mレンズはもちろん、マウントアダプターを取り付けることで、システムカメラとして超広角から超望遠まで幅広いラインアップを持つEFレンズも使うことができます。さまざまなレンズの装着とさまざまな大きさの手のユーザーを考慮し、グリップ性も徹底的に追求しました。また、EOSデザインのこだわりとして、自然に指がフィットするシャッターボタンとスプーンカットフォルムは継承しています。
グリップ部に施している革シボパターンは、液晶モニターの背面にまで同じパターンを入れることで、手に触れる部分の心地良さを考慮しています。またモニターを閉じたときのグリップにかけての統一感を持たせました。
本体右側に集約したダイヤルとボタンの配置 子どもの撮影などでは、子どもをあやしながら撮る、ベビーカーを押しながら撮るなど、撮りたいときにシャッターチャンスを逃さず、片手でパッと撮れることが重要です。ダイヤルやボタンを本体右側に集約し、オン・オフの動作や表現に関わる操作を片手でできるようにしました。いずれも、エントリーユーザーからプロのサブカメラとして使用されることまでも想定し、ユーザーの誰もが使いやすいカメラにすることにこだわりました。
コンパクトであることがテーマの1つですが、操作ボタンなどはある程度の大きさがあった方が使いやすいということもあります。その見極めはどのように?
ボタンの形状 松本3Dプリンターで何十個も試作し、グリップの握りやすさや親指のかかり具合、ダイヤルはどれくらい本体から出すのがいいか、どのくらいの角度が回しやすいか、ボタンの大きさはどのくらいがいいかなど、実際に確かめながら検証していきました。前方の電子ダイヤルは人差し指、後方のモードダイヤルは親指で回すことを想定し、円筒形ではなく上に向かって少しすぼまっている台形のような形状にすることで、より回しやすいようにデザインで工夫しています。
カラー展開についてはどのように考えられたのですか。
カラーバリエーション 松本黒は定番の色として当初からカラーバリエーションの中に入っていましたが、もう1色は女性ユーザーを意識 してこの類のカメラとしては珍しい光沢感のある白を選びました。Kiss Mの認知度が上がるにつれて白も人気の色になり、今では購入層の半分以上が白を選んでいます。当初白は主に女性に支持されるかと思っていたのですが、カジュアルなグレードのカメラということで、普段は選び難い白をあえて選ぶ男性も意外と多いことがわかりました。
デザインはチームでの作業なのでしょうか。また完成までにはどのようなステップがありますか。
松本まず複数名でアイデア出しを行い、最もふさわしい案に絞っていきます。今回は私の案が採用されたので、そこからはプロダクトデザインの担当として基本的には1人で、リリースまでのプロセスのほとんどに携わります。商品企画、開発、工場など関連部門とのディスカッションを何度も行い、デザイン案に対して設計やコストなどの観点から、実現可能かどうかの検討をしていきます。さまざまな要因で実現できなかった部分も多々ありますが、どうしても譲れないこだわりの部分については、関連部門にも理解してもらい、「このデザインを実現しよう」という共通の想いのもと、協力してもらいながら進めていきました。
フラットな背面 例えば、EOS Mシリーズとして初めて搭載となったバリアングルモニターは、閉じたときに本体から出っ張らず、すっぽりと収まるデザインになっていますが、本体を凹の形に掘って液晶モニターを収めるというのは意外と難しいことでした。しかし、できる限り突起を作らずにヒンジと液晶モニターをうまく本体になじませたいという想いがあり、さまざまな部門の協力があって実現できたものの一つです。このような難しい課題をクリアしていくことで、結果として品位を落とすことなく、本当に良い製品に仕上がったと思います。
加藤EOS Kiss Mのコンセプトとして「小型・軽量・簡単」に加え、手頃な価格であることも重要でしたので、デザインをはじめ開発関係部門と共に、目標コストを達成すべくチャレンジをしてきました。とはいえ、ただ安ければ良いということではなく、「このカメラを持ちたい」と思える商品であることが大切です。品位を落とさずコストを抑えるにはどうすればいいか、何度も何度も話し合い、多くの提案をいただきながらまとめていきました。
- 中村 安紗美ナカムラ アサミ
2014年に入社以来、ユーザーインターフェース(以下、UI)デザイナーとしてカメラとそれに伴うアプリケーションのデザインを担当。主にエントリーユーザー向け製品のグラフィック製作に従事している。
モットー:「健康を第一に、仕事は前向きに」
UIについては、どのような部分を重視されたのですか。
中村 安紗美昔はカメラといえば運動会などのイベントで使うものでしたが、時代とともにもっと日常的に、いつもカバンに入れて持ち歩く身近なものへと変わってきています。今までオートモードでしか使ってこなかった人にも、さまざまな写真表現の楽しさに気づいてもらえる仕掛けを入れたいと思いました。
具体的には、オートモードに付加された「クリエイティブアシスト」機能です。液晶画面右下の絵筆のアイコンをタッチすると起動し、背景ぼかしや明るさ、鮮やかさなどの調整を、スマホと同じようにゲージを左右に動かす操作でできるようにしました。ゲージを動かすと、変更はリアルタイムにライブビューへ反映されます。数値で設定するのではなく、目で見て感覚的に調整ができるのに加えて、絞りや露出、ホワイトバランスといったカメラの専門用語ではなく、「ぼかす⇔くっきり」「すっきり⇔鮮やか」といったわかりやすい言葉で表すなど、難しそうなイメージにつながるものを1つずつ変えていきました。
松本EOS Kiss Mには、露出をわかっている人なら簡単に思い通りの画づくりができる機能がたくさんあるのですが、オートモードで撮るだけではせっかくの機能も生かしきれません。オートモードであっても画づくりを試しやすい仕掛けやボタンがあれば、「試してみようかな」と思っていただけるのではないかと考えました。そして、試しにやってみたら、「数値などを気にしなくてもスマホ感覚で操作できた」と感じていただくことが一番の狙いです。
クリエイティブアシストモード
中村クリエイティブアシスト機能の各アイコンは、全体としてカラフルにしていますが、屋外での撮影時など液晶画面が見づらいときのために、明瞭な形状でも判別できるよう、各アイコンの差異化を図っています。分かりやすさ、親しみやすさ、視認性を検討し、試作を重ねました。
初心者が抱くハードルを下げる工夫として他にはどんなものがありますか。
中村レンズ交換式カメラを使うのが初めてという方のためのKissの機能の中で、オートモードは入口となる機能であり、カメラと最初に出会う機能です。それが難しいイメージになってしまうことに対しては特に注意する必要がありました。そこで、クリエイティブアシストで何か設定を変更した後に混乱してしまった場合でも、すぐにオート撮影に戻せるリセットボタンを大きく目立つように配置しました。途中、何度もユーザーテストを行い、この形が最もわかりやすいということが検証できました。
ステップアップをめざしたいユーザーのための工夫点としては?
中村「シャッター速度優先」モードや「絞り優先」モードなどをもっと気軽に試していただけるように、モードダイヤルを回すとそのモードで得られる効果が、写真やイラストでグラフィカルに表示されるようにしました。オートから一歩踏み出したい人のステップアップを補助する機能です。
ビジュアルガイド
- 撮影モードガイド
写真作例を表示しながら撮影モードの選択をわかりやすくガイド。 - メニュー表示
メニュー画面のトップで設定できる項目を簡潔に表示。
UIの仕事はどのように進んでいくのですか?
中村各種調査結果や製品自体の狙いからUIのコンセプトを立て、それを可視化し、実現するためにはどんな仕組みを作ればいいのか、開発部門と協働でボタンの大きさなど細かい部分までやり取りしながら決めていきます。
開発途中のユーザーテストも重要です。「クリエイティブアシストでゲージを動かすとき、写したいものが良く見えない」というコメントがありました。そこでゲージ操作時は他のアイコンなどは画面から消えるようにしました。ユーザーテストと改良を繰り返すことで、より良い製品作りが出来ると考えています。
最後に、各担当者の方にそれぞれの仕事をする上で大切なことや、やりがいについて伺います。まず、商品企画の仕事で最も大切なことは何でしょうか?
加藤私たち商品企画の重要な仕事の一つは、商品に込められた「想い」を開発部門・販売会社、最終的にはお客さまへ分かりやすく伝えることです。商品化に至る背景、狙い、ターゲットとなるお客さまはどのような人たちか、そのお客さまがカメラに対しどのような価値観を持っているのかなどを検討した上で商品コンセプトや特長を考え、わかりやすく伝え続けることが大切だと思っています。
映像エンジンの開発では、いかがでしょうか?
君島DIGIC自体は、非常に小さな半導体チップですが、そのチップを開発するということは、カメラそのものを開発することなんだという意識をメンバー全員が持つことが、重要で大切であると考えています。
例えば、暗いところでもきれいに撮れるノイズリダクション機能の担当者が、単なるノイズリダクション回路の設計仕様だけを考えて仕事をしていた場合、部分最適となり、最終的なカメラの製品仕様の要件を満たさない可能性が出てきます。高ISOを達成するためのノイズリダクション回路はとても重要ですが、カメラの静止画処理はそれだけで成り立っているわけではなく、さまざまな要素が複合的に絡み合いながら形成されます。センサー入力から、AFの評価値などの取得、表示出力、最終的な記録画像の生成に至るまで、全ての処理の全体像を把握していることが重要になります。目標のISO感度を達成できたとしても、ノイズリダクション機能の影響で連写が遅くなりました、ということでは製品として認められません。そういったトータルの観点で、DIGICの機能の開発ができるかどうかが、カギになると考えています。
部分を開発するとしても、全体を知っていることが必要なのですね。
君島外部からチップを買って実装するのではなく、一から内製化している、それも本当にカメラを分かっている人間がエンジンを開発し、価値あるカメラ仕様を満たした エンジン開発をできることが、キヤノンの強みであると思います。
川西AFシステムの設計においても同じことが言えます。AFという1つの機能も多様化し、最近では関連する技術や部門も多岐にわたってきているため、常にカメラ全体のバランスを見て何を優先させるかなど、皆で話し合いながら仕事を進めています。
4K動画の処理設計に携わる上で大切な事とは、何でしょうか?
赤羽4K動画の処理設計を行うようになってから、より静止画を意識するようになりました。4K動画は解像度が静止画に近づき、静止画切り出し用途が想定されるなど、静止画との差が少なくなったため、画質目標の設定や画質評価方法の検討において、静止画の知識やノウハウが求められます。一方、露出やホワイトバランスなどをコマ間で違和感なく滑らかにつなげるなど、動画特有の要件もクリアする必要があります。今後さらに解像度が上がれば、静止画と動画の使い方に垣根がなくなることも考えられるので、設計者の意識からも垣根をなくす必要があると考えています。
デザインの仕事でやりがいを感じるのはどのようなときですか。
中村開発中は、何か問題が起きてはそれを解決するといった地道な作業が多いのですが、少しだけボタンの形を変えたり、細かい部分を何度も修正したりしていると、急にぐっと良くなる瞬間があります。そんなとき、「来た!」という感じで仕事がとても楽しくなります。
松本最初のスケッチからモックアップになり、徐々に中身、設計が決まり、多くの問題をクリアして試作ができあがり、製品に近づいていく、という過程は大変な時もありますが、開発者みんなが同じ目標に向かって作り上げていることが実感でき、やりがいを感じます。そして、無事に製品となり、発表されて、市場の反応が良く、そしてなによりも無事に店頭に並んでいる姿を見たときには、我が子を見るような達成感があります。外で実際に使われている場面に出くわすと、思わず声をかけたくなるくらいうれしく、デザインの仕事をしていて良かったと思います。EOS Kiss MはテレビCMなどいろいろなメディアで目にする機会も多いので、とてもうれしいです。
エンディング
EOS Kissシリーズは初心者にやさしいエントリークラス機だが、EOS Kiss Mの魅力はやさしさだけにとどまらない。その存在感をより際立たせているのは、むしろカメラとしての多彩な機能や高いレベルの性能だ。開発者たちの想いは、一貫して「一眼ならではの高画質や、最新技術を駆使した性能の良さを、初めての人にも味わってもらいたい」というものだった。それを実現するために、やり直しをいとわずぎりぎりまで改良を重ね、チャレンジを続けた。
ミラーレスカメラの人気が高まる今、タイムリーに登場したEOS kiss Mは、年齢や性別、ライフスタイルの違いを超え、一眼の楽しさを、全ての人に与えてくれるだろう。
インタビュー・構成 : 後藤依子(ごとう よりこ) 印刷会社、編集プロダクションを経て、フリーのディレクター・ライターとして独立。半導体、エネルギー、工業機器、環境など、幅広い分野で執筆業を中心に制作に取り組む。