写真新世紀 2021年度 [第44回公募]

審査員(敬称略)

グウェン・リーDECKディレクター、シンガポール国際写真祭 アーティスティック・ディレクター

写真はパワフルかつダイナミックなメディアで、自分を取り巻く世界や自分自身の内なる世界を巡り表現することができます。消費者として、そしてキュレーターとして、写真に関わる私個人の人生経験から言わせていただくと、写真とは不思議な魅力や驚き、つながりの瞬間を確実に伝えてくれるものであり、心を揺さぶり感情をかき立てる力があります。

一瞬が静止した状態である写真の描写は、過ぎ去った時間と空間を再訪・再体験する旅への入口です。テクノロジーが進化し、インターネットが社会のプラットフォームとして発展してくるに伴い、ビジュアル・カルチャーの中の写真という存在も常に変化してきています。同様に、アーティストも写真を挑戦しがいのあるものとして認識し、私たちの生活に根付いたメディアとしてその多様性を再定義して拡大しています。この不確かな現在の状況の中で、写真は時代を記録するだけでなく、私たちの世代の精神と人間性を体現する役割を果たしています。そして、私たちの社会や自分と他者との関係性において重要な存在であり続けています。

プロフィール

2008年、シンガポール国際写真祭を共同で立ち上げる。
2010年、シンガポールのアートコミュニティへの貢献が評価され、日本商工会議所から表彰を受ける。2013年、ゲーテ・インスティトゥート・シンガポールとシンガポール国立芸術評議会(NAC)の支援を受けて、ドイツでキュレーター関連の研究に従事する。2013年、SIPFはNACから助成金を受給し、シンガポール国内での写真分野の公共教育のさらなる発展を目指す役割を担う。
2014年、写真家に通年利用できる活動と研鑽の場を提供する目的で、アートギャラリーのDECKを共同設立。DECKはコンテナを利用したアートスペースという革新的な建築デザインが評価され、2015年にシンガポールのプレジデント・デザイン賞を受賞する。
過去13年でキュレーターや企画者としてシンガポール国内外の40以上の写真展に参加。「自他の境界:写真で見る母国シンガポール」、シンガポールのアート・サイエンス・ミュージアムで開催された「Flux: Contemporary Photography from China」、「Green and Gold: Singapore photography」、「Steidl 101 Books」、森山大道個展(2016年)、荒木経惟個展(2018年)に携わる。写真関連イベントの審査員やポートフォリオ評価員としての多数の実績がある。

ライアン・マッギンレー写真家

写真には人生の混沌と美を取り入れて表現できるという素晴らしい力があります。その力を借りれば、存在しない世界を生み出すことも可能です。この1年は誰にとっても厳しい状況で、これまで考えたこともなかったやり方で対応していかなければならなくなりました。写真家たちがこのような事態の中で模索するユニークかつ独創的なコンセプトを目にできる機会に恵まれてワクワクしています。この不自由な状況でどのような優れた作品が生まれてくるのか楽しみです。

プロフィール

1977年アメリカ・ニュージャージー州ラムジー生まれ。
2000年にニューヨーク州のパーソンズ美術大学で美術学士(専攻はグラフィックデザイン)を取得。25歳の時にホイットニー美術館で個展を開催、同館で個展を開催した最年少のアーティストとなる。作品はこれまで世界各地で展示されており、東京オペラシティアートギャラリー、アロス・オースフ美術館(デンマーク)、ベルガモ近現代美術館(イタリア)、大林美術館(韓国)、クンストハルKAdE(オランダ)、カスティーリャ・イ・レオン現代美術館(スペイン)、MoMA PS1(アメリカ)などで個展が開催されている。また、『ニューヨーク・タイムズ』、『インタビュー』、『ローリングストーン』、『ヴォーグ』をはじめ数多くの新聞や雑誌にも作品が掲載されており、活躍の場はエディトリアルの分野にまで広がっている。ニューヨーク州ニューヨーク在住。

オノデラユキ写真家

写真的というのは写真的ではないこと?
先ず写真が発明されて間もない頃を想像してみたい。カメラという光学器械で目の前の事象を平坦に定着させる、あるいは自分の姿を写真を介して眺める。このような行為は極めて奇妙な経験ではなかったか。この最初の「奇妙さ」を探求することも私が写真にこだわる理由のひとつだ。

アート=芸術とは、それが成立するためにはそのメディウムに対する問いと探求がなければならない、ということは自明であろう。まずはすんなり受け入れず、その表現手段自体に作家は抵抗しなければならないのだ。 そして、何といってもオリジナリティ、オリジナリティ、オリジナリティ。これこそが作品の作品たる中心だ。何よりそこを見て行きたい。 私は第一回写真新世紀(1991)の受賞者。「写真」でさえあれば、サイズや表現形態を一切制約しないこのコンペティションは当時大きなインパクトがあった。進化し続ける「写真」は今でも可能なのか。不自由な社会に於ける自由な表現の場、そこに現れる作品群とは。これらに出会えるのだろう、と想像しただけでも興奮してしまう。

プロフィール

東京生まれ。1993年よりパリにアトリエを構え世界各地で活動を続ける。
カメラの中にビー玉を入れて写真を撮影したり、事件や伝説からストーリーを組上げ、それに従って地球の裏側にまで撮影に行ったり、あらゆる手法で「写真とは何か」「写真で何ができるのか」という実験的な作品を数多く制作し、写真という枠組みに収まらないユニークなシリーズを発表。さらに自分自身で2m大の銀塩写真をプリントし、油絵の具を使ってモノクロ写真に着彩するなど、数々の独特な手仕事の技法でも知られる。
その作品はポンピドゥ・センターを始め、サンフランシスコ近代美術館、ポール・ゲッティ美術館、上海美術館、東京都写真美術館など世界各地の美術館にコレクションされている。
主な個展に国立国際美術館(2005)、国立上海美術館(2006)、東京都写真美術館(2010)、ソウル写真美術館(2010)、フランス国立ニエプス美術館(2011)、ヨーロッパ写真美術館、パリ(2015)などがある。

椹木 野衣美術評論家

写真が(日本語で言う)「写真」からこれほどかけ離れた時代はないのではないか。今ではもう「写真が変えようのない真実を写している」などとは誰も信じていない。むしろ写真はいま、日ごとになにか得体のしれないものになりつつある。その得体のしれなさを、いったい誰が他に先んじて捉えるのか。いや、そういう言い方自体が(ありもしなかったかもしれない)主体性に重きを置く過去の表現の言い回しにすぎないのかもしれない。捉えるのではない。誰が写真そのものになることができるか。どこまでが撮る者で、どこまでが被写体かがわからないような淵に立つ世界を呼び寄せることができるだろう。そういう生々しい危機感のようなものを、いま、写真に対して抱いている。

プロフィール

1962年秩父市生まれ。美術批評家。91年に出した最初の評論集『シミュレーショニズム――ハウス・ミュージックと盗用芸術』(洋泉社)は「サンプリング/カットアップ/リミックス」を核に据え、美術、写真、音楽ほか後に続く多くのアーティスト、クリエイターに大きな影響を与えた。ほかに多くの議論を呼んだ「悪い場所」を唱えた『日本・現代・美術』(新潮社、1998年)、第25回吉田秀和賞を受賞した『後美術論』、平成29年度芸術選奨文部科学大臣賞(評論等部門)を受賞した『震美術論』(いずれも美術出版社)など多数。現在、多摩美術大学美術学部教授、芸術人類学研究所所員。

清水 穣写真評論家

「リアル」「天然」「野蛮」といった、写真を見ない者が無責任に垂れ流す抽象的なキャッチコピーは通用しません。
写真はどんな物語でも引き受けるでしょうが、決して物語に染まりはしません。
「身近な友人」ではなく、あなたの理想の被写体を選び抜いてください。
「なにげない写真」ではなく、考えつくし見つくしたうえで見せてください。
デジタル技術は、もはや「アナログ写真ではないもの」ではないデジタル「写真」の、未知の領域を開いています。
その未知の領域が未来へも過去へもつながっていて「写真」を再発見させてくれる、そんな表現を待っています。

プロフィール

1995年頃より現代美術・写真、現代音楽を中心に批評活動を展開している。 1995年『不可視性としての写真:ジェイムズ・ウェリング』(1995年 Wako Works of Art)で第1回重森弘淹写真評論賞受賞。 主な著書に『写真と日々』(2006年 現代思潮新社)、『日々是写真』(2009年 現代思潮新社)『プルラモン』(2011年 現代思潮新社)『デジタル写真論』(2020年、東京大学出版会)などがある。
現在、同志社大学グローバル地域文化学部で教授を務める。

安村 崇写真家

かつての応募者として印象に残っているのは、期限内に作品を仕上げることの難しさです。ひとまずの完成を求められるこのような公募の場において、何をもって完成とするのかという、作品に対するけじめのようなものに不慣れだったのでしょう。応募作に対し心残りがあればもう少し時間をかけて取り組むことも選択肢の一つです。また、完成などないという考えもあるでしょう。しかし応募するということは、たとえ一旦であれ自身とその作品にとどめ刺すことだと思います。そのような思いでご自身の作品と向き合われた時、新たにみえてくるものもあるのではないでしょうか。まだ知らない写真の喜びに出会えることを楽しみにしています。

プロフィール

1972年滋賀県生まれ。95年日本大学芸術学部写真学科卒業。99年に「第8回写真新世紀」年間グランプリ受賞。2005年に写真集『日常らしさ/Domestic Scandals』を発表。同年、パルコミュージアムで「安村崇写真展」を開催。2006年にはマドリードでグループ展「Photo Espana」参加。2017年に写真集『1/1』を発表。

横田 大輔写真家

何でまたこんなことをやってるのだろうかとうんざりする飽きの中でやっと手にする事が出来る小さな発見が、誰の為になるかも分からない個人的な作業を延命させてゆくのだと思います。その延命の繰り返しの中で、どのようにしてそこに至ったのか一見しただけでは把握できない作者独自のルートが形成されるのではないでしょうか。時に本人にとってはなんて事のない日常の様に退屈なものかもしれません。けれどそれが他人にとっては驚くほどの新鮮さを持ち謎をも含む魅力的な作品である可能性があるかもしれない、と僕自身そこに小さな希望を感じています。
本来みなさんと同じ立場である僕が審査する側だと言う事に正直複雑な気持ちはありますが、この様な刺激的な場の最後に立ち合える機会をいただけたことに感謝いたします。

プロフィール

1983年、埼玉県生まれ。日本写真芸術専門学校卒業。 2008年「キヤノン写真新世紀」佳作(大森克己選)、2010年 「第2回写真1_WALL 展」グランプリを受賞。 2016年、Foam Paul Huf Award、第45回(2019年度)「木村伊兵衛写真賞」を受賞。これまでに『垂乳根』(Session Press、2015)や『VERTIGO』(Newfave、2014)、『MATTER/BURN OUT』(artbeat Publisher、2016)など数多くの写真集を国内外で発表している。
主な個展・グループ展に、Foam写真美術館「Site / Cloud」(2014)、「Matter」(2017)、「SHAPE OF LIGHT」(Tate Modern、2018)、「Painting the Night」(Centre Pompidou-Metz, 2018-2019)、「Photographs」(rin art association, 2021.4/4〜6/6)など。

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