PRESENTATION
河井 菜摘
「Sampling time」
私の作品は、日本古来の塗料である漆の板の上に写真の感光剤を塗り、ピンホールカメラに入れて直接焼き付けたもので、今から10年前、2006年の夏至の日の光が閉じ込められています。 当時、私は京都の芸大で漆を専攻していました。
「写真」という字は「真(まこと)を写す」と書きますが、私の写したものは光の二次情報だったのだと気づきました。モノクロ写真を撮るためにはネガからポジに反転しなければならず、光のあて方や手法によっては絵を操作することもできます。
私は漆の作品で光の痕跡を残そうと思い立ちました。漆の板に感光剤を塗り、ピンホールカメラで撮影します。黒い漆で実験してみると、驚いたことに、ネガではなくポジの画像が浮かび上がってきました。これなら漆でやる意味もあるし、何より、直接、光で像を描くことができる。これこそ私が考えていた「写真」だと思ったのです。
漆というのは、塗り上がりが一番暗く、時間の経過や光があたることで茶色から黄金色に透けていきます。
今回制作した3点の写真はそれぞれ露光時間を変えています。露光時間の差によって「時間のかたち」が変わっていくという認識です。10年前のそれぞれの時間と、その後の10年間をつなげて見せるというコンセプトで「Sampling time」と名づけました。
私にとって写真は、光が描く二度と戻らない時間のように感じています。この作品は比喩ではなく、本当に光と時間が閉じ込められている標本のように感じています。
審査員コメント
柴田 敏雄氏
僕はいつも、平面の作品を見るとき最も気になるのがマチエール(質感)です。現代ではモニタで見せる作品もありますが、「もの」として考えたとき、マチエールが問題になってくると思います。
作品を見せるにあたって額装するのは、写真が退色するのを防いだり、消えて無くならないようにしたりするためですが、河井さんの場合は時が経つにつれてだんだんクリアになってくる、通常の概念と逆のアプローチが面白いと思いました。
また、僕も油絵出身なので、河井さんのアプローチは一般的な写真家のそれとは違い、何か考えがあるんじゃないかという直感もあり優秀賞に選ばせていだきました。