鳥が教えてくれること vol.1

野鳥はなぜ、自然保護の指標(ものさし)とされているのか?

鳥は自然保護の指標(ものさし)?

鳥は自然保護の指標(ものさし)とされることが多い。なぜだろう。簡単に言ってしまえば、鳥たちの多くは(フクロウ類をのぞいて)昼間に活動し、人の目につきやすい存在だからである。しかもキジやクジャクやオシドリなど、目の覚めるような色鮮やかな鳥がいっぱいいるし、タンチョウやハクチョウ類はその白い清楚な美しさで昔から人の目を引いてきた。ウグイスやコマドリなどの小鳥たちは、とても美しい鳴き声を持っているし、オオルリやキビタキはその鳴き声に加えて、姿も美しい鳥である。だから鳥たちは、昔から歌に詠まれ、絵に描かれ、ごく自然に多くの人々の関心を集めてきた。

だが自然界における鳥の重要性はそういう情緒的なものだけではない。私たちが自然界の食物連鎖を考えるとき、昆虫食や植物食、種子食、果実食、そして肉食といった多様な食性を持つ鳥たちは、生態系ピラミッドのそれぞれの階層(栄養段階)の重要なメンバーになっている。自然の生態系が健全に保たれ、機能しているかどうかは、この食物連鎖のピラミッドが、横に大きく広がり、何層にもかさなっているかどうかでわかる。そのピラミッドの頂点にいるのが、オオタカやフクロウ等、肉食の猛禽類とよばれる鳥たちである。

生態系ピラミッドの上位種ほど、広く、豊かな環境を必要とする。多くの環境で上位は肉食動物に占められているが、その肉食動物も、死んでしまえば、ピラミッドの最下層に位置するバクテリアによって分解される。

日本で生態系の頂点にいる猛禽類

生態系の頂点が、なぜケモノではなく鳥なのだろう。日本の森にはたしかにシカやサルやクマなど大きな哺乳類が棲んでいる。彼らの方が体も大きいし、山奥の自然が豊かな森に棲んでいるように見える。しかしシカやサルやクマは食物連鎖の頂点の動物ではない。なぜならシカは植物食、クマやイノシシは植物に偏った雑食性の動物だからである。

自然界の食物連鎖とは「食べる、食べられる」の関係を通じたネットワークのことである。栄養(またはエネルギー)は、植物が太陽の光を用いて水と二酸化炭素から合成したブドウ糖から、草食動物、そして肉食動物の身体を作り上げて、また土にもどっていく。その生態系の頂点に立つ動物は肉食動物である。

地球上のたいていの地域では、生態系の頂点にいるのは大型の肉食動物である。アフリカのサバンナではライオンやチーターなどのネコ科動物、インドのジャングルではトラ、シベリアの平原ではオオカミが生態系の頂点に立っている。では日本では?もしニホンオオカミが生き残っていたら、私たちは日本の森の生態系の頂点はニホンオオカミとためらいなく答えるだろう。だがニホンオオカミは明治時代に絶滅してしまって、現在、シカやウサギを積極的に捕らえて食べる肉食動物はいなくなってしまった。

オオカミに変わって日本の森で肉食動物の頂点にあるのが、イヌワシやクマタカ、オオタカといった大型の猛禽類である。イヌワシはまさに猛禽類の王者で、ノウサギやヤマドリ、さらにはシカの幼獣くらいなら楽に捕らえることが出来る生態系の頂点の存在である。

オオタカ。留鳥として北海道から九州の低山で繁殖し、農耕地や市街地にも出現する。鳥類のほか、ウサギやテンなどの哺乳類も捕食する。

里山の食物連鎖を想像してみよう

けれどイヌワシやクマタカのいる森はちょっとなじみがないと思うので、身近なところで関東地方の里山をイメージしてみよう。埼玉や千葉、群馬から栃木のあたりの北関東の林である。低い山々の裾野のあちこちに谷津田(※)がつくられ、コナラやクヌギ、エゴ、ヤマザクラなどの落葉広葉樹に覆われている。冬にはこれらの樹々はすべて葉を落として明るい林になり、春の芽吹きの頃は遠くから眺めるとヤマザクラのピンクがところどころにちらばり、淡いパステルトーンで描かれたようなおもむきのある林である。そして大切なことは、里山には常に人の手が入り、人々がそこからさまざまな恵みを受け取ってきた人里に隣接した林であるということである。こんな林の食物連鎖はどうなっているのだろう。

関東地方の里山の生態系の頂点にいるのはオオタカである。オオタカはキジやヤマドリ等の大きな鳥から、シジュウカラやスズメのような小さい鳥まで、時にはノウサギも捕らえて食べている。オオタカに並んで少し標高の高い山ではハイタカが小鳥専門のハンターとして君臨している。ノスリは少し深い山でネズミやヘビ等の小動物を捕っている。里山の主役のサシバも猛禽だが、主食はカエルやヘビ等、昔ながらの谷津田に生息している小動物である。これらの猛禽類が里山の食物ピラミッドの上位にいる。

※谷津田:谷間につくられた水田のこと

「里山」とは、手つかずの原生的な自然ではなく、集落のそばにあり、人が生活のために利用してきた自然環境を指す。拡がる田んぼや畑と、点在する人家。いわゆる故郷、田舎風景のイメージ。しかし、農業の衰退や過疎化により、里山環境は衰退の一途をたどっている。

食物連鎖のバランスが崩れると

もしこれらの鳥たちがいなくなったらどうなるだろう。現在、シカが増えすぎて、あちこちで森林や農作物の被害が出ているが、数をコントロールするものがいなくなったとき、1つの種が大発生するというのは、害虫などでもよく知られている。都会に昆虫の捕食者であるシジュウカラなどが少なくなった戦後しばらく、大都市ではアメリカシロヒトリやマイマイガなどが一気に増えて、街路樹が丸坊主にされていた時代があった。いまはこうした街路樹の害虫はほとんど姿を消し、一方でシジュウカラやヒヨドリ、メジロ等を街中の公園でもよく見かけるようになった。

鳥が身近にいることは、自然が豊かな証拠

公園にこうした鳥たちが棲めるということは、公園の生態系が、1種類の害虫だけが棲む不安定な生態系ではなく、鳥たちのエサとなるさまざまな昆虫(もちろん害虫もいるがその天敵であるハチやクモもいる)や木の実があるバランスの取れた生態系であることを示している。それは私たちの生活空間が、自然が豊かで安心な空間であることをも示している。だから鳥は自然保護の指標(ものさし)と言われるのである。

里山の食物連鎖の例。水田や畑、林がある里山には、メダカやオタマジャクシ(カエル)などの水生生物だけでなく、バッタやトンボなどの昆虫、ネズミやウサギなどの哺乳類も生息している。それらが、食べ、食べられ、命がつながっていく。しかし、ある種が激減・激増するなどの変化が起こると、連鎖の関係がうまくいかず、結果、生態系のバランスが崩れてしまう。

解説者紹介

上田 恵介

1950年大阪府生まれ。
動物生態学者。元立教大学理学部生命理学科教授。元日本鳥学会会長。
鳥類を中心に動植物全般の進化生態学のほか、環境問題の研究にも取り組む。
日本野鳥の会評議員で、会長。会員による鳥類学論文集「Strix」の編集長も務める。

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