鳥が教えてくれること vol.3
赤い実の秘密
植物が子孫を残すために
人間も鳥も魚も、すべての生きものにとっての最終目標は、子孫を残すことともいえる。しかし、足も羽もない植物は、自力で動けないため、生息域を広げるのには限界がある。
そこでタンポポのように種子に綿毛をつけて風に乗せたり、オナモミ(「ひっつき虫」と呼ばれる)のように人や動物に表面にあるトゲでくっついて移動したりと、さまざまな工夫を施していることは、よく知られていることだ。
今回は、その植物の種子散布のうち、とくに鳥を利用して、生息域を拡大している例を紹介しよう。
なぜ赤い実なのか?
秋から冬にかけて野山のあちらこちらにガマズミ、モチノキ、イイギリなど、赤い実が目につきはじめる。公園によく植えてあるタチバナモドキ(ピラカンサ)やサンゴジュの実、街路樹のハナミズキの実も赤である。この季節に野山で見かける木の実の圧倒的多数は赤色で、どれも1センチくらいの小さな実である。
この季節、自然界に小さな赤い実が多いのはなぜなのだろう?
北海道や信州では街路樹にナナカマドがよく植えられている。まだ初雪を見ない頃のナナカマドの葉は緑色で、そこに赤い果実がついていると、木の葉の緑と補色関係にある赤は、私たち人間が見てもよく目立つ。植物たちは赤い実を目立たせて、鳥に「ここにおいしい食べ物があるよ」という信号を送っているのである。
自分では動けないタネは、鳥に遠くに運ばせる作戦をとる
秋から冬は、虫の少ない季節である。夏に虫を食べていたヒヨドリやメジロは、この時期になると、果実をたくさん食べる。留鳥のムクドリやオナガも果実が大好きである。さらに冬になるとシベリアや中国東北部からツグミやシロハラなど、たくさんのツグミ類が越冬にやって来る。じつは植物はこれらの鳥に果実を食べてもらい、種子を遠くに運んでもらうために、小さな赤い実を進化させたのである。
「果実を鳥に食べられてしまったら、植物は困るんじゃないの?」と思う人もいるかもしれない。けれど心配はいらない。鳥が食べて、胃の中で消化されるのは種子を包んでいる果肉の部分だけで、種子は傷つけられずに、フンと一緒に排出されるのである。
リンゴやミカンは美味しさが武器
そもそもこの世の中に、なぜリンゴやカキやミカンといった、おいしいフルーツがあるのだろうか。神が人間のためだけに作ってくださった訳ではないだろう。果物屋で売られているような、大きくて立派なフルーツを作ったのは、果樹の育種家の人たちであるが、私たちの祖先が狩猟・採集の生活を送っていた時代にも、果実はあった。
しかし私たちの祖先たちが食べていたリンゴもカキもミカンも、今よりもっと小さくて、酸っぱくて、時には渋かったのだろう。けれども自然の中で暮らしている人たちにとって、果実は季節の豊かな贈り物だった。私たちの祖先は季節になると熟してくる果実を求めて、森に分け入ったのだろう。そしておいしい果実を見つけた祖先は、その果実をいつでも身近で採集できるように、食べたあとのタネを自分たちが住んでいる住居の周りにまいて、栽培しはじめたと考えられる。あるいは意図しなくとも、ゴミ捨て場に捨てられたタネが偶然、発芽したものを果樹として利用しはじめたこともあったかもしれない。人類史におけるフルーツ栽培の夜明けである。
渋くても、鳥の味覚には問題なし!
ところで、自然界に多い赤い実は、食べてみると渋かったり、苦かったり、舌にピリピリとしたりで、そんなに美味しくないことが多い。小さな赤い実で人が食べて美味しいのはキイチゴ類やヤマモモ、グミなどごく限られた種類である。実は、鳥の味覚と人の味覚はかなり異なっているようだ。鳥がどう感じているかはよくわからないが、鳥は苦味には強いようである。その前に、そもそも果実を好むヒヨドリやツグミなどの鳥は、果実を噛まずに丸呑みする。だから、毒のある果実ならいざ知らず、果実の味にはこだわらないのかもしれない。この点が歯のある哺乳類との違いである。
赤い実のもう一つの秘密
自然界で、植物は果実の赤色を目立たせて、鳥に「ここにおいしい果実があるよ」という信号を送っている。ところが、逆に赤は昆虫にとっては見えにくい色となっている。種子に害を与える虫たち(幼虫が種子を食べる昆虫類など)はいろいろいるが、それらは紫外線を見ることはできるものの、赤を見ることはできない。赤い果実は、害虫には目立たず、逆に種子を運んでくれる鳥にはよく見えるようにという、進化の産物だ。秋に実る多くの果実が赤い色をしているのは、このためなのである。
解説者紹介
上田 恵介
1950年大阪府生まれ。
動物生態学者。元立教大学理学部生命理学科教授。元日本鳥学会会長。
鳥類を中心に動植物全般の進化生態学のほか、環境問題の研究にも取り組む。
日本野鳥の会評議員で、会長。会員による鳥類学論文集「Strix」の編集長も務める。