歴史館年代から見る

2011年-2015年

2011-2015

新たなる映像制作分野への参入

2008年に発売されたEOS 5D Mark IIは、搭載したフルHD動画撮影機能*(EOS MOVIE)により映像のプロから注目を浴びていた。「シネマ」の分野に可能性を感じたキヤノンは、全社をあげて新しい製品群を開発。「CINEMA EOS SYSTEM」として本格的に映像制作の分野への参入を果たした。静止画、動画ともに高精細な映像表現の競争が激化する中、キヤノンは意欲的に新しい製品を発表し続ける。

* 一眼レフカメラとして世界初

ハリウッドからの高い評価を得ていたEOS MOVIE

CINEMA EOS SYSTEM製品発表記者会見でカメラを片手に紹介した御手洗冨士夫会長兼CEO(当時)

EOS 5D Mark IIのフルHD動画撮影機能(EOS MOVIE)は、開発段階では予測すらしていなかったニーズを満たしていた。35mmフルサイズのCMOSセンサーと大口径のEFレンズによって得られる動画は、高価で大型の映画用カメラを凌駕していた。被写界深度の浅い映像、豊富な交換レンズ群による多彩な映像表現、さらに、高いISO感度でもノイズの少ない画質などのメリットに映像のプロが飛びつき、ハリウッドという映画の聖地において高い評価を獲得していた。
この状況に着目したキヤノンUSAは、ハリウッドで何が起こっているのかを徹底してリサーチした。同時期、約10年毎の新技術開発を模索していたビデオカメラ事業部、事業拡大を目指していた放送機器用レンズ事業部もそれぞれのアプローチで「シネマ」の分野へ注目していた。

2009年3月に関係者が集結。ビデオカメラ事業部、放送機器用レンズ事業部、そしてキヤノンUSAにより、EOS MOVIEの技術をビデオカメラに発展できないかの検討がなされた。製品化に向けて11月には暫定プロジェクトをスタート、部門横断プロジェクトとして「シネマ」分野への新規市場開拓に向けた活動が始まったのだった。

製品企画段階から、専用のEFシネマレンズも含めた「CINEMA EOS SYSTEM」製品群としての発売が決定していた。2012年にはシステムとして「iFプロダクトデザインアワード」を受賞。

そして、2011年11月4日、映画用のフルハイビジョンデジタルシネカメラとそのレンズをはじめとした周辺機器を「CINEMA EOS SYSTEM」として発表、翌2012年1月31日に発売した。デモ映像を撮影した気鋭の監督たちからCINEMA EOS SYSTEMは絶賛され、キヤノンはプロフェッショナルの映像制作の分野へ本格的な参入を果たした。映像業界全体に新しい風を吹き込んだのだった。
CINEMA EOS SYSTEMは、フルHDの4倍に相当する4K解像度の高精細動画を撮影することを前提に設計され、既存のEFレンズ群が使えることもアドバンテージとなっている画期的な製品だ。アメリカのハリウッドで行われた新製品発表記者会見では、当時の会長兼CEO 御手洗冨士夫が「キヤノンが創業以来75年近くかけて培った高度な技術やものづくりの精神の粋を集めた。映画制作に革命を起こす」と述べ、新たな時代の到来を示唆した。

ハリウッドへの参入は、はじめてではなかった

アカデミー映画賞科学技術部門賞を受賞した「マクロズームレンズK5×25」と「K-35シリーズ」。

キヤノンと映画との関わりは、ずっと以前からあった。映画用レンズの開発に、積極的にチャレンジするメーカーが皆無だった時代、1969年末に、ハリウッドの映画関係者がキヤノンを訪れた。映画用のズームレンズを作ってほしいというのだ。その要請に応えることを決めたキヤノンでは、光学設計技術者の向井二郎と広瀬隆昌が中心になって開発を進め、1971年5月に「マクロズームレンズK5×25」を完成させた。好評を博したこのレンズは、1973年に「映画用マクロズームレンズ」開発の功績が称えられ、アカデミー映画賞科学技術部門賞を受賞している。

企画から発売までをわずか2年で実現

2013年に国際宇宙ステーションからアイソン彗星の世界初の撮影に成功した「EOS C500 PL」。

欧州で権威のあるEBU(欧州放送連合)の基準に適合した「EOS-1D C」。TIPAアワード(2013)を受賞。

当時、CINEMA EOS SYSTEM開発プロジェクトのキーパーソンだった枝窪弘雄は、「CINEMA EOS SYSTEMは、事業部と販売会社がひとつの目標に対して、短期間に集中して取り組み、営業成果を出せるものを完成させたまれなケースではないか」と語る。「新しい映像文化の創造に貢献する」ビジョンのもと「目指せハリウッド」を合い言葉に、3部門が協力してさまざまな課題を解決していった。
一般的にハリウッドでの映画撮影では、大型のメインカメラとは別に、複数台のサブカメラで撮影が行われている。異なるカメラワークを演出に活かすためだ。つまり、映像制作の現場では、狭小空間で取り回しができて、自由なアングルで撮影できる小型のカメラが求められていたのだ。

まったく新しい製品コンセプトを共有するために、枝窪らは最初にモックアップを作った。中身の検討の前にモックアップが作られるのは異例のことだ。新製品に対する全メンバーのベクトルを合わせ、大規模プロジェクトを成功へ導くためである。縦長のボディによる独特のスタイルで、撮影操作のわかりやすさ、扱いやすさが強調されており、ひと目で説得できる力があった。
製品コンセプトが決まった時点で2011年11月にハリウッドで発表することも決めた。デジタルシネマカメラとEFシネマレンズをあわせて、製品群として市場投入することも、この時点で決まっていた。すべて前もっての徹底したリサーチが裏付ける戦略だ。開発が間に合わないというのでは話にならない。こうして通常であれば3年以上かかる開発プロジェクトが2年で達成されたのだ。
翌2012年には、続けてEOS C500/C500PL、EOS-1D Cを発表。EOS C500PLは超高感度4K画質で世界初となるアイソン彗星の撮影にも成功した。

CINEMA EOS SYSTEMに対するプロフェッショナルたちの評価

それまでの映画用システムに比べて、「CINEMA EOS SYSTEM」はとにかく安く、そして取り回しもよかった。小型軽量のボディは撮影場所選定の自由度をあげる。カメラを載せるための大がかりな準備を省けるため、車の後部座席などの狭小スペースでの撮影や、バイクに括りつけての超ローアングル撮影など、幅広い撮影方法にチャレンジできる。優れた高感度性能により、追加のライティングは不要になった。つまり、撮影機材やスタッフも最小限に抑えられる。さらに、既に所有しているEFレンズも活用できる。CINEMA EOS SYSTEMなら、今までにない映像表現が可能になるのだ。
「キヤノンには稼がせてもらった。CINEMA EOS SYSTEMなら、従来3日間かかっていた撮影も2日ですみ、役者やスタッフの拘束時間も少なく、3回使えばモトがとれて…」現場クリエーターからの言葉は、開発陣にとって、最高の誉め言葉だった。

CMOSセンサーがCINEMA EOS SYSTEMのキーデバイスだった

CINEMA EOS SYSTEMのAFは、後に、デュアルピクセルCMOS AFとしてデジタル一眼レフカメラのEOSにも搭載された。

2年での開発を成功に導いたキーデバイスはCMOSセンサーだった。このセンサーに2010年時点で4Kをサポートするための技術が搭載されていたからだ。
マニュアルフォーカスが常識だった映画の撮影に、AFでのピント合わせを提案することにつながった。後のデュアルピクセルCMOS AFである。4K解像度の高精細画像ではわずかなピントのずれも目立つ。高精度なAFの重要性を予想した先行開発がブレイクスルーを起こしたのだ。
製品に使われる要素デバイスには、表に出るのとは別に将来を見越したスペックを、さまざまなところに潜在させている。開発時の検証によるとそのCMOSセンサーの素性はきわめて優れていることがわかった。だからこそ、製品化が急げたのだ。

さらなる高速AFを実現したデュアルピクセルCMOS AF

2013年、キヤノンはさらなる高速AFを実現したデュアルピクセルCMOS AFを完成させ、デジタル一眼レフカメラのEOS 70Dに搭載している。ライブビュー撮影時の高速性、そして高精度なピント合わせを実現するこのテクノロジーは、動画撮影時のスムーズなピント合わせにも有効である。もちろんキヤノンによる自社開発で、自社製造のCMOSセンサーの技術と長年培ってきたAF技術を融合させた革新のAF方式だ。CINEMA EOS SYSTEMと共に生まれたデュアルピクセルCMOS AFは、将来を見越した開発を常に考えるキヤノンならではの先取り精神を象徴するテクノロジーと言えるだろう。



デュアルピクセルCMOS AF

新しいユーザーを取り込んだEOS Mシリーズ

タッチ操作にも対応する洗練されたユーザーインターフェイスを搭載。iFデザインアワード(2012)を受賞した「EOS M」。

こうして、CINEMA EOS SYSTEMが、これまでのデジタル一眼レフとは異なる業界に大きな影響を与えたのに加えて、キヤノンは、デジタルイメージングの世界観を、より広い層にアピールしようとしていた。
当時、デジタル一眼レフカメラ内のミラー機構を除いて小型化をはかったミラーレスカメラが競合他社から多く発売され、レンズ交換式カメラの裾野が拡がりつつあった。
後発となったキヤノンはEOS Mシリーズを投入、先行する他社製品に対するアドバンテージとしてデジタル一眼レフのEOSと共通の大型のAPS-CサイズCMOSセンサーを搭載することで、小型のCMOSセンサーを搭載する多くの競合製品を凌駕する画質を実現した。
デジタル一眼レフカメラのDNAを引き継ぐEOS Mシリーズは、スタイリッシュな外観とタッチ操作可能なユーザーインターフェイスでスマートフォンやコンパクトデジカメに慣れたユーザーを一気に取り込んだ。EOS M(2012年)に続いて、EOS M2(2013年)、EOS M3(2015年)、EOS M10(2015年)を発売、また、EOS Mシリーズ専用のEF-Mレンズも新規に開発し、EOS Mシリーズのラインアップも拡充された。

コンパクトデジタルカメラの進化

1.5型CMOSセンサー、F2-3.9レンズを搭載したハイエンドコンパクトデジタルカメラ「PowerShot G1 X Mark II」。

また、日常的なイメージコミュニケーションツールとして、スマートフォンが爆発的に普及していた時代でもあった。スマートフォンのカメラ機能の充実もとどまることを知らず、もはやコンパクトカメラはいらないといった論調もまことしやかにささやかれていた。
そんな状況下においても、コンパクトデジタルカメラに対する新たなニーズにキヤノンは柔軟に対応していく。カメラにはカメラのあるべき姿があるという考え方のもと、大判センサー搭載モデルや超高倍率ズームの躍進など、コンパクトデジタルカメラのラインナップの充実をはかっていった。
そこにあるのはスマートフォンとの競合ではなく協調だ。それがWi-Fi機能搭載やスマートフォンアプリのリリースにつながっていく。

5000万画素オーバーモデルの登場

高感度時の画質向上に技術が惜しみなく投入された「EOS 5D Mark III」。TIPA アワード(2012)、EISAアワード(2012)を受賞。拡張ISO感度はISO 50-102400。EOS-1D Xと同じ61点高密度レティクルAFを搭載。

ハイエンドデジタル一眼レフのラインナップ充実も進んだ。2012年3月には、画素数優先の1Ds系と連写性能優先の1D系を統合したEOS-1D X、ハイアマチュア、プロから信頼されるEOS 5D Mark IIの後継機EOS 5D Mark IIIが登場。EOSシリーズ初のWi-Fi機能などを備えた軽量・小型のEOS 6D(2012年11月発売)や、最高約10コマ/秒の高速連写と高性能AFを搭載したEOS 7D Mark II(2014年11月発売)など、ラインアップの充実とシリーズの刷新が着実に行われた。

2015年6月には、5000万画素オーバー機EOS 5Ds / EOS 5Ds Rを発売。約5060万画素と、競合機を圧倒する画素数の35mmフルサイズCMOSセンサーを搭載。デュアルDIGIC 6の採用で、高画素ながら最高約5コマ/秒の高速連写、常用最高ISO感度6400を実現した。カメラ内部の振動ブレを低減するためのカム駆動方式ミラーや、細部の表現をより重視するピクチャースタイル「ディテール重視」など、高画素機のメリットを最大限に引き出すための機能を搭載している。

進化を重ねるEFレンズ群

世界で初めてエクステンダーを内蔵した「EF200-400mm F4L IS USM エクステンダー 1.4×」。

世界最広角11mmの焦点距離により新しい領域の映像表現を可能にし、TIPAアワード(2015)を受賞した「EF11-24mm f/4L USM」。

EFレンズ群もまた、その進化をやめない。2011年に7000万本、2012年に8000万本と累計生産本数を着実に伸ばし、2014年には1億本を達成した。1億本達成時に製造されたのは、世界初のエクステンダー内蔵超望遠ズームレンズEF200-400mm F4L IS USM エクステンダー 1.4×だった。
世界初となるエクステンダー内蔵の超望遠ズームレンズの完成には多くの課題があったが、エクステンダー内蔵の放送用レンズを開発していた実績が生きた。形状、耐久性、アクチュエーターの配置など、メカ設計のすべてが見直された。200-400mm(開放F4)から280-560mm(開放F5.6)まで、レンズ交換なしで切り替え可能、ズーム全域で色収差を抑えて単焦点レンズ同等の性能を実現した。

また、2015年には世界最広角ズームレンズEF11-24mm F4L USMを発売した。垂直に近い角度で入射する光の反射防止に効果のあるASC(Air Sphere Coating)と、入射角の大きな光の反射を抑制するSWC(Subwavelength Structure Coating)の2つのコーティング技術をEFレンズではじめて同時に採用、超広角レンズで発生しがちな各収差を、4枚の非球面レンズの効果的な配置により解決した。



特殊コーティングSWC (Subwavelength Structure Coating)

BRレンズを初めて採用し、色収差を大幅に低減。画面の中心から周辺まで優れた描写性能を実現した高性能レンズ「EF35mm F1.4L II USM」。

EOS 5Ds / EOS 5Ds Rの登場以降、EFレンズは5000万画素機の解像力を引き出せる新設計を採用、カメラの進化に併せて、レンズの技術も進化の一途をたどっている。静かでスムーズな動作のSTM(Stepping Motor)、青色(短い波長域)の光を大きく屈折させて高水準の色収差補正を可能にするBR(Blue Spectrum Refractive)レンズなど、新しい技術が続々と製品に投入された。