PRESENTATION
佐々木 香輔
「Street View」
政府は除染作業が十分に進捗して生活関連サービスが概ね復旧したとして、福島県の浪江町、富岡町、飯舘村の一部の避難指示を解除しました。毎年東北の被災地を訪れていた私は、この避難指示の解除を待ってこれらの場所に訪れることにしたのです。そこには、ひび割れたままの道路、津波で流されたままの家や車が6年前の姿のまま残っていました。私は震災直後に引き戻された気がしました。6年という歳月を経た風景が、震災直後のリアリティのないあの景色よりも切実な現実感を持って私の前に立ち現れたのです。
この写真は、避難指示が解除された浪江町の請戸地区で撮影したものです。左手奥で光っているのは福島第一原発の光です。私は、町に灯りがともる様を撮影するため夜に撮影することにしました。町の灯りが人の気配や動きを表してくれると考えたからです。そしてもう1つ、長時間露光による撮影を考えたからです。10秒や20秒という長い時間を1つの画像に収めることは写真だけが持つ特別な表現方法です。私は写真にしか写らない風景を映し出したいと考えました。
タイトルは、撮影場所がすべて公道であることを強調する意味で付けました。私が撮影した場所はバリケードで隔てられた避難区域ではなく、普段みなさんが生活している道と地続きでつながっています。望めば、いつでも誰でも訪れることができる場所なのです。決して特別な場所ではありません。
私の作品は一度撮影したら終わり、ではありません。この作品は浪江町の商店街の一角で撮影したものですが、9月に訪れた際、後ろの建物の1つがすでに取り壊されていました。避難指示が解除されてから、帰還を諦めた人たちは自分たちの家を解体することを選択しています。私は、解体された後の空間が、この夜の暗闇が、これからどのような光で照らされていくのかを記録してとどめていきたいと思います。避難指示が解除されてから、町は急ピッチでインフラの整備が進んでいます。私は復興という名のもとにこの夜の風景が今後どのように変わっていくのかを写真にとどめていきたいのです。そして、私の震災直後の記憶をとどめるためにも、この沿岸部のいまだ震災の影響が強く残る地域を記録していきたいのです。
長時間露光による写真は、写真を必然的に美しく仕上げてくれます。このことも意図して撮影しました。現代社会やSNSでもてはやされる写真は、その多くが単純に美しい写真だと感じます。私も、パッと見て美しいと感じる写真を目指しました。その美しい写真が実は原発の事故によるものだと知ったとき、人はどう思うでしょうか。私は単純にきれいな写真を提示したかったわけではなく、見る人の心を裏切り、感情を揺さぶるような写真を撮りたかったのです。美しさの裏に何があるか、本質的に何が映されているのかを伝えたかったのです。そしてこれは美しい写真ばかりをもてはやす社会やSNSへの、私のささやかな抵抗でありアイロニーです。
みなさんにとって復興とは何でしょうか。震災直後、私自身の無力さを心から痛感しました。その無力さから震災直後の風景に積極的にレンズを向けることができないでいました。復興とは何か、今ここで明確な答えを伝えることはできません。それでも、自身の無力さに甘えることなく、これからの人生を通して、写真を通して、復興とは何かを考え続けていきたいと思います。
審査員コメントと質疑応答
杉浦 邦恵氏(選者)
夜の暗闇がロマンチックで美しいと思っていた風景が、福島の震災後の風景だとわかったとき、すごくショックを受け、ぜひ他の人にも見てもらいたいと思って選びました。あなたの言うように、美しい風景の底に沈んでいる恐ろしいもの、死や恐怖といったものがさらに強調されると思いました。
椹木 野依氏
公道を撮っているということでしたが、必ず電線と電柱が並行していますね。公道を撮るというのは「電気の道」を撮ることでもあると思います。これについてはどのように考えていますか。また、ぽつんと残った家の灯りの中に樹木のようなものが見えるのですがこれは何でしょうか。
(佐々木)意図して電柱をなるべく入れるようにしました。これがとても特徴的だと思いますし、将来的には電柱に街灯がともるのかなという展望も考えて意識的に電柱を入れています。 家の灯りに見えるものは、灯りではなく、近くの工事現場の光が窓ガラスに反射したものです。家に人がいるから明るいのではなく、反射して明るく見えているのを意図して撮りました。