PRESENTATION
別府 雅史
「2011-2018」
私の写真には固有の名詞や動詞はありません。写真が何かしらの事件を記録するものだとして、私の写真には珍しいことは何も起こっていないのだと思います。私はそのような固有性を無意識に排除してきたのだと思います。また、私は「写真を撮る」という意識も希薄です。私の写真は、私自身の個性を表現するものだとは思いませんし、何か特別なコンセプトを表現するための手段でもありません。つまり、私は言葉にならないようなものと物事との抽象的な関連が見たいのだと思います。
こうした関心を誘発するものを、私は単純に「美しさ」と呼んでいます。といっても、私が撮るものは一般的に美しいとされるものとはかけ離れていると思います。私たちが美しいと思うものの背後にはさまざまな規則があり、それらから離れることで、そのもの自体が備えている抽象的な美、普遍的な美へと近づきたいと思っているからです。
私の考えているような美の問題に、多くの先人たちが取り組んできたのだと思います。例えばそれは近代美術史上において、絵画におけるイメージや記号を取り巻く問題として表出してきました。
写真には何か具体的なものが写っていますが、それが何であろうと私自身にとってはどうでもよいことです。意味のないイメージが写真に写っていれば、しかもそれらが一貫した特徴を備えてもいなければ、1つの記号として消費されることもありません。私はイメージや記号が無意味で無秩序であれば良いのだと思いました。
写真は「あるとき」、「ある場所」の光景ではありますが、同時にカメラやプリンターなどの装置によって出現した「プリント」という現実でもあります。こうした二面性は私にとって重要で、それぞれがもう一方に対して抱える矛盾が大きければ大きいほど、もう一方、さらに両面を強く意識させることになると考えています。その結果、現実がその存在をより顕在化させるのだと考えています。これは意見の違う者どうしが対話を深めることと似ています。しかもそれは永遠に結論が見出されない、無限に続く対話のようなものです。
私が風景を写すとき、あるいは写真を並べて展示を構成するとき、どのように風景を切り取るのか、またどの写真とどの写真を隣り合わせるのか、その判断は極めて主観的であり個人的なものです。それでも私は外部の規則やランダムなやり方を取り入れることを好みません。あえて自身の作為を紛れ込ませることによって客観性、普遍性と対話し続けたいと思っているからです。これは私自身が自然の前でどれだけ小さい存在であるのかを思い知らされることです。それを理解し近づこうと努力することです。
私が言いたいのは、どのような瞬間であっても、すべてのものは等しく美しいということです。私たちはさまざまなものに支配されているが故に、常にそのような認識を得ることが難しい、だからこそ何かと何かを対比させたり、別の角度から見たり、否定したり、新しいものを求めたりしなければならないのだと思います。私には芸術の歴史がそのようなものに思われます。
審査員コメントと質疑応答
安村 崇氏(選者)
別府さんの応募作品は小さな写真を溢れるほどファイルに詰め込んであって、ページをめくってもめくっても写真が出てくる。それにどんどん引き込まれていったことをよく覚えています。今のお話とも関連しますが自己表現として写真を撮っていない、写真に何かを語らせようとしていない部分がすごく新鮮に見えたからです。自意識が邪魔していないような作品だったのでまったく欲を感じませんでした。その欲のなさが、写真というメディアの、撮影者が意識する、しないに関係なく何かを写してしまう客観性、写真らしい部分を見事に見せつけられた感じがしました。
ファイルの存在はすごく衝撃的でしたが、展示では作品が厳選されています。どのような基準で選んだのですか。選んでしまったところに自意識みたいなものが入ってしまって、見る側は流れというか関係を見てしまう。でもあのファイルは、そんなものをすっとばして、何か振り切れたものがあったんです。それが展示からも見ることができたらすごく面白かったと思いました。
(別府)初めは4枚くらいで展示しようと思っていたのですが、少なすぎるということで壁面の大きさを考えて点数を増やし、22枚となりました。まずファイルがあったということを意識して、壁面だけで物語れるような構成にすることを意識して選びました。私は600枚くらいで応募したのですが、それぞれ3枚ずつ1800枚くらいプリントして、それを部屋一面に広げ、床の上で組み合わせました。写真という現物が目の前にあった上で展示を構成したということを強調したいと思います。 壁面で展示するとなったとき、物量で見せることはしたくなかったのです。物量があれば僕自身の行為が前に出てきてしまうというか、そうではなく、物語ることができればと思って、点数を絞ることにしました。