PRESENTATION
千賀 健史
「OS」
「OS」とは「オレオレ詐欺」を意味する隠語です。若年層の貧困問題に関心があり、調べているうちに、貧困からオレオレ詐欺のような犯罪に手を出してしまう若者がいることを知り、疑問と関心を持ちました。ちょうどその頃、警察から「私の母の名前が詐欺グループの名簿に載っている」と連絡があり、さらに関心を強めました。自分は貧しい若者の不満も理解できるけれど、詐欺被害者の家族の気持ちも想像できる。二つの立場から、オレオレ詐欺を取り巻く社会について見ることができるのではないかと思い、作品の制作を始めました。
作品は、場所を撮ったもの、人を撮ったもの、抽象的なイメージから構成されます。
リアルな犯罪現場を撮りたいと思いましたが場所を特定することは難しいと思ったので、ニュースのほかルポや映画などの二次創作物の写真や映像の情報とインターネットの地図情報などから当たりを付け、現場で起こったことを想像しながら撮影しました。ですから本当と嘘が混じっている作品になっています。
詐欺グループにいた人や被害を受けた人にインタビューすることはできましたが、彼らを撮ることは選びませんでした。作品中に登場する人物で顔が写っているものは、すべて自分自身の写真をアプリで加工したものです。若者も高齢者もすべて僕の写真です。オレオレ詐欺は「見えない犯罪」と呼ばれたり、「劇場型犯罪」と呼ばれたりしています。詐欺師が電話の向こうでいろいろな人物を演じているように、僕自身も作品の中で、被害者や加害者に見えるような人物になりました。
もう一つ、抽象的なイメージですが、「見えない犯罪」といわれるオレオレ詐欺では捕まるのはいつも末端の構成員であり、グループの上層部はなかなか捕まりません。彼らは書類を水溶紙という水に溶ける紙に印刷し、ばれそうになると水に放り込んで消します。そうして誰と誰がつながっているか、「受け子」や「出し子」が誰から依頼されたかがわからないようにしています。このような見えないつながりを可視化するため、作品では実際に水溶紙に顔や場所を印刷して溶かし、それを撮影して抽象的なイメージを作りました。
作品はもともとブック形式なので、ページをめくることにより一定のスピードでシークエンスが流れていきます。それを壁の展示で表現するために、本で見せている流れを変換するように構成しました。
真正面に配置されているかのように見える作品も、離れて見ると、どれもいびつに角度がついており、影ができて歪みのようなものが見えてきます。小さい人物写真はよく見ると乱れていて、左から見ると若者に見えるが、右から見ると高齢者に見えるようになっています。立ち位置によって被害側、加害側、または無関係な立場になるなど、オレオレ詐欺を取り巻く社会の見方の変わり方を表しています。
審査員コメントと質疑応答
オノデラユキ氏(選者)
審査の時は本でした。オンライン審査だったので触れることはできませんでしたが、電話帳のように厚い本でした。オレオレ詐欺自体は珍しいものではないですが、抽象的なイメージや資料的なテキストも使い、個々の人物を撮影しながら、これほど重層的に作り上げていく力はすごいと思いました。この内容をどのように展示するかはずっと気になっていたことです。斜めになっている自作の額装など、すべては素直には見られないようにするといった気遣いも面白いと感じました。
本のように時間軸のあるものを平面に起こすのは大変な作業です。本を作るのにどれくらいの時間がかかっていますか。また、本作のようにリサーチをもとにした作品以外を創る可能性はありますか。そのような作品に対してどう思いますか。
(千賀 健史)本作は2019年から取り組んでいるプロジェクトで、2年ほどの間に12冊のバージョンアップを繰り返して応募作品の形になりました。これで完成ではなく、まだ発展していく予定です。
本作、前作とも社会へのリサーチをもとにした作品であり、別の作品を創る際は、社会へのリサーチはしなくても、自分に対するリサーチなど「深く知ってかみ砕く」というプロセスは必要かなと思っています。
椹木 野衣氏
この作品で見せようとしているのは「見えないもの」ですね。見えないものを可視化するという難しい課題に挑戦されていますが、「OS」において見えない存在を浮かび上がらせるための方法として、自分のポートレートを溶ける紙に印刷してイメージを崩したり、展示と対面しても斜めになっているので正位置に立てないとか、左右でイメージが対照的に移り変わるとか、工夫をされていてインスタレーションにとても力が入っていると感じます。一方で、それは見せ方の工夫であり、背後にある見えない巨大な何者かはそういう物理的な特性に依存しているわけではないので、いくら見せ方の工夫をしてもそれは物理的な特性でしかなく、そこから背後の見えない何かが浮かび上がってくることは私自身にはありませんでした。どうすれば「見えないものが見えてくる」ようになるのか、少し戸惑いました。
(千賀 健史)「見えない犯人」というよりは、被害者も加害者もこの社会の中で見えにくくなっているのがオレオレ詐欺だと思います。顔の見えない加害者と、被害を隠す被害者。そもそも被害に気づかないこともあります。また、私たちが社会の中で仕事を失ってたまたまSNSで見つけた仕事がそういう犯罪につながってしまうということもあり、見えないところで関係性を作ってしまっているのではないか。そういう「見えないつながり」を見せたいという思いで展示を構成しました。
安村 崇氏
最初は見せ方がとても凝っていて驚きました。見せ方を盛れば盛るほど中が見えてこないという状況で、それがオレオレ詐欺を表していると。プレゼンテーションを聞いて、千賀さんはとても深く調べられていると思いましたが、同時にこれは写真でやらなければいけないことなのかという疑問も浮かんできました。千賀さんにとって写真とはどのような道具なのでしょうか。
(千賀 健史)写真は「それ」が現実にそこにあることを示す方法だと思っています。もちろん嘘をつくことも可能ですが、見た人は「それがそこにある」という認識をします。オレオレ詐欺も嘘をつくということを考えたとき、写真は今回のプロジェクトに合っていると考えました。