キヤノンは、Ge(ゲルマニウム)、CdZnTe(テルル化カドミウム亜鉛)に続き、InP(リン化インジウム)のイマージョン回折素子※1の開発に世界に先駆けて※2成功しました。ラインアップの強化により、観測可能な赤外波長が広がり、宇宙観測のさらなる進展に寄与します。
人工衛星や天体望遠鏡には、宇宙が放つ光に含まれる情報を取り出すために、光を波長ごとに分ける分光器が搭載されており、宇宙観測において重要な役割を担っています。イマージョン回折素子は、一般的な反射型素子に比べて分光器の小型化、高性能化を可能にする分光用のデバイスです。今回ラインアップに加わったInPのイマージョン回折素子は、同じ波長をカバーする一般的な反射型素子を搭載した分光器と比較して、分光器の体積を約1/27に小型化することが可能です。これまで、大きさや質量の制約により、搭載が難しかった高性能分光器を人工衛星に搭載して宇宙に打ち上げることが可能となり、宇宙観測の可能性がさらに広がることが期待されます。また次世代の地上大型望遠鏡に適用することにより、大型化が課題となる望遠鏡の小型化につながることも期待されます。
開発済みのGe、CdZnTeに続き、InPがイマージョン回折素子のラインアップに加わることで、近赤外線から遠赤外線に至るまで、天文分野における赤外波長(1μm※3~20μm)のほぼ全ての領域の分光をカバーできるようになります。赤外線は可視光よりも遠くの光を捉えることができ、宇宙空間上の物質を、分子のみならず原子レベルで検出することが可能となります。これにより、惑星や生命、ひいては宇宙の起源を探究する手掛かりとなり、宇宙科学のさらなる進展に寄与することが期待されます。
イマージョン回折素子は古くから知られている方式の階段状の分光素子ですが、赤外波長(1μm~20μm)を透過する材料は半導体材料であるため非常にもろく、ほぼ完全な規則性と数nm※4の凹凸の平面を持つ素子を実用サイズでつくることは難しいとされてきました。キヤノンは、精密部品製造で培った独自の超精密加工技術を用い、もろい半導体材料に対しても、切削加工によりイマージョン回折素子を実現しました。このInPイマージョン回折素子は47μmの間隔で、990段の格子を持っています。
高分散の赤外線分光に使われる分光素子おいては、絶対回折効率※5は一般的に50~60%程度ですが、キヤノンのInPイマージョン回折素子は、約75%の絶対回折効率を実現しています。集光量が少なくても効率よく光を捉えることが可能となり、小型の望遠鏡でも高精度な測定ができ、大型望遠鏡の場合はより遠くの宇宙からの赤外光の測定が可能になります。
今後は、より可視光に近い波長(約0.8~1.2μm)に対応した材料によるイマージョン回折素子の開発を予定しており、今回のInPによるイマージョン回折素子の開発成功は、0.8μm~1.2μm帯のイマージョン回折素子の開発に一歩近づいたと言えます。さまざまな材料のイマージョン回折素子をラインアップにそろえることで、波長領域に応じた最適な選択を可能とし、赤外分光分野において幅広い利用が可能となります。天文分野はもちろん、科学や医療、通信分野などへの活用を見込んでいます。
なお、2016年10月18日~21日にフランス南西部ビアリッツで開催される宇宙光学に関する国際会議「International Conference on Space Optics 2016」において、キヤノンはInPイマージョン回折素子について講演を行う予定です。