光学レンズの表面は薄い膜でおおわれています。この膜がコーティングです。
レンズコーティングはレンズの性能を引き出すための重要な技術です。
一般のガラスレンズは入ってくる光のほとんどを透過しますが、それでもレンズの表面反射によって約4%の光が失われてしまいます。レンズには表と裏の両面がありますから、1枚のレンズを通過すると8%ほど光量が減ることになります。カメラレンズのように5枚~10枚ものレンズを組み合わせたレンズでは、全体での光の透過率は半分以下となってしまいます。レンズの表面反射を防止して光の透過率を上げるために開発されたのが、レンズコーティングです。レンズ表面に薄い膜をつくることで、より多くの光を透過するレンズとなるのです。
表面反射によって、レンズの光透過率は低下してしまいます。しかし、表面反射の悪影響はこれだけではありません。レンズの内部反射によって像が二重になったり、後方の光が映りこむといった現象も起こるのです。これがゴーストとフレアです。ゴーストは、レンズの裏面で反射した光がレンズ表面から再反射してくることで、正しい像とずれた別の像が生じる現象です。いっぽうのフレアは、レンズ後方からの光がレンズ表面に反射して映りこむ現象です。表面反射によるゴーストやフレアによって、レンズは正しい像を結べなくなってしまうのです。
レンズにコーティングをするとレンズの表面反射が減少します。表面に余分なコーティングをすれば光が遮られるような気がしますが、実際には光の透過率が高くなっています。これはなぜでしょう?レンズ表面に薄い膜ができると、光は膜表面で一回反射し、さらにレンズ表面で反射することになります。膜表面で反射した光とレンズ表面で反射した光は、膜の厚さだけ位相がずれてしまいます。膜の厚さが光の波長の1/4であれば、その波長の光は膜表面の反射光とレンズ表面の反射光でちょうど打ち消しあうことになります。これによって、光の反射がおさえられるのです。光の干渉現象を利用して、反射を消しているわけです。
コーティングの材料にはフッ化マグネシウム(MgF2)や水晶が用いられます。「真空蒸着」や「スパッタリング」(プラズマによる蒸着技術)によって、レンズの表面にきわめて薄い均一な膜を形成していきます。ただし、実際の光にはさまざまな波長の光が含まれていますから、一層のコーティングだけですべての波長の反射をおさえることはできません。さまざまの波長の光の反射をおさえるには、複数層のコーティングが必要になってきます。これは高級なレンズに用いられるコーティング「多層膜コーティング」と呼ばれています。現在では10層を超えるコーティング技術が開発され、多層膜コーティングをほどこしたキヤノンの高級レンズでは、紫外線から近赤外線まで広範囲な波長域にわたって99.9%もの光透過率を実現しています。
レンズコーティング技術は光の透過率を上げるためだけでなく、光のフィルターとしても利用されています。波長の短い紫外線だけを反射するようにコーティングしたレンズ(いわゆるUVカットレンズ)は、メガネやサングラスに用いられています。また、特定の波長の光だけ透過させ、他の波長の光は反射してしまうようなコーティングも可能です。ビデオカメラでは光をいったんRGB(レッド・グリーン・ブルー)の三色に分解してから、それぞれ電気信号に変えて画像を生成しています。この光の三色分解にも、RGBの各波長だけを透過させるレンズコーティングが利用されています。
レンズコーティングにも最先端の技術が使われるようになってきました。
キヤノンが開発した新たな特殊コーティング技術「SWC(Subwavelength Structure Coating)」では、コーティングの構造材料に酸化アルミニウム(Al2O3)を利用し、レンズの表面に、高さ220nmという可視光の波長よりも小さいナノサイズのくさび状の構造物を無数に並べることを可能にしました。このナノサイズのコーティングにより、ガラスと空気の間の屈折率を連続的に変化させ、屈折率が大きく異なる境界面をなくすことに成功。反射光の発生をおよそ0.05%にまで抑えることができるようになりました。また、特に入射角が大きな光に対しても、従来のコーティングにはない優れた反射防止効果が発揮されることが実証されています。現在、SWCは、主に広角レンズに採用されている曲率が大きいレンズなどに幅広く採用され、防ぐことが難しかった周辺部での反射光によるフレアやゴーストの発生を大幅に抑えています。