バードウォッチングに行こう vol.5
秋の初めのバードウォッチング
夏の終わりは、秋の始まり
季節の変わり目は、ふたつの季節を同時に感じられるぜいたくなひとときともいえます。 8月も半ばを過ぎる頃には、夏らしいアブラゼミやミンミンゼミなどの声に加えて、ツクツクボウシのような夏の終わりを感じさせる声に気づくでしょう。夜には、コオロギの仲間の声が聞こえるようになります。コオロギたちが秋の虫と思われているのは、暑い頃は涼しい夜に鳴いているのが、秋には昼にも聞こえてくるからだと思われます。
さて、野鳥の世界では、夏は観察にあまり適さない季節とも言えます。なぜなら、夏は繁殖が終わってさえずらなくなるとともに、羽が抜けかわる換羽期のため、行動的でなくなるからです。 しかし、シギの仲間は別。北極圏で繁殖し、南半球で冬を越すような長い渡りをする種が多く、8月にはすでに繁殖地から南下し、日本に立ち寄るものも少なくありません。春と秋が渡りの季節とされますが、シギたちの秋の渡りは8月に始まっているのです。 多くのシギたちが日本列島を南下する8~10月は、ぜひ水辺、特によく出会える干潟の観察に出かけてほしいですね。
シギ・チドリの渡り
近年、世界的にもシギ・チドリの仲間の減少が目立っています。渡り性水鳥の個体数が年5~9%の割合で減少していて、その原因のひとつに、中継地・越冬地、それぞれで干潟が埋め立てられていることが考えられます。
1万kmを超えることも珍しくない長距離の渡りをする鳥類を守るためには、重要な生息地の保全を国際的に進めていく必要があります。渡り性水鳥の保全のための国際的枠組である「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ パートナーシップ(EAAFP)」には、日本をはじめとする関係国政府やNGOなどが参加しています。
バードウォッチング体験レポート
干潟でシギ・チドリ観察
文・写真/キヤノンバードブランチプロジェクトメンバー
今回は、まだ残暑が厳しい8月の終わり。秋に向かう季節を感じようと、シギを観察しに千葉県習志野市にある「谷津干潟」を訪れました。
ここは、1950年代から東京湾の干潟の埋め立てが進むなか、市民や環境保護団体が保護を求めたことで残されました。面積40ヘクタール(1ヘクタール=100m×100m)という小さな干潟ですが、1988年には国の鳥獣保護区に指定され、さらに1993年には野鳥生息地として国際的にも重要であることが認められ、ラムサール条約登録湿地になりました。
都心からのアクセスはとてもよく、東京駅から電車で30分ほどのJR南船橋駅から、徒歩数分で谷津干潟の一角にさしかかります。干潟沿いの道を15分ほど歩くと、谷津干潟自然観察センターに到着します。
この日は、10時に南船橋駅に集合し、ゆっくりと干潟を観察しながら、お昼ご飯を観察センターのレストランで食べようという予定です(センターは入場料がかかります)。
1干潮時間を必ず調べよう!
さて、干潟での野鳥観察でいちばん大事なことはなんでしょうか?
それは、観察に行く日時の設定です。
野鳥が干潟にやってくる目的は、「食事をとるため」です。
特にシギやチドリが食べる水辺の小動物は潮が引いたときに現れるので、潮が満ちている間は、別の場所で休んでいることが多いと考えましょう。シギ・チドリに会うためには、あらかじめ干潮時間を調べておくことが必要不可欠です。
では、干潮時間はどうやって調べるのでしょうか? 谷津干潟自然観察センターのウェブサイトには潮の満ち引きが分かる「潮見表」があります。観察に行く月日を指定することで、その日の潮の満ち引きが「潮汐曲線」として表示されるので便利です。
たとえば、サンプルの潮汐曲線では、縦軸が「0」に近い時間帯が干潮です。 安西さんによると、干潮を境に、前後1時間くらいが見ごろ。水位がだんだん下がって、完全に干潟になっていく変化のようすを観察できるとのこと。今回の谷津干潟は、海から奥まっている構造のため、船橋周辺の潮見表よりも干潮が1時間半後ろにずれるとの情報をつかみ、集合時間を決定しました。
2飛べないカモ?
干潟の一角に着きました。まだ潮は引いていませんが、水辺でよく見かけるカルガモがいました。見慣れた鳥ですが、安西さんが「よく羽を見てください!」と立ち止まります。
「この時期のカモの仲間は、飛ぶための羽根、風切羽(片翼で20枚くらい)が同時にすべて抜けるので、飛べなくなります」と安西さん。
「(鳥だから、)まったく飛べなくなるわけではないですよね?」
との質問に、
「風切羽がそろわないとまったく飛べず、歩くことと泳ぐことしかできません」
との答え。野鳥の換羽期は繁殖期が終わると始まりますが、風切羽のような飛行に使われる羽根は、少しずつ、規則正しく抜けかわっていくので、飛べなくなることはないのが普通です。カモ類は例外で、風切羽が一気に抜け落ちるので、新たな風切羽が生えそろうまでは飛べなくなるとのことでした。
「もし、タカの仲間などにねらわれたら? 逃げられませんよね?」
と心配するメンバー。
「飛ぶことができない期間のカモは、たいてい隠れることのできる茂みの近くで過ごしていました。ところが・・・」
と、安西さん。かつて換羽期のカルガモは河川や湖沼のヨシ原など草が茂っているところで見かけていたそうですが、最近は、住宅地などにある公園の池でよく見るようになったそうです。都市部は彼らの天敵となる獣や猛禽類が少ないので、人間に近い場所で飛べない時期を過ごすようになったのではないか、というお話でした。
翼をたたむと重なって見えにくいのですが、よく見ると、確かに風切羽が伸びていないカルガモがいました。
3干潟は海をきれいにしている
歩みを進めていくと、だんだん水位が低くなっていくのを感じます。干潟が見えるようになると、泥の上に、小さな巻貝がたくさん見えてきました。カニ(主にヤマトオサガニ)も次々に現れ、ハサミを忙しく動かして、口に何かを運んでいます。
「ヤマトオサガニの目を見てください。高い位置についていて、四方八方が見えるようになっているのがわかりますか? シギなどの鳥たちに後ろから狙われても気づけるようになっているわけです」
と、安西さんが説明してくれました。
安西さんによると、干潟は生物多様性を育む重要な環境で、生物生産力が最も高い環境でもあり、海水を浄化する機能があるのだそうです。
干潟には多数の底生性小動物(ゴカイ類、貝類、カニ類等)が暮らしていて、その多くが、泥や砂を体内に取り込み、有機物を吸収してから排出することで有機物をろ過する役割を果たしています。
海面が昇降する潮汐は月と太陽の作用によるものですが、潮が引いた時に干潟の表面に付着した酸素が、潮が満ちる時には海水に供給されます。干潟の小動物は穴をあけたり、小動物を狙って鳥が歩き回ったり、つついたりすることで干潟の表面積をより大きくし、多くの酸素が供給されることになります。酸素は、水中のバクテリアの活動を活発化し、有機物の分解を促進させることにもなるのだそうです。
干潟といえば潮干狩りのイメージだったのですが、地球環境にとても重要な存在であることを、はじめて知った面々でした。
4シギとチドリの見分け方
潮が引いて、所々に干潟があらわになってくると、小動物を求めてシギやチドリがやってきます。「ピュイー ピュイー」ときれいな鳴き声が聞こえました。これは名前の通り「黄色い脚」のキアシシギの声で、安西さんはこの声を聞くと、まだ暑い最中でも秋の訪れを感じるそうです。
シギやチドリが食べるのは、カニ、ゴカイ、貝の仲間。歩き回って、地面をついばんで、忙しそうにしています。
ここで、安西さんがシギとチドリの見分け方を教えてくれました。 水辺を歩き回るので小鳥より足が長めであることは共通していますが、くちばしが長いのはシギの仲間で、短いのはチドリの仲間。シギは、長いくちばしで泥の中に突っ込むこともできます。くちばしの先は敏感で、触覚に優れているだけでなく、泥の中でも開閉して小動物をつまむことも可能です。一方、くちばしの短いチドリの仲間は、視覚中心で、地表にいる小動物を見つけてはつまんで食べます。
ぱっと見の印象ですが、シギは足もくちばしも長い「モデルタイプ」で、チドリは小さくて目がくりくりとかわいい「アイドルタイプ」といった感じですね。
この日、チドリの仲間はダイゼンとメダイチドリだけ、シギも大群には遭遇できずに残念でしたが、安西さんによると、多い時には数十羽、数百羽という群れを観察できるのだとか。ただし、相手が自然に生きる動物だけに、見られるか見られないかは運次第。バードウォッチングに来ていたほかの来訪者に聞いたところ、この日は、谷津干潟の近くにある三番瀬のほうが、たくさんのシギたちに会えたようです。
5食い意地がはっている? シギ・チドリ
しばらくシギやチドリを観察していると、だんだんと水位が上がってきました。干潟の部分が小さくなっていって、水たまりが増えてきます。そこに、点々とシギやチドリが残っています。
メンバーのひとりから、
「あのキアシシギ、まだねばっていますね」
とのコメント。
たしかに、満ちてくる海水に追い出されるように残った干潟部分に移動しながら、なかなか食事をやめないキアシシギがいます。
「彼らはずぅ~~~っと食べ続けていますよね。それだけの量の小動物を干潟が養っていること、長距離の渡りをする鳥は栄養を摂り、エネルギーを蓄えなくてはならないことがわかるでしょう」
と安西さん。
いま谷津干潟にいるシギやチドリ、これから日本列島を南下していくシギやチドリは、繁殖地のシベリアやアラスカなど高緯度地域で繁殖を終えた鳥たちです。(8月までは成鳥が多く、9月以降は幼鳥の割合が増していくので、子どものほうが少し遅れて渡るらしい) 彼らが目指す越冬地は東南アジアやオーストラリア、ニュージーランドなどで、日本は渡りの中継地と言えます。
「どれくらいの距離を一気に飛べるのですか?」
という質問に、安西さん、
「干潟で食べて、休んでを繰り返して長距離を渡っていくものだと思われてきましたが、近年、なかには長距離を一気に渡る例があることもわかってきました。例えば、日本野鳥の会がオオジシギに衛星追跡用の送信機を装着して調べたところ、7日間ノンストップで飛行したことや、1日に900km近くを飛び続けたことがわかっています」
いずれにせよ日本に到着したばかりであれば、おなかがすいているでしょうし、これから出発するなら栄養をとらないといけないでしょう。シギ・チドリの皆さん、とにかくたくさん食べてください!
ここ谷津干潟では、9年連続で観察されているキアシシギの個体が2羽いることが標識で確認されたと、レンジャーが教えてくれました。悪天候、天敵の来襲、病気や怪我もあるかもしれない自然の世界。そこで渡りを繰り返し、9年も生き抜いている鳥が記録されたのはすごいことだと、一同感心しました。
6干潟で観察できる鳥
「あっ、カワウが追い込み漁を始めたようですよ」
と安西さん。
所々に点在する杭の上で、ぼーっとしていたり、羽を乾かしている姿がおなじみのカワウが、群れになって、精力的に泳いでいます。
「カワウの群れには、リーダーがいるんですか? いつ、どうやって集まってくるのですか?」
との質問が出ました。
たしかに、かなりまとまって動いています。先頭がリーダーなのでしょうか?
「いいえ。鳥の群れは社会的な群れではないことが多く、だれかがリーダーとなって号令を出しているということはありません。ムクドリやスズメが群れているのを見かけますが、群れていたほうが天敵にねらわれにくいことなどが群れる要因のようです。カワウの場合、それぞれが食べたいと思って結果的に集まるのですが、1羽ではなく、多くの鳥で魚を囲んでいくほうが魚をゲットしやすいようで『追い込み漁』などと呼ばれます。」
白いサギもたくさんいます。大きなサギが、ダイサギ。小さなサギが、コサギ。とてもわかりやすいネーミングです。しかし、中くらいのサギ、チュウサギは、干潟であまり見たことがありません。
「安西さん、チュウサギがいないですね」
「チュウサギは準絶滅危惧種に指定されています。淡水など泥湿地を好むので、よく見られるとしたら田んぼです」
と安西さん。
「では、干潟にいる白いサギは大きいのがダイサギ、小さいのがコサギと考えてもいいでしょうか?」
「普通はそうです。ただ、大きさは距離や向きによって違って見えるので、比べるものがあったほうがよく、ダイサギならアオサギとほぼ同サイズということが見分ける目安です。また、繁殖が終わる8月から秋にかけては、移動や渡りが始まるので、普段いないはずの鳥がいることもあります」
安西さんによると、チュウサギは関東以北では夏鳥で、秋冬は南下して見られなくなるはずですが、この時期には干潟に立ち寄る可能性もあるとのことでした。
と、ここで、安西さんが叫びます。
「あっ! あれはチュウサギかな?」
チュウサギです。
めったに見られないと思っていたチュウサギを、メンバー全員、初めて観察することができました。
他にも、しきりに潜ってはエサを捕るハジロカイツブリ、淡水池でカイツブリ、夏に見られるカモメであるウミネコなど、多くの水辺の鳥が観察できました。
7秋は若い鳥に出会える季節
「秋の始めの頃までは、若い鳥が見分けられるので、注意して見てみましょう」
と安西さん。
野鳥の成長は早く、春に生まれたひなは2、3週間で巣立ち、幼鳥と呼ばれる段階になって夏までには自立するのが普通です。幼鳥の段階で大きさは成鳥と変わらないので、成鳥より色が淡いとか、声が違うなどのわずかな違いに注目しないとわからない上に、秋の間に姿も声も成鳥との違いがほとんどなくなってきます。
幸いにして、サギのなかでも最大級であるアオサギがすぐに見つかりました。大型の鳥のなかには成鳥になるまで2~3年かかるものがいて、若い鳥の見分けがつきやすいそうです。
「アオサギの成鳥は、背の灰色に青味がありますが、若いアオサギには青味がありません」
という安西さんのヒントをもとに、みんなでよく観察してみると、
「あれは、あまりビューティフルではないので、若いのでは?」
「後頭部に伸びている、ちょんまげのような冠羽(かんう)も短い!」
「魚を捕るのが成鳥よりヘタかも」
などさまざまな視点に気づくことができました。
ここでいったん、谷津干潟自然観察センターで休憩です。観察センターは、とても広く、干潟のしくみや生物のくらしのことが工夫を凝らして展示してありました。センター内にあるレストランの目の前にも水場があり、所々のテーブルには、双眼鏡も設置してありました。
地下1階の観察スペースは、目の位置が水面近く、180度パノラマで目の前の干潟を観察できます。双眼鏡や望遠鏡、野鳥図鑑なども設置してあるのがうれしいですね。
入館料がかかりますが、休憩も兼ねて、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
センターからの帰り道、通路のわきの木に、ヒヨドリの幼鳥を見つけました。えさを運ぶ親鳥は私たちを警戒して去ってしまいましたが、幼鳥は私たちから2メートルも離れていないのに、平然としているばかりか、見ている間に4兄弟がそろって枝に並んでくれました。
尾羽がまだ伸びていない一見して幼鳥とわかるような段階の鳥は、この時期では遅いほう。今年は暑くなる前に雨が多かったので、通常の繁殖の時期に虫が少なく、遅い繁殖となったのかもしれません。
尾羽が伸びていないと小さく見えるので、わかりやすい上にかわいかったのですが、安西さんによると2、3日もすれば尾羽が伸びて、成鳥を見分けにくくなり、警戒心もできて近づけなくなるとのこと。ラッキーな出会いだったようです。
いろいろな観察はできたものの、バードウォッチングの世界では「夏は鳥が少ない」とよく言われるように、今日、観察できた種は少なかったように感じました。
しかし、安西さんはまったく逆のことを教えてくれました。
「1年のなかで8月は鳥の数は多いほうかもしれません。さえずりがやみ、換羽期で目立たなくなっても、さきほど見たヒヨドリのように今年生まれた鳥がまだ生きているからです」
野鳥は毎年、子だくさんの繁殖を繰り返しても人間と違って、増えすぎることはありません。命の多くは他の命の食物になる自然界では、生存率は低くて当たり前です。ひと冬生きのびることができれば繁殖できるようになる野鳥ですが、若い鳥で秋の渡りや厳しい冬などを経て、春に繁殖できるようになるものは、かなり少ないでしょう。そもそも暑い時に外でバードウォッチングをする人が少ないので、「夏は鳥がいない」ということになっているのかもしれません。
安西さんも、昔はシギの渡りは春と秋と聞いていたので、8月からシギの渡りが始まるのを知ったときは驚いて、猛暑の干潟に通った思い出があるそうです。涼しい施設の中で、シギたちを観察できる東京港野鳥公園や谷津干潟自然観察センターができて、「昔とはずいぶん変わったなあ」と言っていました。
この日観察できた鳥
カルガモ、 オナガガモ、 カワウ、 アオサギ、 ダイサギ、 チュウサギ、 コサギ、 ハジロカイツブリ、 カイツブリ、 ダイゼン、 イソシギ、 キアシシギ、 アオアシシギ、 ウミネコ、 ヒヨドリ、 メジロ、 ハクセキレイ、 カワラバト、 スズメ、 ムクドリ、 ツバメ、 鳴き声のみ:オナガ、 ハシブトガラス