事業を超えて活用される試作仮想化技術
開発・設計プラットフォーム
試作仮想化技術は、実際に試作機をつくらずにコンピューターの仮想環境のなかでつくり出すシミュレーションの技術です。キヤノンは、全事業で活用できる試作仮想化技術のライブラリーを広げ、品質向上や開発期間の短縮をめざしています。
2023/10/16
仮想環境でのシミュレーションがかかえる課題
従来の製品開発では、CAD(Computer Aided Design)で設計した図面にもとづきいくつもの「試作機」をつくり、実験や検証をくり返し、新しい課題の発見や開発者間のイメージの共有などを行ってきました。
しかし、開発の進行段階によってつくる試作機は異なり、しかも何台もつくる必要があり膨大なコストがかかるだけでなく、開発期間が長くなるといった課題がありました。
そこで、最近ではコンピューターの仮想環境で、試作機に相当するモデルを作成し、性能や品質の評価が行われるようになりました。
一方で、仮想環境上でシミュレーションを行うためには、製品のCAD設計データをCAE(Computer Aided Engineering)モデルに変換する必要があります。これには、膨大な時間と労力が必要な上、汎用のソフトウエアでは、異なる製品ごとに最適化された精度の高いシミュレーションができないといった課題がありました。
高精度な試作仮想化技術の追求
キヤノンでは可能な限り現実の試作機をつくらずに、製品の動作を仮想環境で確認し、設計図面を完成させることをめざした試作仮想化技術の開発を進めてきました。2000年代の前半から本格的に取り組み、全社をあげて試作仮想化環境を整えるプロジェクトを推進。CADの3DデータをCAEモデルに自動的に変換する技術や独自の内製ソフトウエアを開発しました。
現在のキヤノンには、全製品に活用できる試作仮想化の技術基盤があり、コンピューターのなかだけで図面を完成させることが可能な「開発・設計プラットフォーム」が構築されています。これにより、製品で起こりうるさまざまな問題を、忠実に再現する試作仮想化技術を駆使して、試作品や製品をつくる前にコンピューターのなかで設計精度の確認と問題の解決を進めることができ、従来よりも短時間で開発することが可能になっています。
たとえば、複合機の開発において、CADの3DデータからCAEモデルを自動生成し、内製ソフトウエアにより紙搬送ユニットの動きを再現。仮想環境で紙を入れてから排出するまでの様子を詳細に確認することができるようになり、実際の試作機をつくることなく高品質の製品を短期間で開発しています。
プリンターの内部の紙送りの動きのシミュレーション
また、シミュレーションに使用する材料の特性値は、通常、一般的な値を使用しますが、キヤノンでは自社で実際に測定・分析した数値(測定値)を用いることでシミュレーションの精度向上を実現しています。値の正確な測定・分析のために、実験器具をも内製しています。
こうして開発した試作仮想化技術を用いることで、さまざまなことがコンピューターの仮想環境でできるようになりました。たとえば、実際の試作機では小さかったり、隠れた場所にあって見えなかった部分の検証ができたり、試作機を1台しかつくらない場合限界があった検証も、ほぼすべてを実施できるようになり、品質を確実に高められるようになりました。
事業の枠を超え全社的に活用される試作仮想化技術
キヤノンでは、落下衝撃や振動、発熱など、製品開発に関わるさまざま現象ごとに、試作仮想化技術をライブラリー化。高精度な試作仮想化技術を開発者の誰もが使うことができるため、多岐にわたる事業の新製品開発の初期段階から、非常に高い精度のシミュレーションを行うことができます。いわば、ゼロからのスタートでなく少し先行した位置から開発を始められることで、高品質な製品をより早くお客さまに提供できます。
多様な製品群を支える試作仮想化技術
たとえば、複合機でも使用されている熱気流の試作仮想化技術が、スマートフォンやテレビなどの高精細ディスプレイを製造する装置の開発でも利用されるなど、事業の枠を超えて全社的に試作仮想化技術が活用されています。
膨大な演算性能を支えるスーパーコンピューター
試作仮想化技術は基本的に物理法則を組み合わせて行われるため、膨大な演算が必要です。キヤノンでは演算インフラの構築にも力を入れ、一般的なノートPC数百台分の性能を1台で実現する世界有数のスーパーコンピューターも導入し、製品開発における一部の工程が半減した事例もあります。また、膨大な演算が必要な落下シミュレーションなどに使用し、たとえば、これまで演算に50日を要していた落下の検証は4分の1以下の日数で処理できるようになりました。
部品ごとに色分けされ、細部の検証が可能なプリンターの落下シミュレーション
EQCDに大きく貢献する試作仮想化技術
こうして試作仮想化技術は、開発期間の短縮や、高品質な製品の提供を可能にしています。
また、試作仮想化技術は、物理的な試作機を減らすことでカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みにもつながり、キヤノンが追い求めているEQCD(Environment=環境、Quality=品質、Cost=コスト、Delivery=納期)の改善にも貢献しています。
キヤノンの試作仮想化技術は、環境にも配慮しながら、長年培ってきた独自の技術とノウハウにより、高品質な製品をより早くお客さまにお届けすることを可能にしています。