テクノロジー

開発者が語る


カメラの領域に新しいジャンルを切り拓く

「PowerShot PICK」—適切な構図で自動撮影してくれて、自然な表情が撮れることが特長の、"ありそうでなかった"ジャンルのカメラ。アイデアの発案者であり、エンジニアとしてプロジェクトをリードした若松さんに、着想から製品化までの開発ストーリーを聞きました。

アイデアの原点


子どもの自然な表情を残したい

初めての子どもが産まれたとき、育児に追われて思うように写真を撮る機会が作れませんでした。しかし、物心がついてくると、決まったポーズや目線のある写真ばかりに。おどけたり、むくれたり、恥ずかしがったり、普段親として見ている、身構えない自然な表情を撮れていないことを、もったいないと感じていました。

我が家で写真を撮るときは、たいてい自分が撮影担当。誰かにお願いしない限り、家族と一緒にいる写真を残せないというのも寂しいですよね。これを解決する手段はないだろうかと考えたことがアイデアの原点です。自分と同じ悩みを持っている人がきっといるはずだと考え、「自動で被写体を捉え、シャッターチャンスを判断し、撮影する」カメラのアイデアを企画にまとめました。

若松伸茂(ワカマツノブシゲ)

若松伸茂(ワカマツノブシゲ)

カメラ製品開発部門でハードウエアを制御するためのファームウエア開発を担当。現在は並行してPowerShot PICKのアップデートや関連する新サービスの開発等も手掛ける。

- 個人のアイデアからプロジェクトとしてスタートさせるまでは、スムーズに進んだのでしょうか?

最初に上司に話したときには、「今後の新しいカメラの開発にも必ずつながるはず。どんどん進めるように」という感じでしたね。職場内でも好評で、「おもしろいことやってるね」という反応でした。

よく、「最初からアイデアをカタチにできると思っていたの?」と聞かれることがありますが、キヤノンの技術を集めれば実現できるという確信がありました。というのも、普段はカメラのファームウエア開発を担当していて、メカや電気といったさまざまな部署との連携も多いので、”レンズを動かす機構ならあの部署のあの人に相談してみよう”というように、開発に必要なメンバーの顔がすぐに浮かんできたんです。
はじめは業務でつながりがあった同僚など、4~5名のスモールチームでスタートしました。

ニーズの検証


CESへの出展とシリコンバレーでの調査で確信を得る

社内外を見渡しても、今までにないコンセプトのカメラだったので、最初は自分の中にあるアイデアが、本当に世の中のニーズと合致しているかはわかりませんでした。開発を次のステップに進めるためにも、ニーズがあることを証明する必要がある。そこで狙いを定めたのが、アメリカ・ラスベガスで開催されるエレクトロニクスの展示会「CES」への出展です。世界最大規模の見本市には、世界中から新しいもの好きが集まります。ワールドワイドでリアルな反応をみる格好のチャンスだと考えました。

エレクトロニクスの展示会「CES」

エレクトロニクスの展示会「CES」

試作機を手にアメリカの展示会で説明する若松さん

試作機を手にアメリカの展示会で説明する若松さん

CESを皮切りに、欧州や日本など主要地域のイベントに試作機やデザインモックを相次いで出展し、ユーザーのニーズやビジネスとしての可能性を探りました。また、アメリカの販売会社のつてを使って、シリコンバレーを拠点に調査を行ったこともプロジェクトチームの刺激になりました。アメリカでの調査を担当したエンジニアは、試作機を手にコーヒーショップに行き、知らない人に声を掛けてプレゼン。フィードバックをもらう調査を繰り返しながらユーザーの生の声を集めてきました。

調査の結果は、自動撮影カメラへのニーズは確かにあるという事実を示していました。また、いろいろな人に出会ってニーズを探るなかで、家族や友人たちさえ写っていれば、自分は写らなくてもいいという人も一定数いることや、動画撮影のニーズが思っていたよりも多いということ、国や地域によってリビングや庭の広さが違うなど、新たな気づきもありました。

柔軟な開発思考


スモールチームで、スタートアップのように

PowerShot PICKは、ユーザーテストを繰り返しながら仕様を変更し、改善していく手法を用いています。つくってみて動かしてみて、テストして、「ちょっと変えてみたけど、どうかな」とチームで集まってまた議論して…製品をつくりこんでいきました。
はじめは4~5名でスタートしたプロジェクトは開発が進むにつれ徐々にメンバーを増員。製品の外観や起動音といったデザインやサウンドなど、私があまり接点がなかった分野のメンバーは上司に協力してもらって集めました。製品開発に必要な人材が社内に全て揃っているというのは自社開発・製造に強みを持つキヤノンならではだと思います。

プロジェクトが立ち上がり、商品化に進むまでには、開発予算の管理、世界各地の販売会社との調整などさまざまな手続きがありますが、それぞれの専門家が組織的にサポートしてくれるので、エンジニアである私自身は開発に専念することができました。

基礎技術の蓄積と先行技術開発


“やりたい”を実現できる、バックグラウンド

キヤノンには、光学、メカ、電子、画像処理など映像製品に関する基本的な技術はもちろん、膨大な先行開発の蓄積があります。カメラの技術の基本的な部分はおさえているので、アイデアをまとめていく段階でも、”あの部門で進めている先行技術を使えば、こういうことができる”というように、”やりたい”と思ったことを技術面でハードルになることはありませんでした。

たとえば、PowerShot PICKは被写体を追尾するために、レンズを上下左右に動かさなければならないのですが、子どもが身構えずに、自然な表情を撮るためには、カメラに追尾されていることを気づかせないように、静かに動作させることが必要です。社内でよいモーターがないか探したところ、カメラの最新レンズに用いられている「ナノUSM」が最適であることがわかり、このナノUSMをさらに小型化して搭載しています。

開発初期から知財担当がサポート


エンジニアの開発を支える豊富な自社特許

キヤノンの製品開発の特長ともいえるかもしれませんが、特許を書くことはエンジニアの重要な仕事のひとつです。このプロジェクトでも、初期段階から知財担当が参加して、特許調査やアドバイスなどを受けながら開発を進めています。もちろん、今回の開発で得た新たな技術に関する特許の出願は、自分だけでなく、関わった他のメンバーも多数行っています。
PowerShot PICKの開発は、新しい価値を提案して、そこで得た技術、知見を今後の開発に活かすという目標もありました。私たちが、過去にキヤノンが権利化してきた技術の蓄積をベースに開発を行っているように、今回出願している特許も今後の開発に活きていくと思います。

― PowerShot PICKで提供したかった価値は、どのようなものでしょうか

商品としての提供価値は、「自動で被写体を捉え、シャッターチャンスを判断し、撮影する」という自動撮影カメラですが、その根底には、”コミュニケーションが生まれるカメラをつくりたい”という想いがありました。ファミリーをターゲットにしているので、気軽に持ち歩けるサイズ、子どもも大人も警戒心を持たないデザイン、興味をひくようなサウンドを選んでいます。

「休んで!」とか「他も見て!」と呼びかけると、自動撮影を一旦やめたり、ほかの被写体を探して撮影したりと、声に反応して動くのも特長です。使ってみた社内メンバーは、皆が集まるリビングなどに置いてみたら、子どもがPowerShot PICKを使いこなして、集まった膨大な画像の数に驚いたという話も(笑)

― 今後挑戦したいことや展望はありますか?

今回、自身のアイデアをカタチにして、企画、調査、開発、生産とモノづくりのすべてのプロセスを経験できたことは自分にとって大きな成果でした。
普段の生活の中で感じるふとした違和感など、アイデアの種はたくさんあります。そこから潜在ニーズの仮説を立て、調査によりニーズの存在を証明できれば、キヤノンなら製品開発まで進める土壌が整っていることを改めて実体験しました。思いついたことをまずは「言ってみる」、「やってみる」ことをこれからも続けて、イノベーションにつなげていきたいと思っています。

インタビュー・構成: 中原一雄(なかはら かずお)
1982年北海道生まれ。化学メーカー勤務を経て写真の道へ。広告写真撮影の傍ら写真ワークショップやセミナー講師として活動。

<インタビューを終えて>
カメラの技術は日々進歩し手軽に高画質な写真を撮ることが出来る時代になりましたが、開発者は、日々の生活の中からユーザーの潜在ニーズをとらえ、「撮る」という行為を再定義し、より便利な撮影体験をもたらすアイデアを模索し続けていると感じました。

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ナノUSM

高速AFを実現する小型の超音波モーター。超音波による振動エネルギーを使ってレンズを駆動させる。