Adastra

機能と美を融合する幾何学の造形

半導体・電子部品は身近な電気製品から社会インフラまであらゆるものに使われ、暮らしと社会に不可欠なものとなっています。半導体チップの製造プロセスでは各工程に特化した装置を使用しますが、その一つに、ウエハー上に電子回路をつくるための薄膜を形成するスパッタリング装置があります。
モノトーンのコントラストが印象的で、幾何学形状が美しいこの装置は、幅広い用途の成膜工程に対応したスパッタリング装置のプラットフォーム「Adastra」。ナノレベルの薄膜形成が可能で、従来機に比べ省スペース・省エネルギーも実現しています。
グループ会社であるキヤノンアネルバの開発部門とキヤノンの総合デザインセンターが開発上流からタッグを組み、これまで踏み込めなかった分野に「デザイン」という新たな価値を創出。国内では2024年度グッドデザイン金賞、第55回機械工業デザイン賞IDEAで最優秀賞(経済産業大臣賞)を受賞、ドイツの2025年度iFデザインアワードでも金賞を受賞し、技術力とデザイン性で高い評価を得ています。

主張する造形、機能と美の融合

プロダクトデザインにあたり、デザイナーは、ベースとなる従来機を視察し装置を知ることから始めました。複雑に張り巡らされた金属色の配管やケーブルが露出する装置を見て、鋭利な印象を受けると同時に圧迫感を覚え、この外観の印象を変えることが最初の課題となりました。

高度な機能性と先進性を体現し、合理的で、尚かつ人にやさしい外観デザインとは?従来のイメージにとらわれない、見る人に驚きと高揚感をもたらす精密機器の「顔」とは?

Adastraをデザインすることは、これまでデザインが踏み込めなかった分野への挑戦といっても過言ではありませんでした。

Adastraは、クリーンルームという面積の定められた空間に装置を効率的に並設するため、中央にコアを持ち、周囲に処理モジュールを複数配置できる構成となっています。その基本設計をもとに、心理的圧迫感につながる複雑な機構部分を大胆にカバーリングし、装置全体の姿を一目で認識できる造形としました。

その姿とは、八角形のコアを五角形の処理モジュールが規則的に取り囲む幾何学形状。そして、白黒のコントラストが印象的な彩色。異彩を放ちながらも瞭然とした、従来の産業機器のイメージを打ち破る端正なものになりました。

しかも意匠ありきではない、必要な機能・構造要件を積み上げ、試行錯誤した結果生まれたデザインです。細部に至るすべての形状は、人が行う作業の内容と使い手の気持ちを起点に、有意に決まっていきました。

たとえばメンテナンスの作業性。Adastraは、隣合う五角形のモジュールの間に三角形のスペースを生み出し、そこに人が入って作業できることが設計上のポイントの一つとなっています。メンテナンス空間の確保と、装置の命題である省スペース化という相反する課題を解決するため、内部機構のレイアウト、スペース効率、作業時に開くモジュール頂部の回転軌跡も考慮した機能的な造形とすることで、三角形の作業空間を可能な限り広く取りました。

そして、視認性。モジュールの黒いキャップ部は、そこがメンテナンス時に開く部分であることを視覚的に示す記号であるとともに、モジュール性、拡張性の象徴としても位置付けられています。また、白と黒の組み合わせは、多岐にわたるキヤノン製半導体製造装置に一貫する外観表現であり、シリーズ製品を強く印象づけるものです。

特殊環境下での作業に寄り添うエルゴノミクス

Adastraが設置される環境は極めて高い清浄度が保たれた半導体製造用のクリーンルームであり、オペレーターはクリーンスーツという特殊な装備を着用して作業をします。ユーザビリティデザインにあたっては、どんな人が、どんな環境で、どんな操作をしているのか実態を把握する必要があると考え、デザイナー自らクリーンスーツを着てクリーンルームに入り、作業性を体験しました。またオペレーターの操作を観察し、聞き取りを行って現場理解に努めました。

見えてきたのは、オペレーターの身体負荷です。動きにくいクリーンスーツを着用して10kgの部品の交換作業を行うことなどがわかり、しかも、その作業スペースが思っていたより高所であることから、作業性と安全性をいかに確保するかが課題となりました。

そこでAdastraでは、外観デザインとも関連しますが、カバーリングによって装置外観を単純化し、操作箇所をわかりやすく整理して直感的かつ効率的な作業を実現しました。また、モジュール頂部に作業者が手を掛けるための凹凸形状をつくり、不安定になりがちな作業姿勢を支えられるようにしました。作業時に人が触れる部分は、角を丸めて安全性にも配慮しています。

さらに、作業スペースは1.5m以上の高所にあるため、さまざまな身長の人が作業にあたることを考えて、機器のレイアウトと、専用の治具である踏み台を提案しました。3Dシミュレーターなどを使って検討を重ね、必要な広さや踏み台の高さ・形状を決定していきました。

こうした細部の造形、専用治具の開発は、実態と課題をデザイナー自らが体験することで導き出すことができた解決策といえます。

働き方の価値を高める本質的なデザインを

Adastraの開発におけるデザインの取り組みは、機能性や効率性が優先されてきた半導体製造の分野に、「デザイン」という新たな価値を訴求する試みでした。

働く人のモチベーションは、実際的なメリットだけでなく、夢や誇りといった情緒的なものに鼓舞されてこそ上がるのではないか。そんな思いで、実際的なメリットである機能的価値のみならず、夢や誇りを刺激する情緒的価値をも高めるデザイン、世界最高水準の精密機器を操作しているという実感が持てるデザインを開発部門と共に模索してきました。

個々にアイデアを出し合い、チームとして協力し、設計変更への対応や検証を重ねて誕生したAdastraは、個性際立つ外観を持ち、精密機器に斬新な「顔」を与えました。同時に機能性は、デザイナーがクリーンルームの現場を理解することで、使いやすさを真摯に追求したものとなりました。

今後、Adastraによって半導体産業を支える人々の仕事が質的に向上すること、そしてAdastraが働き方の価値を高める装置として多くの人に支持されていくことを願っています。

参考情報

アートディレクション 後藤啓志/撮影 早川圭
(総合デザインセンター)

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