ディープラーニングを活用した※1高画質化と検査時間短縮を同時実現
MRI画像処理技術
放射線を使わない診断装置として普及がすすむMRI。しかし、その長い検査時間は、患者さんや医療機関の負担となってきました。
キヤノンは、ディープラーニングを活用して設計した最新の画像処理技術で、高画質化と検査時間短縮の両立に成功しました。
2020/01/30
高まるニーズに立ちはだかるMRIの検査時間の壁
私たちにもなじみの深い画像診断装置、MRIとCTの違いを知っていますか。
最も大きな違いは、画像を得るための信号源の違いにあります。CTでは、周波数の高いX線を使うのに対し、MRIは強い磁場とFMラジオと同程度の低い周波数の電磁波を使って画像を得ます。それぞれにメリットがあり、診断や治療の目的に応じて使い分けられているのですが、MRIは、脳や脊髄、腕や足の筋肉、骨盤内の臓器といったX線ではコントラストがつきにくい部位の病変を見つけることを得意としています。放射線被ばくがないため、診断や治療、研究など広い分野でニーズが高まっています。
その一方で、MRIには「検査時間の長さ」という課題がありました。一般的に20分から30分、検査によっては1時間以上かかることもあり、患者さんにとっては大きな負担となるうえ、医療機関においても1日の検査数に限界があり、検査をしたくてもできないといった問題が生じていました。
脳神経
心臓血管
足関節
MRIでは磁場の方向や電磁波の周波数を変えることで、さまざまな臓器の撮影が行えます。
画質向上と撮影時間短縮はトレードオフの関係
MRIは、なぜ検査時間が長いのでしょうか。
私たちの体内の水分や脂肪分には、プロトンと呼ばれる水素の原子核が存在しています。MRIは、電磁波がプロトンにあたったときに発生するエコー信号を収集して画像化する装置です。このエコー信号の違い、例えば、正常ならば信号が弱くなり白く写るのに対し、病変のあるところでは信号が残り黒く写るなど濃淡の変化として画像に現れます。この濃淡のコントラストこそが画像診断の重要なポイントとなります。
どれだけ小さいものが見えるかという「空間分解能」を高めるために、1画素のサイズを小さくすると返ってくるエコー信号も弱くなってしまうため、コントラストも小さくなってしまいます。また、シグナルなのかノイズなのかという見極めも難しくなります。それらを解決するには、同じ場所を何度も撮るなど時間をかける必要があるため、検査時間が長くなってしまうのです。
いわば、画質向上と撮影時間短縮はトレードオフの関係。キヤノンのグループ会社であるキヤノンメディカルシステムズ(以下キヤノンメディカル)は、このトレードオフの解消に取り組みました。
7テスラ相当の画質をめざし開発をすすめる
MRI検査の短時間化と高画質化の両立を実現するには、磁場環境の強化が必要です。現在、一般的な検査に用いられる中では、最大で7テスラ※2というMRI装置がありますが、装置自体が大きく、高重量であるため、広くて丈夫な検査室が必要になります。さらに、磁気のシールドを強化する必要があるため、導入できる医療施設はきわめて限られます。多くの施設は1.5テスラから3テスラの装置の導入が現実的で、キヤノンメディカルは、3テスラの装置で7テスラ並みの画質を得ることを目標として開発をすすめてきました。
その実現を可能にした要素の一つが、傾斜磁場コイルの強化です。傾斜磁場は、メインとなる静磁場(磁石本体によって生成される強力な磁場)とともに、断層像を得るために必要な磁場で、キヤノンメディカルはこの磁場の強化に成功し、従来より高分解能の撮影を可能にしました。加えて、高速撮影技術を独自開発。すべてのデータ点を撮るのではなく、間引いて撮影するという天体観測でも使われている技術を応用し、高速化を図りました。間引くことによって起こる画質の劣化を最小限に抑えるための独自のアルゴリズム(演算方法)を開発して、高速化と高画質化の両立を実現。さらに、開発したのが、ディープラーニングを活用して設計したノイズ除去再構成技術、Advanced intelligent Clear- IQ Engine(AiCE)です。
ディープラーニングを活用して設計したノイズ除去再構成技術
AiCEは、すでにキヤノンメディカルのCTに搭載されているディープラーニングを活用して設計した画像再構成技術。MRIへの搭載は初となりますが、CTとMRIでは画像の再構成法が違うため、個別に開発がすすめられました。AI技術の一つであるディープラーニングを用いてノイズを除去し、短時間でノイズが少ない高分解能画像を得られるようにしたのです。
開発にあたっては、さまざまな課題がありました。例えば、ノイズを除去することで、本来写るはずの構造が消えてしまっては、正しい診断ができません。細かな構造は維持したままノイズだけを除去できるように、ディープラーニングのベースとなるニューラルネットワーク(人間の脳を模したもの)を鍛える必要がありました。そのためには、ノイズの少ない画像データが大量に必要で、データを得るために開発者たち自らの体を何度も撮影するなどして、およそ3万枚のデータを収集し、学習させて精度を上げていきました。
MRIでは時間をかけて撮影すれば、ノイズの少ないクリアな像が得られます。実際の診療ではさまざまな理由で1人の患者さんに長時間の撮影を行うことはできませんが、MRI用AiCEの開発では開発者自身が長時間の撮影を行い、膨大な量の教師画像(人があらかじめ作成した画像)を用意しました。また、MRIとCTでは、扱う信号が異なるため、CT用とは異なる多層ニューラルネットワークを構築しました。
共同研究機関・病院からは高い評価
医療機器が実用化されるためには、新しい技術が臨床で問題なく使え、かつ有用であるかどうかという評価がとても重要です。キヤノンメディカルは、多くの共同研究機関・病院の協力を得て、いろいろなケースで有用性を検証しました。その結果、「ノイズが減って診断しやすくなった」「検査時間が短縮できた」など高く評価されています。
AiCEが一定の評価を得られたことにより、さらなる展望が見えてきています。例えば、患者さんの体の動きや磁気の影響などさまざまな原因から、画像にアーチファクト(虚像)が写り込むことがありますが、この虚像を除去する技術にAiCEを応用するなど、新たな可能性も広がり始めています。
市場を拡大し、世界の医療現場に貢献する
3ステラMRI装置2機種に続き、2020年4月には、AiCEを組み込み可能な1.5テスラ MRI装置も国内で発売しました。これらの装置がめざすのは、検査時間短縮による患者さんの負担軽減、高画質化による診断能力の向上、そして、医療機関の効率向上です。そして、何よりも患者さんが、より適正な診断、治療が受けられるようになることが重要であるとキヤノンは考えています。
ディープラーニングを活用したノイズ除去再構成技術を搭載するMRI装置
Advanced intelligentClear-IQ Engine (AiCE)について
※1 設計段階でAI技術のひとつであるディープラーニングを用いた。導入後に自動的に学習し性能が変化することはない。
※2 テスラ=磁力の単位