テクノロジー

立ったまま撮影できるCT装置 立ったまま撮影できるCT装置

これまで難しかった機能性疾患を可視化し、健康寿命の延伸に貢献

立ったまま撮影できるCT装置

X線を使って体の断面画像を撮影し、体内にあるわずか数ミリの病変を可視化するCT装置。これまでは患者さんが横たわった状態(臥位がい)での検査が一般的でしたが、膝関節症やヘルニアなど、立ったときに痛みが出る疾患の診断が困難でした。立ったまま、座ったまま検査する新しいCTが注目を集めています。

2024年4月11日

超高齢化社会において、身体機能の衰えを早期発見する立位CT

高度医療の提供や医療技術の開発、評価を行う「特定機能病院」として、年間100万人を超える患者さんの治療にあたる慶應義塾大学病院(以下、慶應病院)。日本発の革新的な医薬品や医療機器の開発に必要となる臨床研究や治験を推進する「臨床研究中核病院」にも認定され、日本を代表する医療機関です。

慶應病院では、さまざまな領域で産学連携を含めた臨床研究が進められており、そのうちの1テーマが医学部放射線科学教室の陣崎 雅弘教授とキヤノンメディカルシステムズ(以下、キヤノンメディカル)が共同開発した立位CTです。

2017年、臨床第1号機が慶應病院に導入され、有用性の検討が進められてきました。発案者であり、研究グループを率いる陣崎教授に、立位CTを発案した背景について聞きました。

  • ※厚生労働省が管理認定。厳しい基準をクリアし認定された医療機関は15施設(2023年4月末時点)

慶應義塾大学病院

慶應義塾大学病院

慶應義塾大学 医学部放射線科学 教授 慶應義塾大学病院 副病院長 陣崎 雅弘先生

慶應義塾大学 医学部放射線科学 教授
慶應義塾大学病院 副病院長
陣崎 雅弘先生

かつて画像診断は、造影剤を使ったX線検査とCT検査の両方を行うことが一般的でした。CTの進化により、撮影できる画像は、二次元(平面)から三次元(立体)になり、2000年代後半には四次元(動画)の診断が可能となりました。CTで動画が撮れるようになると、造影剤X線検査は、次々とCT検査に置き換わっていきました。

「一般的なCTは、患者さんが横たわった状態(臥位がい)で撮影を行いますが、人間は多くの時間を立って過ごします。寝ている状態と立っている状態では、体への負荷が異なるため、寝て撮影する臥位CTでは、正確な診断ができないケースがあるのではないかと考えました。また、嚥下えんげや歩行といった動態の検査は臥位では自然な状態で撮影できず、立ったままでないと正しい評価が難しいとも感じていました」

この頃日本では、人口の5人に1人が65歳を超える「超高齢化社会」を迎え、健康寿命やクオリティオブライフといった言葉が注目されはじめていました。平均寿命が延び、「病気にならずに長生きする」から「健康に長生きする」に関心がうつっていき、診断学の分野でも、がんや動脈硬化といった臓器や器官そのものに症状が現れる「器質的疾患」の早期発見・診断に加えて、加齢による筋力や運動機能低下により症状が出る「機能的疾患」にも注目が高まっていました。

  • ※嚥下:食べ物などを飲み込み、口から胃へと運ぶ一連の動作

患者さんに短時間で安全な検査を提供

立位CTへの構想をあたためていた陣崎教授は、2012年にキヤノンメディカル(当時は東芝メディカルシステムズ)に共同開発を提案し、2年の検討・準備期間をへて、2014年から開発プロジェクトが始まりました。ほどなくして試作機はできあがったものの、2017年の臨床第1号機が導入されるまで、道のりは平坦ではありませんでした。

段ボールで作った実物大の模型で装置の大きさを体感する陣崎教授(2015年撮影)

段ボールで作った実物大の模型で装置の大きさを体感する陣崎教授(2015年撮影)

臥位CTはドーナツ形の「ガントリ」の中に、患者さんが横たわる寝台を移動させて撮影します。一方、立位CTは、患者さんがドーナツ形の「ガントリ」の中央に立つか、専用の椅子に座ったままで、「ガントリ」自体が上下して撮影を行います。

「立位CTを開発する上で注力したのは、撮影している間の姿勢をどう保つか。もたれかかってしまっては意味がありません。患者さんが撮影中にふらつかずに、自然な姿勢で撮影できるかが立位CTの大切なところです」

人間は、本人はまっすぐ立っているつもりでも、ゆらゆらと揺れ動いていて、撮影が長時間になると画像がぶれるなどの影響が出てしまいます。足腰などの機能が衰えている高齢の患者さんはなおさらです。支柱に背を軽くあてることで安定すると探りだすまで、たくさんのパーツを検討し、検証を重ねたと言います。

患者さんが支柱に背をあて撮影する立位CT(動画・17秒)※音声なし

約2トンもの「ガントリ」を水平な状態を保ちながら高速に上下に動かす機構には、キヤノンメディカルの技術が生かされています。キヤノンメディカルは、世界で初めて「ガントリ」が患者さんのまわりを1回転することで16センチ幅を撮影できるCTを開発。この技術に新たな制御を加えることで、立位CTの上下する「ガントリ」に対応。腹部なら約5秒での撮影が可能となり、検査時間の短縮と安全性の確保を実現しています。

「立位CTという概念は、1970年代後半にはアイデアがありましたが実現はしませんでした。当時は撮影に要する時間がたいへん長く、立ったままの撮影は非現実的だったからです。2000年頃の撮影時間でも、まだ実現は難しかったと思います。立位CTをつくりたいと思ったときに、キヤノンメディカルが高速で高精細なCTの技術をもっている点は大きかったと感じています」

  • ※2018年1月時点(キヤノン調べ)

原因のわからなかった痛みの診断に期待

「ようやく原因がわかったと、ものすごく喜んでくれたんです」
陣崎教授は、最初の症例の患者さんの声をうれしそうに聞かせてくれました。

患者さんは、立っているときだけ痛みが現れる方でした。それまでの検査では、何が原因で痛みが出ているのか突き止めることができずに慶應病院にたどりついたそうです。立位CTで撮影すると痛みの原因がわかり手術を実施。術後に患者さんと直接お話した際に、たいへん喜んでくれた姿が忘れられないと言います。

これまで症状の原因が特定できず、諦めていた人にも、適切な診断ができるようになり、健康寿命の維持や延伸に役立つことが期待されています。さらに従来の臥位CTよりも検査手順が簡略化されるため、患者さんに好評だと言います。従来は、医療従事者が検査室に付き添い患者さんを寝台に寝かせて、撮影箇所を確認する「ポジショニング」の工程が必要でしたが、立位CTでは、所定の位置に立ってもらうだけで、靴を脱いで横になる必要がないため、検査時間が約4割減少。医療機関にとっても、同じ時間で1.6倍の件数の検査ができるようになるうえ、医療従事者と患者さんの接触を減らせるため、感染症のリスクを抑えられることもわかりました。

検査結果を予防につなげて、健康寿命の延伸に貢献

陣崎教授の研究グループが有用性を明らかにした立位CT。2023年には、慶應義塾大学予防医療センターにも配備され、健康診断に活用されています。陣崎教授は、立位CTの未来について、次のように話します。

「高齢化社会においては、機能の衰えを早期に発見し、健康を維持することが大切です。たとえば、骨や筋肉量の経年変化を追うことで、将来の悪化リスクを予測して対策をとったり、姿勢を数値化してアドバイスするなど、立位CTで得られた検査結果を予防につなげて、健康寿命の延伸に貢献していきたいと考えています」

陣崎教授が描く、未来の医療の実現に向けて、キヤノンメディカルも技術を磨いていきます。

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