「しんかい6500」とともに深海の探査に挑む
超高感度多目的カメラ
有人潜水調査船として世界屈指の潜航深度性能を持つ「しんかい6500」。改良を重ねつつ進化し、世界の深海調査研究の中核を担っています。2018年から、「しんかい6500」にキヤノンの超高感度多目的カメラ「ME20F-SH」が第一カメラとして搭載され、さまざまな調査で活躍しています。
2021/12/09
日本・世界の深海調査研究の中核を担う「しんかい6500」
もうひとつの宇宙ともいわれる「深海」。一般的に深海は水深200mを超える部分の海を指し、全海洋の98%を占めるといわれています。深海は地球の成り立ちや生物の進化、環境の変化など、地球科学の謎を解くために必要な情報の宝庫。しかし水圧が高い、水温が低い、超高温の海水が噴き出す場所があるなど、過酷な環境のため調査研究は簡単ではなく、人類が見ることができた深海の姿は、まだほんの一部にしかすぎません。
そんな深海の調査研究において、日本のみならず世界の中核を担っているのが、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC:Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology、以下JAMSTEC)が所有する有人潜水調査船「しんかい6500」。超深海層とよばれる6,500mまでの潜航能力を持つ、世界屈指の有人潜水調査船です。
「しんかい6500」は、1990年に完成して以来、たび重なる改良を続けられ進化してきました。潜水船としての機能は当然のことながら、深海の様子をモニターし、記録する映像システムの性能向上も図られています。2018年、「しんかい6500」の第一カメラとして搭載されたのが、キヤノンの超高感度多目的カメラ「ME20F-SH」です。当時、搭載カメラの検討にJAMSTECとともに携わった日本海洋事業株式会社の山内徳保さんにお話を伺いました。
有人潜水調査船「しんかい6500」。世界の深海調査研究の中核を担う
日本海洋事業株式会社
取締役 山内徳保さん
水中機器事業管掌
水中機器事業部長・深海技術部長 水中機器室
海洋調査のスペシャリストが選んだ
キヤノンの超高感度多目的カメラ
日本海洋事業株式会社は、JAMSTECの所有する船舶などの管理や運行、調査研究をサポートしています。山内さんもこれまでさまざまな深海調査に参加してきました。
「深海はまさに暗黒の世界で、実際に経験すると、肉眼で見えるのはライトに照らされた5~10m程度の範囲だけ。本当にピンポイントでしか様子を確認できないのです」
深海における撮影は照明を当てて行われます。しかし、暗いからといって照明を強くすれば鮮明な画像が撮れるというわけではありません。光が強ければ強いほど、海中に浮遊する物質(マリンスノーなど)によって反射し、画面が真っ白になってしまう現状が頻繁に起こります。また、照明による対象物の反射は、深海生物本来の色や生物の様子をとらえることに支障をきたします。さらにバッテリーで駆動する有人潜水調査船にとって、照明での電気使用量の増加は、深海での活動時間を減らす要因にもなってしまいます。
「‶深海でより遠くまで、より良く見る″ことが深海調査では重要なので、少ない照明でも鮮明に撮影できる高感度カメラが必要でした。しかし、2017年当時、水中機器に搭載されるハイビジョンカメラの最低被写体照度は1~0.1 lux程度で、深海で鮮明な映像を撮ることに限界を感じていました。そんななか出会ったのがキヤノンの超高感度多目的カメラ『ME20F-SH』でした。それまでは、よくて0.1luxだったので、最低被写体照度0.0005 luxの超高感度性能は非常に魅力的で、使ってみようということになったのです」
lux(ルクス)とは、光源によって光が照らされた面が受ける光の明るさを示す単位で、キヤノンの「ME20F-SH」は、肉眼では被写体の識別が困難な暗闇でも、照明などがなくても撮影することが可能です。
超高感度多目的カメラ「ME20F-SH」
一辺19μmの大きな画素を持ち、画素部と読み出し回路に独自技術を搭載した35mmフルサイズCMOSセンサーにより、最低被写体照度0.0005lux以下(最大ゲイン75dB時、ISO感度400万相当)を実現している
「しんかい6500」に搭載されているキヤノンの超高感度多目的カメラ「ME20F-SH」(中央)と、リモートコントローラー「RC-V100」。深度6500mの水圧にも耐えられるハウジング(左)に収めるため、外装は外した状態で組み込まれている
コックピットから漏れるわずかな光で映し出された深海の世界
「ME20F-SH」は、まず試作の無人探査機に搭載され、マリアナ海溝水深10,911mの調査に使用されました。実際に「ME20F-SH」が映し出す映像を見たときを山内さんはこう振り返ります。
「泥しか存在しないような一見‶真っ暗な生物のいない世界″で、小さなナマコなどの生物の活動を鮮明に確認でき、とても驚きました」
その後、「ME20F-SH」は「しんかい6500」に搭載され、搭乗した研究員からも山内さんは驚愕の声を聞いたと話します。「しんかい6500」は、調査対象の深度に到達するまでは、バッテリーの消費を抑えるために水中の照明をすべて落として潜航していきます。その間、コックピットにある3つの小さなのぞき窓からは何も見えません。ところがカメラのモニターには、のぞき窓から漏れるわずかな船内の光によって、「ME20F-SH」がとらえた船外の様子が映し出されていたというのです。さらに、海底での撮影では、今まで照明が当たりにくく映らなかった場所も鮮明に映し出すことができたといいます。
「『ME20F-SH』を導入して ‶これまで見えなかった世界が見える″ことがわかり、私も非常に驚きました。真っ暗闇の深海で、このカメラの超高感度性能は大きなメリットですね」
さらに山内さんは、深海調査だけではなく、橋脚など海の中にある構造物の傷みをチェックするシステムを作る上でも「ME20F-SH」は有用で、活用の幅を広げていきたいと話します。
「しんかい6500」に装備されているキヤノンの超高感度多目的カメラ「ME20F-SH」。その近くにあるのぞき窓から漏れるわずかな光で深海の様子をとらえた
チタン合金製の耐圧殻は内径2mの球。この中が「しんかい6500」のコックピットで、3名の乗員が搭乗できる。赤丸部分が3つあるのぞき窓
現場のニーズに応えながらさまざまな深海調査・研究に貢献
現在、「ME20F-SH」は、「しんかい6500」とともにさまざまな深海調査・研究に活躍しています。しかし、深海という特殊な環境で使用するカメラには、照度以外の問題もあるそうです。そのひとつが、海水や高水圧からカメラを守る特殊なケース(ハウジング)による問題です。
これまでのカメラのハウジングは、厚みのある半球型のガラスが使用されていてガラス越しに撮影するため、画像の中央部分ではシャープに映せても、周辺部に行くにつれ画像がぼやけるという現象(像面湾曲の影響)が起きていました。山内さんたちからこの問題の相談を受けたキヤノンは、深海の究明に役立つのであればと、専用のコンバーターレンズの開発を決断。コンバーターレンズでガラスの屈折を補正することに成功し、画面周辺部までシャープな解像を可能にしました。
「まだ試用段階ですが、コンバーターレンズをつけると画面周辺まではっきりと映り、これまでの映像とはまったく違うことがわかりました。今後、深海調査研究の成果にも、良い影響をもたらすのではないかと考えています」と山内さんは期待します。
未知の深海生物の発見、海底資源の探索など、地球環境の解明や持続可能な社会の実現に欠かせない深海調査。
キヤノンは深海調査研究に技術で貢献していきます。