世界で初めて天体の動画撮影に成功
木曽観測所の「トモエゴゼン」
これまでの天体観測では静止画撮影が常識でした。超高感度なセンサーにより、天体を広範囲で動画撮影し、短時間で変化を続ける宇宙の姿を解明していきます。
2020/03/12
天体観測に新たな可能性を示したCMOSセンサー
これまで静止画で撮影することが常識だった天体観測。そんな常識を打ち破る動画での撮影を実現したのは東京大学木曽観測所※1の新しい天体観測システム、「トモエゴゼン」です。
口径105cmシュミット望遠鏡を有する木曽観測所は1974年に設立されました。この望遠鏡は直径9度の広い視野(焦点面で520mm)を誇りますが、1990年代になり天体撮影の方法が写真乾板から小型で高感度なCCDセンサーに置き換わると、望遠鏡の特長である広い視野を活かすことができず、研究の最前線に立つことが難しくなっていました。そのような中、打開策を探していた東京大学天文学教育研究センター准教授の酒向重行さんがキヤノンの試作版の超高感度CMOSセンサーに出会います。試しに望遠鏡に取りつけて撮影してみたところ、予想を上回る数の微弱な流れ星が検出されました。「CMOSセンサーで得られた動画に写りこんだ多くの流れ星に驚きました。このように時々刻々と変わりゆく宇宙の姿を見たのは初めてでした。これまで私たちは、写真を撮ることで宇宙を理解したつもりでいましたが、それは宇宙の姿の一部に過ぎなかったのかもしれません」。これを機に、木曽義仲に仕えたといわれる女武者「巴御前(トモエゴゼン)」にちなんだ天体観測システムは、実現に向けて話が進んでいきました。
東京大学木曽観測所のシュミット望遠鏡
現在の大型天体望遠鏡に搭載されているセンサーはCCDが主流です。CCDは読み出しが遅いため動画撮影に不向きであり、また、高感度な画像を得るためには、センサーを大型な真空冷却装置の中に設置して熱の影響で発生するノイズを抑える必要があります。
東京大学天文学教育研究センター 酒向重行准教授
キヤノンが開発したCMOSセンサーは、高感度、高画質、かつ熱によるノイズが低いという特長を持っています。1画素は一辺19µm※2(マイクロメートル)で、一般的なデジタルカメラ用センサー(3000万画素クラス)の1画素と比べ、10倍以上の大きな面積になります。1画素面積を大きくしたことで、天体の光を効率良くとらえることができます。さらに、画素が大型化すると増える傾向のあるノイズを低減する技術を開発し、超高感度と低ノイズの両立を実現しました。熱ノイズが低く特別な冷却装置を必要としないため、カメラの小型化にも成功。この超高感度CMOSセンサーを84個並べた「トモエゴゼン」は、約1億9,000万画素の超高解像度を実現しながら、20平方度※3という超広視野での動画撮影を可能にしました。
木曽シュミット望遠鏡の焦点部に設置されたトモエゴゼンカメラ。
キヤノンの超高感度CMOSセンサーを84個搭載
宇宙を動画でとらえる
「トモエゴゼン」における最も大きなブレイクスルーは、空を広範囲に動画で記録できることにあります。これまでの天文学で一般的に使用されてきたCCDセンサーは、データの読み出し速度が遅く、動画での観測はできませんでした。しかし、キヤノンの35mmフルサイズ超高感度CMOSセンサーを搭載することで、「トモエゴゼン」は天文観測装置としては極めて高速な2コマ/秒の動画で記録できる世界初の天体観測システムとなりました。1秒以下の短時間に変動する宇宙の姿を動画で探査できる観測所は、現時点では東大木曽観測所以外には世界に存在しません。
時間変動天体の探査能力の比較
「トモエゴゼン」で撮影する動画は、1晩の観測で30テラバイト(120分映画約1万本分)にもおよびます。これはまさに宇宙動画のビッグデータで、このデータをAIを用いて分析することで、未探査の宇宙の姿の解明が可能になります。
酒向准教授は、動画での天体観測を、宇宙の環境問題の改善にも活用しようと考えています。「動画で空を観測すると多くの移動する物体が検出されます。そのうち99%以上は人工物で、大部分は 機能を持たない『ごみ』 なのです。宇宙のごみの分布状況を観測して社会に発信していくことも、私たちの使命の一つです」。と語ります。
「天文学のフロンティア」への挑戦
2019年10月、「トモエゴゼン」はいよいよ本格稼働を開始しました。「トモエゴゼン」は、撮影範囲をずらしながら空の全域を動画で観測します。年間約100夜、1晩中の撮影を行う計画です。こうすることで、稀な突発現象をとらえる確率が格段に高まります。すでに超新星※の発見や地球接近小惑星の発見などの実績を上げており、大規模な動画探査による新しい宇宙の姿の解明に期待が高まっています。
酒向准教授は、「第二の地球の発見」 にも期待を寄せています。「動画で天体を観測していると、見えている星の前を 『何か』 が通過することがあります。この時、見えている星がゆっくりと隠されれば、通過した物体が大気をまとっていることになります。こうした現象をたくさん観測していけば、大気をまとう「第二の地球」を発見できるかもしれません。」と語ってくれました。
動画での撮影が可能にした、短時間に変わりゆく宇宙の観測。キヤノンは「天文学のフロンティア」への挑戦をCMOSセンサ―技術で支えていきます。