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Visual SLAM技術 Visual SLAM技術

自律運転ができる移動ロボットの「眼」となる映像解析技術

Visual SLAM技術

AIなどのIT技術の発展により、ロボットは大きく進化しています。しかしいくら頭脳や動作が発達しても、対象物の状態や周辺の環境を読み取る「眼」の性能が悪ければ、その能力を最大限に発揮することはできません。キヤノンはこれまで培ってきた光学・イメージング技術を応用し、ロボットの眼を大きく進化させています。

2021/11/17

自律移動ロボットに欠かせないSLAM技術

SLAMとは、Simultaneous Localization and Mappingの頭文字を取ったもの。いま自分がいる位置(自己位置)の推定と周囲の環境の構造把握(環境地図作成)を同時に行う技術で、自動車の自動運転やロボットの自律動作に欠かせない技術のひとつとして注目が高まっています。

近年、工場内での部品・材料などの運搬や倉庫で物品を仕分けしてトラックなどにまで運ぶ物流業務において、省人化や効率化の観点から、AGV(Automated Guided Vehicle:無人搬送車)・AMR(Autonomous Mobile Robot:自律走行搬送ロボット)と呼ばれる移動ロボットの需要が高まっています。これまでのAGVは、床に磁気テープなどを貼って走路をつくるガイド方式が主流で、導入するにはコストと手間が発生していました。SLAM技術を使えば、ガイドが不要になり走路もかんたんに変えることができるようになるため、AGV・AMRへの利用に大きな期待が寄せられています。

このガイドレスAGVに用いられるSLAM技術には、主にVision方式とLiDAR方式の2つがあります。LiDAR方式では周辺の構造物にレーザーを当ててその形状を計測します。そのため照明の影響を受けにくく、暗所でも計測できますが、コストの関係から水平方向のみ走査するセンサーを使うのが一般的で、得られる情報も2次元平面上に限られたものになります。3次元化も可能ですが、特別な機構が必要なため非常に高価になるうえ、さらに自己位置を推定する手がかり(特徴点)が足りないときは、走路周辺に立体物を設置して手がかりを追加する必要があります。

キヤノンが開発を進めるVision方式のVisual SLAM技術は、センサーにカメラを用いることで低コスト化と高精度な計測を両立できる方式です。カメラの映像をもとに独自の解析技術により空間内の構造物を立体的に認識することができるため、壁に貼ったポスターなど平面的な物体も自己位置を推定する際の手がかりとすることが可能です。そのため、LiDAR方式のように立体物を設置する必要がなく、より多くの場面で利用できます。またVision方式はカメラの画像をVisual SLAM以外の画像認識などにも利用できるため、さまざまなサービスロボットやドローンなど、将来的により多くの付加価値を提供できる可能性を秘めています。

ステレオカメラの映像から3次元地図を作成

SLAM技術は、自己位置を推定するためにさまざまな種類のセンサーを用います。キヤノンは、左右のステレオカメラによって得られた映像を独自開発の映像解析ソフトウエア「Vision-based Navigation Software for AGV」で解析し、3次元の地図データをリアルタイムに作成、自動更新を行います。この高精度な環境地図データを使って計算した正確な自己位置情報を受け取ることで、ロボットは人間からの指示に頼ることなく自律して移動することが可能になります。

刻々と変化する環境でも高精度に走行

工場や物流倉庫では、作業中にさまざまな物資や荷物が入れ替わり、AGVの周囲の状況が刻々と変化します。このような場所では、変化があったところを検知して環境地図を適切に更新していく必要があります。2次元のLiDAR方式は情報が少なく、どこが変化したのかわからない場合も多く、またVision方式であっても、情報を処理しきれずに変化のすべてをリアルタイムで環境地図に反映させることができず、AGVが止まってしまうということが多くありました。キヤノンのVisual SLAM技術は、高度な解析能力とソフトウエアの工夫で莫大な情報を、処理時間を短く、低価格のコンピューターでも処理できるようにしたうえで、適切に環境地図の更新を行うことができます。リアルタイムで環境地図情報が更新でき、これまでAGVができなかったような周囲の状況変化が激しい場所でも自律走行を実現し、さまざまな業界から高く評価されています。

2次元の「LiDAR方式」とVisual SLAM技術による「Vision方式」

2次元の「LiDAR方式」とVisual SLAM技術による「Vision方式」

  • LiDAR方式:床から所定の高さの情報(緑の4箇所)を位置計測に利用
  • Visual SLAM:高さ情報(紫の9箇所)を位置計測に活用

Visual SLAM技術の開発の背景には、キヤノンが1990年代から研究開発を行ってきたMR(複合現実)技術の積み重ねがあります。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)に現実世界と仮想世界をリアルタイムに融合させるための高速かつ正確な自己位置の推定技術や3次元空間の把握技術などを応用し、独自のVisual SLAMシステムを完成させました。

キヤノンのVisual SLAMシステム

従来方式と比べて圧倒的なコスト削減を実現

キヤノンのVisual SLAM技術は、ニデックドライブテクノロジー株式会社*との協業でAGVに搭載され、多くの現場で活躍しています。LiDAR方式では走行ができない現場は多く、「LiDAR方式ではうまく走れなかった場所でVisual SLAMのAGVに変えたら、驚くほどかんたんに自律走行ができた」という声も寄せられています。

ガイドレスAGVのメリットは、導入の手軽さと費用の安さにあります。従来の磁気テープによるガイド方式では、AGVの走路に磁気テープを貼らなければならず、さらに定期的に貼り変えも必要になり、大きな工場ではその費用だけでも年間数百万円になっています。
Visual SLAM方式では磁気テープの敷設費用がかからず、最初の環境地図を作成する作業も、一度ロボットを走行させるだけで済むため、大幅なコストダウンを実現します。

*2023年4月に日本電産シンポ株式会社から社名変更。

移動ロボットの眼として広がる可能性

キヤノンのVisual SLAM技術は、さまざまな業界の課題を解決するソリューションとして期待が寄せられています。人が行うには危険がともなう鉄鋼や化学工場内での資材運搬や、大量の資材を毎日移動させて状況がめまぐるしく変化する建設現場などでは、自律移動ロボットの活用が待ち望まれています。ほかにも、ホテルやレストランでの下げ膳業務、コロナ禍で人との接触機会を減らしたい医療施設における食事や薬品の搬送業務など、要望は多岐にわたります。特に労働人口の減少が深刻な日本では自動化のニーズが高く、キヤノンはさまざまな業界・分野の企業とオープンイノベーションで協業しながら、ロボットの眼となるVisual SLAM技術の提供により作業の自動化に取り組んでいきます。

AGV・AMRの活躍が期待される分野

AGV・AMRの活躍が期待される分野

スマート社会の実現を推進するキヤノンの「眼」

これまでもキヤノンは、さまざまな「眼」を開発してきました。ネットワークカメラなど監視の眼となる固定カメラやファクトリーオートメーションで使われるロボットアームの眼となり動きを制御するためのカメラや画像解析技術をすでに実用化。Visual SLAM技術は第3の領域となる「移動ロボットの眼」として実用化されましたが、その挑戦は始まったばかりです。カメラやレンズの製品開発で磨いてきた光学、センサー、画像処理技術を応用し、今後は逆光や暗所にも強いVisual SLAM技術を開発し、ロボットによる自動化の可能性をさらに拡げ、安心で快適、便利な社会や人々の暮らしに貢献していきます。

スマート社会の実現を推進するキヤノンの「眼」 スマート社会の実現を推進するキヤノンの「眼」

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