仕事と人

特許庁への出向

キヤノン知財では、広い視野と高い視座を持った人材の育成に力を入れています。その一環として特許庁総務部国際政策課/国際協力課への出向があります。

中川 大輔

中川 大輔

  • ・知的財産法務本部にて発明発掘/出願/特許権利化を担当
  • ・特許庁・総務部国際協力課に出向
  • ・出向を経て南米に興味を持つ
  • ・シュラスコを串に刺したまま食べるのが夢

片平 衛

  • ・知的財産法務本部にて発明発掘/出願/特許権利化を担当
  • ・特許庁・総務部国際協力課に出向
  • ・出向を経てインドに興味を持つ
  • ・カレーにはナンよりチャパティ
片平 衛

出向のきっかけを教えてください。

中川:一言で言うとすれば「腕試し」です。私は新卒でキヤノンに入社してから一貫して知財業務に関わってきました。キヤノン知財では、出願や特許権利化に加えて、エンジニアと協同して発明発掘を行ったりもします。いずれの業務も自分の性に合っており、仕事を楽しみながらキャリアを積むことができました。ですが、経験年数が増えていく中で「キヤノン知財で積み上げてきた自分のスキルがキヤノンの外でも通用するか試したい」という気持ちを抱くようになりました。そのような話を当時の上司に伝えたところ、外部団体への出向というキャリアパスを提案され、出向希望を出しました。

片平:私は、先輩(蒲田歩美さん)が出向先で活躍されていることに刺激を受け、手を上げました。当時は、業務ローテーションで異動した職場に慣れてきた頃でしたから、出向により環境が再び変わることに不安はありましたが、当時の上司が背中を押してくれたこともあり、決心することができました。

中川:蒲田さんは、特許庁から帰任後もキヤノン中国に出向して活躍されていますね。

出向したのはいつ頃ですか。

中川:私は2019年4月から2021年3月の2年間です。

片平:私は中川さんの後任として2021年4月に出向しました。実は、私と中川さんは同期入社です。

中川:出向直前の片平さんからは、特許庁の職場状況などについていろいろと尋ねられたことをよく憶えています。「民」と「官」では、業務内容、考え方、仕事の進め方など多くの点で違いがありますから、最初は非常に不安になるものですよね。私もそうでした。

どのくらいの年次で出向するものなのでしょうか。

片平:私達は入社10年以上で出向しましたが、入社5、6年で出向する人もいます。

中川:そうですね。「入社○年目以上じゃないと出向できない」というようなルールはなく、基本的にはどの年次にもチャンスは開かれています。とはいえ、出向先において即戦力として「官」の業務に貢献することはもちろんのこと、「民」における実際のビジネスの中での経験を「官」に伝えていくことも期待されていますので、それなりの業務経験は必要です。

特許庁ではどのような業務に携わっていたのでしょうか。

片平:出向先の特許庁国際協力課では、途上国における知財環境整備に関する業務に携わりました。国際協力課は、途上国の知財庁に対して知財分野における協力・支援を行う部署です。途上国では知財制度が十分に整備されていなかったり、日本と異なる制度・運用を採用していたりするため、日本企業が外国で知的財産権を取得・活用する上で困らないよう、必要な打ち手を検討し、各国の知財庁に働きかけを行っています。

中川:「働きかけ」といっても、日本側の要望を一方的に伝えるだけでは、相手国の知財制度や運用を変えるようなことは到底できません。日本側の要望を解消することで、相手国にもメリットがあることをきちんと理解してもらう必要があります。そのために、相手国の状況や考えをきちんと把握し、どういった協力や支援ができるのかを考えます。例えば、「審査の遅延」が課題であるとします。相手国がその課題に対して人員を増やす努力をしているとしたら、新人審査官への実務研修という観点で日本からの協力を申し出る余地があります。一方で、リソース的に審査官の人員を増やせない状況だとしたら、他国の審査を活用するような制度を提案できます。…と、偉そうに語っていますが、出向当初はなぜその国に支援を行うのか、その国の課題は何か、支援方法は何か等々、わからないことばかりでした。

片平:そうですね。私も相手国のことを一から勉強する毎日でした。たとえば、インドとの特許審査ハイウェイ(PPH)の交渉に携わる機会があったのですが、インドの知財制度や行政手続きの仕組みはもちろんのこと、文化・思想の違い、インド人の時間に対する考え方など一見交渉に直接関係ないことも学びました。出向をきっかけにインドに興味を持つようになり、現在、キヤノン知財内の、インドにおける知財戦略の立案を検討するチームに参加しています。

出向を経験したことによる意識の変化などはありますか。

片平:外国知財庁や現地大使館との調整など、国をまたいだ業務を経験して気持ちが引き締まると同時に、政府職員が陰ながら日本企業の海外進出を支えてくれていることを実感しました。日本の特許庁が国際社会において存在感を発揮し、外国知財制度の整備に取り組んでいるからこそ、日本企業が外国で権利を取得しやすくなっているのだと思います。

中川:本当にそうですね。在任中に、経産省や外務省など、特許庁以外の官庁の方々ともお仕事でご一緒する機会が多くありましたが、公務員の皆さんが共通してもたれている「公益に資するべし」という職業倫理の高さと献身さには非常に刺激を受けました。

片平:帰任後、今度は民間企業の立場から日本の経済成長に貢献したいという思いが強まりました。自分も負けてられないな、と。出向前よりも仕事に対して真摯に向き合えるようになりました。

中川:私は、特許庁への出向を経験したことで、物事に対する見方が変わったと思います。「常に自分の当たり前を疑え」的な。大げさに聞こえるかもしれませんが、出向中の2年間で自分自身の足元が揺らぐような経験を何度もしました。キヤノンでの常識が特許庁では通用せず、出向した直後はその文化の違いに非常に戸惑ったものです。最初の1カ月は「官」の文化に適応するために苦労しました(笑)。

片平:そうですね(笑)。いまは笑って話せますが、当時は本当に必死でした。

中川:また、国際協力業務でいろいろな国のカウンターパートと接する中で、日本の常識が他国には通用しないことも経験しました。世界にはいろいろな国があって、各々異なる文化をもっていて、考え方も常識もそれぞれだ、ということを痛感しました。

片平:知財分野における国際協力という限られた範囲であっても、あくまで国と国との交渉事であり、互いの文化の違いだけでなく、国際情勢や各国の政治の影響を受けます。自分達の仕事を、より大局的に国同士の外交の文脈の中で捉える必要がある場面に何度も出くわしました。

中川:そうですね。こういった経験を経て、改めて「対話」の重要性を再認識しました。自分が考えていることを相手が当たり前にわかってくれるとは思わず、きちんと丁寧に説明する。そして、偏見や思い込みを捨ててフラットな心持ちで、相手の言葉にきちんと耳を傾ける。そういう丁寧な対話のプロセスを通して初めて、各々が立場や文化の違いなどを乗り越えて同じ土俵に立ち、互いにWin-Winになれるような建設的な解決策を一緒に考えていくことができるのです。

片平:これは出向経験や国際業務に限らず、全ての仕事に通用する話ですよね。私自身も、帰任してから、並大抵の交渉事ではひるむことがなくなりました(笑)。

おわりに

中川:改めて出向経験を振り返ってみると、素晴らしい2年間だったと思います。快く送り出してくれた会社にはもちろんのこと、2年間一緒に働かせてもらった特許庁の皆さんにも感謝の気持ちでいっぱいです。

片平:そうですね。この2年間で得た経験を生かしながら、今度は民間企業の立場から日本や外国の経済に良い影響を与える仕事をしていきたいと思います。